ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

結末を見届けて 

「……痛い」
「自業自得だろ。仕留めきれなかったのは確かに俺の責任だが、それを掻っ攫っていくお前はもっと悪い」
 頭を押さえながら付いてくるリアを見、『闇衲』は大きなため息を吐いた。基本的に娘に危害を加える気はなかったが、今回は話が別。むしろ拳骨一発で済ませた事に感謝してほしいくらいだ。
 それにしても、まさかあの男……ロクトがリアを説得しようと試みるなんて思わなかった。確かに彼女を説得することが出来ていれば、『闇衲』は死んでいたかもしれない。他人とは言え事実上は親子だ、その縁は切ろうにも切り離せない。彼の最大の誤算は、その辺りの関係だろう。もしもその辺りの関係まできっちりと把握していたら成功していた……訳ではないが、年端もいかぬ少女に殺されるような事は無かった筈だ。そもそも説得なんて試みないだろうし。
「で、お前は何でここに来たんだ? ロクトの件はさておいて、俺は出来る限り殺しておけと言った筈だが」
 それこそロクトと協力関係を結んで自分を殺しにでも来ない限りは、こちらに来る意味など無い。彼女にその意志が無い事は前述の通りだが、それなら猶更ここに来る意味は……
「ん……っとね。その―――パパを驚かせようと思って」
 ……驚かす?
「ほら、ここに来たって事はあの人と協力関係を結んでパパを殺しに来たって事でしょ? だからそれを利用して―――痛い痛い痛い痛いやめて!」
「何故だ? これでも俺はお前に感心しているんだぞ? 徐に頬を引っ張りたくなるくらいな」
 同じ人間とは思えないくらい柔らかい頬は、恐ろしい程によく伸びた。ある程度伸びた所で離してやると痛みが倍増するので、誰かにちょっとしたお仕置きをする時には最適である。
「それってパパがイラついてるだけじゃない!」
「いや、そうでもない。お前は教わらずして人の恐怖心を煽る行動に出たんだ。俺は獲物を盗られた事に怒ってしまって気づかなかったが、わざわざオチを後ろに持ってきたのはそういう事だもんな」
 思い返してみれば気づく事が多々ある。協力関係を持ち込まれた所で一旦言葉を区切り、その状況の意味を考えさせる所とか。常人であれば耳を貸せる程の距離であんな事を言われたら即座に飛び退いてしまうだろう。リアはその反応を自分に期待したようだが、生憎とこちらは殺人鬼。実力の差は見えている上に恐怖心を煽る行為は本分でもある。全くもって彼女の行為には何も感じていないが、『ざまあ見やがれ』とでも言っておこう。
「この話はもう終わりにしておこう。流石にこれ以上お前の悪意を知るとイラつい……じゃない、夜が明けかねない。それで、わざわざ俺の所まで出向くまでに何人殺したんだ」
「紙芝居の人を殺すまでに二十三人。パパを驚かせに行くまでに十数人殺したから……四十弱か三十後半くらいかな?」
 殺し方には種類がある。簡単な殺し方と、難しい殺し方だ。簡単というのは勿論面白くない殺し方のことで、例えば刺殺や毒殺なんかはこの類に入る。毒殺は苦しむ過程を楽しむものなので厳密には違うと言ってもいいが、殺し方としては華がない。一方で難しい殺し方というのは一口では語れない。単純に殺すのに時間が掛かる、手順を間違えると殺せない、その方法を行使するには技術が必要……等々。リアの反応を見る限り、彼女は難しい殺し方で民衆を殺し回っていたのだろう。この場合は『手順を間違えると殺せない』殺し方だ。間違っても『行使するのに技術が必要な』殺し方ではない。
 例えとしては意外に思われるかもしれないが、首を綺麗に切り落とすことは素人には不可能だ。大抵は何度も何度も首に刃物を叩きつけるか、刃を引いたり押したりして削り始める。骨を断ち切るのはとても難しいから、そうでもしないと首は落ちない。だから首の無い死体を見掛けた時は、その断面を見ればどんな奴がそれをしたのかが直ぐに分かる。汚ければ素人、美しければ実力者。稀にわざと汚くしている奴も居るが、それは殺しが上手いからこそ汚く出来るのであって、決して下手な訳ではない。その辺りも見れば分かる。リアの殺しはまだ見ていないが、彼女は普通に下手だ。当然といえば当然だが、下手だ。
 首を綺麗に落とせる程の技術を持っているなら後三倍の人間は殺せていた筈。かといってリアがつまらない殺し方をするとは思えないので、リアが『手順を間違えると殺せない』殺し方を選んだのは間違いないと言える。
「少ないな。個人個人に時間を掛けるのはいいことだが、掛けすぎるのも良くないぞ。遠くの大陸には『過ぎたるは猶及ばざるが如し』なんて言葉もあるしな」
「……どういう意味?」
「何事も加減が大事って事だ。殺り過ぎも殺らなさ過ぎも良くない。殺しを愉しむのは結構だが、出来ればそれはこの国殺しが終わってからやってほしいものだな」
 『闇衲』は家の前でピタリと立ち止まり、ドアのノブに手を掛けた。
「お前に貸し与えた装備の他にも装備はまだあってな。お前は引き続き愚民共を殺せ。イラつかせてくれたお礼に、俺も参加してやる」
 振り返らずともリアが顔を輝かせたのは理解できたが、その表情は直ぐに曇りを見せた。
「パパは一緒に殺してくれないの?」
「……あのな。これは国殺しに必要な殺しであって、娯楽的な殺しじゃないんだよ。愉しんで殺すのは結構だが効率が失われちゃお終いだ。何、お前の目的は世界殺しなんだ。効率なんか考えずに誰かを殺す時間なんて幾らでも生まれるだろう。だから今だけは我慢して……別々に殺すぞ。二人で殺った方が手っ取り早いしな」
 幾ら大陸全土に広がっている訳ではないとはいえ、ここは腐ってもトストリス大陸の主要都市。十人百人殺した所で大した損害は与えられないだろう。騎士達は数に入れないにしても、やはり国家である以上基本的には平民の方が多いだろうし。
「まあ流石にそれは可哀そうだから、せめてもの遊びとして殺した人数でも競うか。タイムリミットは夜明け前まで。それまでにどれだけの人数を殺せたか。それでどうだ?」
「パパに勝ったら何かくれる?」
「俺がお前に負ける筈はないが、そうだな。もしも負けるような事があったら何でも命令を聞いてやろう、五つまで」
 人を最も簡単に動かす方法。それは破格の条件を付ける事だ。デメリットを一切なくし、莫大なメリットを提示することで殆どの人間は食いつく。食いつかない人間はそれこそ深読みの過ぎる者かひねくれ者くらいで、そうでないのであれば簡単に引っ掛けられる。
 リアも例に漏れてはおらず、彼女は破格の条件に目を見開きつつも嬉しさを隠せないようだった。基本的に命令を聞かない『闇衲』に何でも命令を下せるという条件がそこまで良かったらしい。一体何を企んでいるかは知らないが、たとえどんな条件を付けたところで『闇衲』は負ける訳には行かない。
「それじゃまあ、狩りを始めるとするか」









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