ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

闇夜へ誘うモノ

 どんな町にも一人は異常者が居る。そんな風潮は御免被りたいが、あの老人が『暗誘』である事は間違いない。そうでなければあんな老人に、無力な少年が引っ付いているのはおかしいし、その少年にしても精神が大分やられてしまっているように見えた。
「…………『暗誘』? パパの、知り……合い?」
「そんな訳があるか。アイツは自分の子供が欲しいばかりに周りの被害も顧みないで殺し尽くす超子供好きだ。空虚な俺とは一緒には出来ない。だがまあ、アイツも俺の事は何となく察しただろうな。だから何もしてこなかった」
 背中を見せている自分に攻撃をする程『暗誘』は馬鹿では無かったという事だ。もしも彼に攻撃を加えようとする素振りが見えたのならば、自分は即座に彼の両手足を粉砕していただろう。これは実に厄介な相手だ。実力の有無を見極められるのではリアに勝ち目は無いだろう。脅迫をしてやったので一週間は彼も手を出しては来ないと思うが……生憎と、今は町を移動する訳には行かない。
「子供を奪っては徹底的に自分好みに開発、調教をするのがアイツの趣味だ。性的な意味もあれば、人格的意味もある。俺は途中から介入したからハッキリとは言えないが、どうだリア。『暗誘』に引っ付いていたガキに調教されていたような感じは見受けられたか?」
「――――――全、然。普通の…………子供……だったわね」
「まあそうだろう。それがアイツの調教の果てだ。あの少年は……そう、アイツの命令を何でも完璧にこなす人形。お前が調教されていない様に見えていたというのであれば、調教の甲斐があったというモノだな。敵ながら感心してしまう」
「…………あの。もし調教に失敗したら子供はどうなるんですか。誘拐魔って事なら一人や二人程度じゃ無いと思うんですけど」
「殺す」
「え?」
「殺す」
 間髪入れずに答えられた言葉に、思わずやり取りが繰り返されてしまった。大して難解でもない言葉の意味をようやく理解したシルビアの表情が徐々に青ざめていく。
「利用価値とか、そんな事はどうでもいいんだ。アイツが欲しいのは自分に忠実で、完璧な子供。自分の望み通りの動きをして、望み通りの反応をして、期待通りの体つきで、期待以上の好意を自分に向けてくれる。求めているのはそういう子供だけで、そこから少しでも外れたならもうそいつに価値は無い。この馬鹿みたいに両腕を潰したりして弄ぶだけになるだろう。無論死体愛好家では無いから、死んだら死体は放置だろうな」
 あの街にトストリスから逃げてきた者の他に、全然子供が居なかったのはそういう理由だ。スティンなどの貧民は除くとして、恐らく町の子供は皆『暗誘』に攫われたのだ。本来親はそういう時に命を懸けてでも子供を取り戻すべきだとは思うのだが……考えてみてほしい。子供の一人や二人くらい、また作ればいいのでは? 自分達の命を投げ打ってまで、果たして本当にその行動に意味はあるのか?
 結果は御覧の有様だ。誰一人として『暗誘』の事を語るような事はしなくなり、町には偽りの平和だけが残ってしまった。『暗誘』の標的は子供だけ、何もしなければあちらは何もしてこない。その考えで今までを過ごして、どうだ。それが本当に『平和』であると、一人でも胸を張って言えるのか?
 違う筈だ。平和と言うのは子供も大人も何不自由なく暮らせる、少なくとも何の事件も無い退屈な日常の事を言う筈だ。決して子供の犠牲の上に成り立つ平和を平和とは呼ばないし、自分が呼ばせない。
「……あれ。じゃあ殺人鬼さん。誘拐魔って事なら、どうしてリアが狙われたんですか? 確かに子供は少なかった様に思えましたけど、だからってリアとあの男の子だけって訳じゃ……」
「そりゃたまたまだろう。推測で言わせてもらうのならば、この馬鹿が武器屋に入る所でも目撃したんじゃないか? 子供教会は子供を選りすぐっていたみたいだから、事実だけを言わせてもらってもこいつはあの町のどんな子供よりも美人だ。目に付いたら手を出したくなってしまうのは男の性か何かだろ」
 美人だから別世界に攫われて、美人だから変態誘拐魔にボコボコにされた。ふむ、美人という属性は同時に不幸をも宿しているらしい。何だか考えてみると大体の事柄が『美人』のせいで起きている気がする。そう考えると何だか二人がとても憐れに思えてきて、殺人鬼としても憐憫の情を示さざるを得ない。
「……ねえ、パパ。あの集団を殺す…………のって、後回しにして、いい……かしら」
 言葉だけを見れば余裕を感じるかもしれないが、彼女の惨めな姿と声の掠れ具合を加味すれば、それが如何に滑稽な発言かが良く分かる。これは空元気でも何でもない。只の馬鹿発言だ。
「……今回は一人で殺すんだろう? 俺に聞かないでほしいが、まあ賢明な判断だな。一先ずは目先の脅威を排除しないと何も始まらない。俺の存在を知った以上、今度接触された時がお前の最期だと思え。有無を言わさず連れ去るか、殺すかはする筈だ」
 言いつつ『闇衲』も有無を言わさずに薬草をリアの口の中に突っ込んでいく。苦くて粘っこい薬に彼女は数回咳き込んだが、気にしない。構わず突っ込んでいく。
「守って……くれない、の」
「……守ってやっただろうが。いつまでも甘えるんじゃねえ。俺はお前の父親かもしれないが、同時にお前の道具でもある。使い手がしっかりしてくれなきゃ道具は動けないんだ、俺は手しか貸さんぞ」
「ケ………チ………………」
「刻むぞ。寝ろ」
 ようやく食べさせた薬草が効いてきたようだ。リアの瞼がゆっくりと落ちると同時に、その騒がしい口は固く閉ざされた。寝顔だけ見るとまるで童話のお姫様のような美しさである。
「……さて。シルビア。お前はヒンドの所に戻って、こう伝えろ。『暗誘に襲われたので今は身を隠している。明日の朝までそっちには戻れない』とな」
「……それは、いいんですけど」
 シルビアの視線は『闇衲』に……正確には、リアの頭をずっと撫でている手元に……釘付けになっていた。人を何人も殺してきた手とは思えない程優しい調子で、水の流れに従うようにゆっくりと。
「どうした?」
「殺人鬼さんって、実際どう思ってるんですか……リアの事」
「娘だが」
「そういう事じゃなくて! 愛してますか?」
 適当に答えておこうかとも思ったが、何故かシルビアの表情は真剣そのものだった。一方が真面目に聞いている事に茶化して答えるのは己の道義に反する。そのあまりにも抽象的な質問に困惑しつつも、『闇衲』は。
「……子供教会に人生を壊されて、こいつは男性に対して異常な嫌悪を覚えるようになってしまった。その嫌悪感を隠せるくらいの頭は確かにあるかもしれないが、それは隠しているだけだ。本来であればこいつに休息の場所は無い。何せこの世界の人口比率的には女性よりも男性が多いからな、当然だ。しかし俺が現状唯一リアに対して恋愛感情、または性的興奮を得ない男性であるという点から、こいつは俺に絶大な信頼を寄せてくれている。契約関係ってのもあるけど、それだけじゃ築けない信頼がある―――まあ、何が言いたいかというと。こいつが素直に『娘』として甘える事が出来るのは俺だけだ。だったら俺は……こいつを愛してやるべきなんじゃないのか。俺なりに、ではあるがな」
 顔色一つ変えずにそう言った。

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