ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

せめて最後は華やかに

 大人げない? 知った事じゃない。破格の条件を付けてやったのに、どうして手加減をしなければいけないのだ。その手加減に意味は無いだろうし……ありえないとは思うが、これが全力であると思われた日にはリアに『パパって……弱いよね』とでかい顔をされてしまう。別に、娘が自信を持ってくれる分にはいいのだが、それと舐められる事は全く別の話。最初から威厳など持ち合わせてはいないが、最低限自分はリアの上に居なくてはならない。舐められてはいけない。彼女の向上の為にも、絶対的な存在であり続けなければならない。
 故にこの勝負においては、効率のみを重視した殺し方をする。使用頻度の高い武器は彼女に貸し与えた為、こちらがそれをする為には―――釵を使うしかあるまい。こん棒の一種とはいえ、刺突用の刃を持ち合わせている型は取り回しも良く、応用も利く。あまり得意とは言えないし、愛着もそれ程ある訳ではないが、飽くまで効率のみを重視するならば、人っ子一人殺すのに十秒も要らない。五秒―――いや、三秒あれば十分だ。
 その自信に偽りは無かった。『闇衲』は自信以上の速度で民家に侵入し、殺害。愉しむ事も苦しめる事も度外視した殺しには何の面白みもなく、あるのは只の作業だけ。殺して、殺して、殺して、殺す。即死を最優先させて、急所をひたすらに狙って。嗤わないし笑えない。楽しくないし愉しくない。ただ命を散らすだけの作業には、何のやりがいも快楽も見いだせない。こんな行動、只『生きているだけ』なのと何も変わらない。息を吸って、吐くだけの行為と何も変わらない。リアには恐らく出来ないだろう。やりがいも何もない殺し方が出来る程、彼女はまだ大人じゃない。そもそも子供たる彼女は、こんな作業ではなくもっと楽しんで殺害すべきだ。決して浅はかな気持ちで自分と同じ事をしてはいけない。そんな事をすれば彼女は……恐らく、殺す事に嫌気が差してしまう。そんな事がありえるかって? あり得るに決まっているだろう。たとえどんな動機があろうとも、たとえどんな意思があろうとも、それと好き嫌いは全く別の話。本能と理性は全く違うのだ。
 だからここは『闇衲』から無理に勝利をもぎ取ろうとはせず、どうか気楽に、愉しんで殺しをしてもらいたい。どの道自分には勝てないのだから。
 殺害人数は合計二三五人。まだまだ殺すべき対象は残っている。殺しにくい対象を率先して殺しているので、リアの方も効率を重視しているのであれば中々に殺せているはずだ。総計で三百人殺せていれば上等、四百人殺せていれば……最高だ。
 ……確かこの国の人口は……
 少なくはないが、多くもなかったと思う。正確な所は分からないが、最低でも二万人。このペースで狩りをしていれば二割は殺せる筈なので、幾らこの国が馬鹿でも流石に気づくだろう。いや、気づかないか。あの少年に『闇衲』の名前は譲渡した。国側からすれば『闇衲』を捕らえたはずなのにどうして人が死んでいるのか不思議で仕方ない筈だ。その不思議を解明する為に勿論騎士達は動くだろう。その行動が、自分達の命を縮めているとも知らずに。
 夜明けまで残り数時間。急ぐ必要はないが、怠けていては時間が足りない。リアの成果に期待をしつつ、自分も頑張っていくとしよう。
―――っと。これで千人か。








 何でも命令を聞いてくれる。それはリアにとっては破格を超えた何かだった。『闇衲』が約束を破る人間かどうかはともかく、一度口に出した以上は必ず守らせる。絶対に。
 殺害人数は合計一一〇人。この時点で彼を超えているとは思わない。『闇衲』はきっと、自分の二倍近く殺している。あそこまで条件を付けた以上『闇衲』に負ける気はないと思われるから、自信はある。本気なのだ、命令を聞きたくないから。娘にいい様に扱われたくないから。実は具体的に何をお願いするかは決めていないのだが、『闇衲』が勝手にお願いを恐れて大人げなく勝ちにいく様を見るのは、それはそれで面白いので、案外決めなくてもいいかもしれない―――いや、やはりこちらも勝ちに行こう。勝てたら最高、負けても『闇衲』の大人げない姿を見られて最高と、損がない。これ以上負けた場合の想像をしても仕方ないので……夜が明けるまで後一時間も無いが、勝った場合の想像をするとしよう。この国殺しが終わった後の行動も含めて。
 この国が崩壊した後、自分達は当然他の場所へ行くことになる訳だが、その時に一つ目のお願いをしてもいい。徒歩以外の移動手段の確保とか、次の街まで自分を抱っこさせるとか。確かこの国から一番近い町は『宿場町ガルカ』。徒歩で向かった場合は幾ら近いといっても三日は掛かるので、やはり一つ目はこの辺りで使った方がいいだろう。次に殺すべき町はあそこになるだろうし、宿場町である以上この国以上の面倒は無い。さっくりと終わらせる為にも、体力の温存は必要だ。
 二つ目は……トストリス大陸には三つの大きな都市がある。『トストリス大帝国』は現在進行形で潰しているとして……残りの都市で消費させればいいだろう。道中に何が起こるか分からない故に正確な計画を立てられないのが残念だが、何事もなく世界殺しが進むのであればそうしよう。
 そしてこのトストリス大陸を殺した後は、港町から船を奪って他の大陸へ行けばいい。具体的に何処に行くべきかは今の所決まっていないが、滞りなく進んでいれば万年凍土の大陸こと『グルティス大陸』に行きたい。『闇衲』が何かしらの反発意見を出してきたとしても、そこでお願いを消費すれば意見は通る。あんまりくだらない事で使いたくはないが、そもそも娘が父に対してするお願いなんてその程度のもので然るべきか。
「ふふ……ふふふふふふ!」
 効率を最重視した殺し方なんてしない。何が何でも勝つつもりは無いし、この勝負は勝っても負けても実質はリアの一人勝ちだからだ。勝てば天国、負ければ現実。どちらにしても変わりはない。だから自分は……試行錯誤を繰り返そう。殺し方を、苦しませ方を。
 いつか胸を張って、殺人鬼の娘であると言える日まで。










―――捨てられた。あの家には誰も居なかった。自分は捨てられたのだ、あの二人に。自分が用済みだったから……ではないだろう。捨てる意味は無い筈だ。それにあの騎士達の言葉から推測するに、通報したのは……間違いなく彼女だ。結局最後まで名前は聞けなかったが、そんな些細な問題がここまで大きな問題を引き起こすなんて予想出来なかった―――まさか名前を聞き忘れただけで単独犯だと決めつけられて捕らえられ、『闇衲』なのではないかとすら疑われるなんて。勿論自分を守るような証拠は持ち合わせていないので、反論は出来ないのだが。
 夜が明ければ処刑が始まる。自分も彼女達と同じように火刑に処されるのだろうか。この胸の内でうずいている疑問も解消出来ないまま、『闇衲』の名を受け継いで。そうすれば平和はまた戻る? そんな訳がない。教会を襲ったのは事実だが、孤児院までは襲っていないし、何より自分は『闇衲』ではない。仮に平和が戻ったとしても、それは仮初でしかない。
 ラガーンは誰に語りかけるでもなく、力ない声で尋ねた。
「俺は……何の為に、今まで生きて…………」













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