ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

儚い命の散らし方 

 この世には様々な殺し方がある。惨殺、斬殺、撲殺、絞殺、刺殺、殴殺、毒殺、扼殺、轢殺、薬殺、爆殺、鏖殺―――は違う。圧殺、焼殺、抉殺、誅殺―――は自分には出来ない。溺殺、射殺……挙げるとキリがないのでこの辺りで止めておくが、リアが実行できる殺し方は大体今挙げたモノくらいだろう。その中で選ぶとすれば……斬殺や撲殺は駄目だ。目に付いてしまうし、全員を殺せるようなモノじゃない。正体を感づかれずに殺すにはあまりに不向きだ。爆殺も似た理由で不採用。第一こちらにも被害が及ぶ可能性がある。溺殺は時間が掛かり過ぎるし、非力な自分では恐らく大人を殺せない。扼殺も力が足りないだろう。射殺は発射物の回収が面倒だ。
 毒殺や薬殺であれば下準備は面倒だが、全員を同時に殺せる。おまけに使う薬品や毒を工夫すれば地獄を作る事も出来る。問題は、トストリス大帝国の家にあったリストには毒薬の類が無かった事だが、これは簡単に解決する。別に手早く全員を殺す必要はない。『闇衲』は言っていたではないか。両方の街の間に拠点を作る意味を。それはつまり、この拠点で生活していれば、少なくとも何回かはガルカを訪れるという事である。トストリスが滅んでしまった事をこの集団が知るのは不可避の定めとして、知った後はガルカしか訪れなくなる。次のターゲットがガルカである以上それは好都合であり、この集団を殺す事にも利用できる。ガルカの薬屋でも襲撃すれば毒薬の調合リストくらいは手に入るだろうし、仮に手に入らなくても、自分は少女だ。時間はまだまだたっぷりある―――なんて余裕ぶっている内に時間が無くなりそうだが、もしそうなったら不老の薬を調合すればいい。リストなんて存在しないが、毒薬も同じようなモノだ。リストが手に入らなければ自力で作るしかない。自分の望み通りの効果を作れるまで、粘るしかない。
 『闇衲』を驚かせる為にも、リアは何としてでも一人でこの集団を殺して見せる。彼が嫌味なしに褒めてくれるくらい、凄い殺し方をして。
 毒殺、薬殺。言葉だけ聞けばパッとしない上に地味だが、やり方次第では対象者を絶望の底に叩き落す事だって出来る。殺し方にコピーは無い。その全てがオリジナルだ。
 他人が死ぬのと恋人が死ぬのでは、どちらが悲しい? 家族が死ぬのと自分が嫌いな奴が死ぬのとではどちらが悲しい?
 物理的地獄に限界があるのなら精神的地獄を作るまで。今は和気藹々としているが、リアは必ずこの集団を……疑念と殺意が渦巻く空間へと変えて見せよう。互いが互いを殺しうるかもしれない、そんな居心地の悪い空間に、見事変化させて見せよう。








 まず彼らに取り入る為に、リアは自分達の荷物を隠す事にした。幸いにも自分達が貧民の集団に突っ込んでいった時に『闇衲』が全て回収してくれていたので、誰にも荷物の存在には気付いていなかった。こうなる事を読んでいたのだろうか、だとするならば『闇衲』は千里眼でも持っているのではないかと妄想してしまうが、まあいい。荷物は『闇衲』が秘密の場所に隠してくれた。その時に、
「食糧が幾ら長持ちするとは言っても、何年も食べなかったら流石に腐るからな。適度に消費していくぞ」
 まるで年単位の仕事になるかのように言っていたが、恐らくそうなるのだろう。リアがこの集団を一人で殺す為には何よりも信頼が必要だ。信頼は崩すのは簡単だが、積み重ねる事は容易な事じゃない。そのくらいの期間は掛けないと得られないのだろう。
 荷物は隠したので、実質無し。その上でヒンドに暫くの間一緒に生活させてほしいと頼み込むと、彼は願ったり叶ったりだとばかりに喜んでくれた。何でも「俺達の生活には君達みたいな花が必要」なのだそうだ。虫唾の走る言葉だったが、やはり彼に嫌悪感は抱けなかった。警戒心も同様である。何故? 『闇衲』に聞いても分からないの一点張りで、いよいよ本当に訳が分からない。
 全員を殺す事が最終目標だが、その道程で調べる必要も出てきそうだ。ヒンドに負の感情を向けられない理由を。
「え、リアとシルビア、ここに残るのかッ?」
 一番驚いていたのはスティンだった。食事の時から分かり切っていたが、スティンは自分にもシルビアにも好意を抱いていた。自分達が一緒に生活する事になったと聞いて一番喜んだのは、恐らくこの少年だろう。大変迷惑である。スティンに好かれれば実質他の男子皆に好かれてしまったようなモノで、何十人もの目線がこちらに向けられていた。それに気づいた瞬間に膨大な殺意と動悸と吐き気が込み上げてきたが、シルビアを抱きしめる事でどうにか落ち着けた。やはり『闇衲』のような男性で無ければ、この感情は消えそうにない。この集団を殺す際の鬼門になりそうだ。
「それじゃ……そうだね。改めてよろしく。リア、シルビア。俺達は君を歓迎するよ!」
 その手を取れば、もう戻れない。この集団を殺すその時まで、リアは戻る事を許されない。
「俺は歓迎されないみたいだな」
「あ…………いや、そういう訳じゃないんですけど」
「ふん。別にいいさ。俺は人が嫌いだからな。静かに食べて、静かに寝るだけ。極力お前達の邪魔はしない―――よッ?」
 リアは『闇衲』の手を取ってからヒンドの手を取り、大きく腕を振った。
「パパったら素直じゃないんだから……はいこれで握手! 仲良くしましょうねッ」
「…………っ」
「―――うん。それじゃお父さん、貴方から見れば未熟に見えるかもしれませんが、よろしくお願いします」









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