ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

少女の復讐

 世界への復讐がどれ程の自分勝手か。確かに少女は身勝手な理由でこの世界に攫われて、機械にされかけた。復讐されるべきなのは他でもない国家だけであり、この国に従属する民衆を殺す理由は何処にも無い。少女はこの世界に人生を壊した報いを受けてもらおうとしているだけであり、民衆個人個人を恨んでいる筈はないので、それは理不尽とも言えるような動機かもしれないが。
 故に少女は半端な事はしたくない。半端にやめてしまえば、それこそ只の迷惑でしかない。だからたとえ人がそれ『悪』と呼ぼうと、たとえ人がそれを『背徳』と呼ぼうと、たとえ人がそれを『善』と呼ぼうと、辞めるつもりはない。己の身勝手な理由で死んでしまった人達の為にも、他でもない自分の為にも、リアは世界への復讐の決意を歪める気は欠片も無かった。
 殺す。殺す。殺す。広場にあった筈の死体が認知されていなかったのは幸運だ。警戒が足りていない。扉から堂々と侵入しても気づかれない。足音を立てていても気づかれない。恐らく起こそうとしなければ民衆は絶対に起きないだろう。気持ちよさそうな顔で眠っているのを見ると、そう思う。首筋に思い切り短剣を突き立ててやると、一瞬だけ呻いた後、息絶えた。本来は投擲用の短剣らしいが、元々のサイズが小さいのでこのようにも使える。小さすぎて扱いにくいのが欠点だが、鎖鎌とか長剣とか洋弓銃とか、そんな小難しい武器よりはずっと使いやすい。
 一番殺しにくいのは女性かもしれない。これまでに三人程殺してきたが、いずれも例外なく殺す直前に起きて、躱されている。そうなったら即座に洋弓銃で額を撃ち抜くようにしていたが、最早それすらも面倒になってきたので、女性を殺すときだけは鎖鎌を使う事にした。絞殺には力が要るから無理だと思われるかもしれないが、この鎖鎌は鎖にまで刃が施されているので、そこまで力は必要ではない。仮に絞殺まではいかなくとも、刃が食い込めば最後だ。思い切り引っ張ってやれば、小さな刃が首全体を切り刻む。
「……さよなら」
 後悔も懺悔も必要ない。自分は只粛々と人を殺すだけ、そうそれだけ。殺し方に手間をかけても良かったが、今回は作戦遂行の為の殺害だ。手間を掛けるような事はしない。しないが―――やはり色々な殺し方を実践してしまう。
 例えば、そう。眠っている対象者―――この場合は男性でも女性でもいい―――に、起こさないようにゆっくりと鎖を巻き付ける。きっちり引っ張れる事を確認したら、壁に鎌を突き刺して準備は完了だ。ベッドの向こう側に回って蹴っ飛ばし、対象者をベッドから突き落とす。すると蹴っ飛ばされた対象者は目を覚ますが、それと同時に鎖が首を拘束。暫しの時間の後、絶命する。これは苦しむ様を見られる事が特徴だが、効率は悪いし、楔として機能している鎌に負担がかかるのでお勧めできない。だが、これが『闇衲』の装備でなければやる価値はありそうだ。
 こういう方法も面白い。鎌を首の横に突き刺した後、反対側で長剣を突き立て対象者を覚醒させる。突き刺した鎌の柄が首を固定しているので、対象者は鎌の刃の側か、或いは長剣の側のどちらかを向く事しか出来ない。鎌の方向へと向けば引き抜くと同時に首を切り裂いて終了。長剣の方を向いても首を切り裂いて終了。殺し方こそつまらないが、左右に凶器が突き刺さっている時の対象者の反応はとても面白い。
 一番面白かったのは、両足を鎖で縛りつけた―――この時、鎖の長さはある程度調整させた方が良い―――後、鎌を天井に突き刺せばそれで終わりだ。後は適当な箇所に攻撃を加えて覚醒させて、対象者がベッドから転げ落ちるように仕向ける。ベッドから落ちれば吊り上がった両足のおかげで宙づり状態。あちらが何をしようと一方的に攻撃を仕掛ける事が出来る。殴ってもいいし蹴っても良いし、刺しても良い。ある程度弱ってきたら洋弓銃で鎌付近の天井を撃ち抜いて対象者を落下させれば、息絶える。好き放題出来る点が無論評価点だが、まず足を縛っている時点で目覚めてしまう危険性がある事と、落下角度を間違えると気絶で済んでしまう恐れがあるので、あまり多用はしたくない。愉快目的で使う分には特にデメリットも無いので、そういう時に使うべきか。
 人間は脆い。あまりにも脆い。あらゆる方法で死に、あらゆる方法で苦しめる事が出来る。だから殺し方を考えるのをやめられない。次はどう殺すか、どんな組み合わせを使って相手を苦しめるか。人を殺していると、そんな考えが脳を侵食する。
 出来る限りでいいと『闇衲』は言った。だからリアは安心して殺そう。決して作戦を阻害しない程度に、愉しみながら。
「え……っと、今は何人殺したんだっけ……」
「二十三人、だろ……エニーア」
 低く枯れ切ったその声は、リアにとって非常に聞き覚えのある声だった。存在に気付かれても急いで振り返ろうとは思えない。
「……こんな時に貴方と再会するなんて思わなかった……紙芝居の人」
「ロクト・カースだ。死に際の人間の名前くらいは憶えてくれよ」
 そう言って力なく笑う男は血塗れで。リアは妙な既視感を覚えた。ああ、そうだ。まだそんなに日も経っていないのにどうして忘れていたのだろう。


 自分と『闇衲』の初めて出会った時も、こんな……ありふれた夜だった。










 『鴻猟レルムグリューエン』を完璧に受け切る事は不可能と言わざるを得ない。盾は飽くまで受け流しに使うモノだ、これ程の重撃をまともに受け切るには強度が足りない。迎え撃つより他はないだろう。
 洋弓銃を捨てて、取り出したのは鉄槍。組み立てる前なので柄は短く取り回しやすい。あの一撃の威力を弱め、且つ致命傷を与えられるとしたら……横腹がいいか。切替が間に合うかどうかは……いや、躊躇している時間はない。防御を捨てて横腹へと突き立てる。
 両者の攻撃が命中したのは同時だった。『焔』を纏った一撃は『闇衲』の腹部に命中。焔を纏った衝撃が突き抜けて、『闇衲』の体内を焼き尽くす。だがそれは全力ではなかった。威力にして通常の六割。横腹に突き刺さった鉄槍が、筋肉の動きを阻害したのだ。
「……ゴ゛ブ゛ッ!」
 思わず膝を突いて、込み上げてくるものを嘔吐する。どうにか攻撃が間に合ったからいいようなものを、全力の攻撃を浴びていれば流石に死んでいた。突き刺さった鉄槍が折れ曲がっている事からも、減殺した威力が窺い知れる。
 男の方も、突き刺さった鉄槍が軽傷で済む筈がない。その場に崩れ落ちて、槍を引き抜こうと足掻いていた。
「……俺の、勝ちだな。紙芝居」
「……勝ち?」
「……今の攻撃で俺を仕留め切れなかった……時点で、お前の……………負けだと言っているんだ。お前はこれから俺に…………殺される。惨たらしくな」
 受けたダメージが何であれ、殺し合いは立ったモノだけが勝利できる。この場合は自分の勝利だ。武器を抜く余裕も無いが、とにかく自分の勝ちだ。だがどうした事だろう、男は不敵な笑みを浮かべていた。まるで自分の勝ちであると言わんばかりに。
「……嫌な笑いだな」
「………へッ。俺はまだ、死ねないんだよ―――煌めきよ、風の巡りを我の下に。『瞬刻ヴィダータクト』ッ!」
 それが魔術の詠唱であると気づいた時には遅かった。死に掛けの男を純白の光が包み込み、姿を隠す。光が消えた時、男の姿は消えていた。
―――仕留め切れなかったのは俺も同じ、か。
 これは一本取られた。これでは勝負は引き分けではないか。あそこまで追い詰めたというのに……だが、あの傷では当分は動けそうも無いだろう。武器を回収しつつ、『闇衲』は大きく深呼吸をした。
 面倒事も片付いた事だし、リアを迎えにでも行ってやるか。








「ふーん。面倒事って貴方の事だったのね」
 特段驚く事ではない。いつもいつも外に出る度に誰かに尾行されている気がしたが、仮にロクトなのだとしたら、その強さも納得だ。
「……気づいていなかったのか? まあ、いいか。俺がここに来た理由は他でもない、お前に頼みがあって来たんだ」
「頼み? ……殺してほしいとか?」
 ロクトはこちらを試すように、手を差し伸べてきた。
「その通りだ……ただし、『闇衲』をな」









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