ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

攻国戦 後編 2/2

 流れを止めかねない石を排除するだけ。口で表せば簡単だが、国殺しを邪魔する石は、存外に大きく硬い。正体不明の殺人鬼『闇衲』を以てしても排除は容易な事ではない。何せそいつは、リアとの出会いの切っ掛けを作った張本人……『闇衲』を瀕死の重傷に追い込んだ者なのだから。
 言い訳も兼ねて普段の装備を説明させてもらおうと、『闇衲』は普段、身を隠しやすいように最低限の装備しか所持していない。真面目な話、木の破片だけでも人を殺す事など容易いだからだ。それはあの日までは確かに正しかった。しかし……奴相手に破片が武器では相手にならず、『闇衲』はものの見事に返り討ち。何とか撤退するも出血多量で意識は朦朧。そこまで来ていよいよ己の死を覚悟した時、リアと出会った―――
 お互いに都合が良かったとはいえ、彼女には本当に感謝している。殺人鬼である以上、いつ殺されても不思議ではないし、その時は大人しく殺される覚悟もあるが、生きられるのであればまだ死にたくはない。まだリアに殺人鬼としての全てを教えていないし、何より――――――まあいい。暫くの間はリアにつき合おう。
 話を戻すが、今回はナイフ一本、破片一つという訳にはいかない。孤児院を襲撃する事になった以上、『石』と相対する事はほぼ確実。そして奴と一度対決した事があるからこそ分かる。奴は全力で相手をしてやらないと倒せない。気づかれない様に人を殺すのが『闇衲』だが、今回ばかりは姿を現して、正々堂々戦わなければならない。
 投擲用の返し付き短剣数十本。鎖にまで刃を施した鎖鎌に、特製の矢を使用する為に改良した洋弓銃クロスボウ。愛用しているナイフに、組み立て式の鉄槍に、この辺りでは珍しい片刃の剣。そして不意打ち用の対物飛び出しブレード。
 どれも『闇衲』が直接製作したモノで、その性能は一級品である。特に剣とクロスボウは、重鎧までなら容易に破壊する事が可能である。
 防具の方も抜かりない。鉄の繊維を編み込んだ防刃手袋に対魔術コート。足を取られない為に設計された鉄スパイク付きブーツに、片手でも扱える程度の小型の盾。防御というよりも、その凸型を利用して攻撃を受け流す目的だ。
 全て装備すれば総計は……どれくらいだろうか。剣以外はギリギリまで軽量化している為、動けなくなる事は無いだろう。そしてここまで準備を整えた以上、もう以前のようにはいかない。今度こそ全力で奴を叩き潰す。
「リア、準備は大丈夫か?」
 あの院長相手にリアが手こずるとは思えないので、彼女には効率的に物体が破壊できるような装備―――いずれの装備も対物仕様だ―――を持たせてある。孤児院は召喚陣がある関係上、他の建物と比べて頑強に作られている筈。それを見越しての対物仕様であり、院長に対しては何も考えていない。まあ、リアならば大丈夫だろう。まだまだ修行を初めて日が浅いとはいえ、素人に負ける程ではない。丸腰だったら話は変わるかもしれないが、今回は武器がある。
 そもそも武器とは力の弱いモノが強いモノと対抗する為に生み出された物体であり、扱い方さえ心得ていれば、破片一つでも大人を殺せる。院長が魔術を扱えたとしても、リアにはきっと敵わない。修行中は一度も使っていないが、リアは度々魔導書を読んでいた(ページの半分以上は血に塗れているが)。魔導書は短期間で読破出来るモノではないが、初歩程度ならばリアも習得している筈。全ての魔術は初歩の応用に過ぎないので、そこさえ習得しているのであれば、院長など敵ではない。
「パパ……重いんだけど」
 振り返るまでもない。リアは対物仕様のナイフ、先端の鉄球の密度を極限まで高める事で破壊力を底上げしたこん棒、火薬玉を持っている。
「対物仕様にすると必然的に重量は重くなる。後々改良していくつもりだが、今はそれが精一杯だ。我慢しろ」
「我慢しろとは言うけどさ、これって明らかに私が使う事を想定してないよね?」
 娘が出来る事など昔の『闇衲じぶん』が知っている訳がないだろう。何より、リアには殺人鬼としての全てを叩き込むつもりなので、仮に知っていたとしても、重いから持てないという甘えは聞き流す。
 全てはリアの為などではなく、復讐に利用される『道具』として、当たり前のことである。
「お前が素手で孤児院を壊せるというのなら話は変わってくるが、そうするか?」
「―――ほかに方法は?」
「大規模な魔法陣を組んで孤児院を滅却するくらいだな。そうするか?」
「…………分かったわよ。これを使えばいいんでしょ、それで満足なんでしょ!」
「満足かどうかは俺が決める事ではない。そもそもの話、お前が用意してやった装備にケチをつけるから俺は代替案を提示したんだ。お前が出来るというのなら、別にどんな方法を使ってもいいさ」
 言い争いのようにも見えるが、実際はリアの一人口論。それに『闇衲』が乗る必要はなく、こちらは淡々と反論を返してやればいい。
 それだけでリアは、勝手に苦しんでくれる。他人の不幸は蜜の味、娘の不幸は罪の味だ。
「……パパって、たまに性格悪くなるわよね」
「そりゃどうも。性格が悪いのはお互い様だ。それで、結局それを使うって事で良いんだよな」
 リアは大変不本意そうに頷いた。国殺しに対してやる気があるのやらないのやら。娘は非常に我儘である。
―――何気なく外を見遣ると、既に人の気配は感じられない。鮮やかなりし満月も、澱んだ雲に隠されてしまって、光は地上に届かない。
 好都合な天候だが、あの少年からすれば不都合かもしれない。ランタンも持っていない少年がどのようにして子供教会に辿り着こうというのか。少しだけ心配だが、信じよう。彼の憎悪を。
「確かこの後って、私は子供教会が破壊されている事を騎士に伝えて、それで孤児院でパパと合流なんだっけ?」
「合流……だな。正確には、『孤児院を壊しに来い』という意味だ。俺は少しばかりの面倒事を処理しなければならないからな、孤児院の破壊はお前に任せる」
「任せてくれるのは素直に嬉しいんだけど、これって一体何の意味があるの? 子供教会に兵力が向けられている間に孤児院を壊す事だけは分かるんだけど」
「つまり見たまんまの事しか分からないという事だな。しかし安心してほしい。俺達は疑われることも無いし、その存在を知られることも無い。ノーリスクで孤児院を壊せるんだ」
 それこそが『闇衲』の真の目的。ノーリスクで国の重要機関を一つ壊せるという事にこそ意味がある。姿を知られる事もなく孤児院を壊せる……それが成功さえすれば、国殺しはもう半分成功したようなモノである。王様は既にこちらのモノだし、子供教会を潰す為に必要な駒は既に動き出している。勝利の天秤はこちらに傾きつつあると言えるだろう。
 そして傾きつつあるからこそ、もう失敗は許されない。特にここで奴を仕留められなければ、計画は一転して失敗の可能性を孕んでしまう。
「……こっちは終わった。そっちはどうだ」
「もう少しだけど、こんな事に意味があるの? 部屋の片づけなんて」
「俺は意味のない行動は嫌いでな。部屋が綺麗になる以外の意味がある事だけは教えておこう」
 『闇衲』は入口近くの壁に凭れて、目を閉じる。
「早くしてくれよ。あの少年の位置から察するに、後五分くらいで実行するだろうから。それと言い忘れたが、最短で騎士の所に行くと怪しまれる恐れがある。アイツが子供教会を破壊し始めて……少し遅れるくらいが丁度いいな」
「はいはい、注文が多いパパだこと―――っと、こんな感じで良い?」
 机は横に倒して、椅子は無造作に。暖炉の火は当然消してある。本や衣服などの私物は地下に移動済みで、その地下への入口は完全に潰しておいた。もうあの入口を使う事は出来ないが、特に問題は無いだろう。
 壁から背を離して、軽く首を回す。ざっと見た限り、二人の正体に繋がるモノは見受けられない。
「合格だ。それじゃ早速行くか」
 手を差し出してやると、リアは嬉しそうに手を重ねてきた。へし折らないように優しく握ってやると、彼女からも小さな圧力が伝わってくる。




―――さあ、国殺しを始めよう。










 今夜が、正念場である。今夜を防げれば、国殺しなどという愚かな行為は防ぐことが出来る。たった一日。そうたった一日だ。それでも長いというならば数時間とも言い換えられる。難しいことは無い。何も。
 本当はあの少女を誘拐するなり殺すなりすれば良かったのだが、自分の殺意に薄々感づいていたのか、あの少女は一切の隙を見せなかった。あの偽の犯人の処刑を続けさせれば姿を現すかもしれないとも思ったが、やはり最後まであの少女は姿を見せなかった。奴が自分の存在を警戒したのだろう。
 やはりあの時に仕留めていれば……いや、逃げに徹した奴に対応する術は無かった。自分も軽装備だったし、仮に追跡したところで撒かれていただろう。
 しかし今夜ばかりは退くわけには行かない筈だ。あちらからすれば孤児院を落とせば国殺しはほぼ完了したようなモノ。何を切っ掛けに国殺しを始めたかは分からないが、どうやら遊び程度の感覚で始めた訳では無さそうだ。
「……そうだよな、『闇衲』」
 真っ直ぐに伸びている道から、この国を恐怖させる伝説の殺人鬼、『闇衲』が歩いてくる。灰色のコートを身に纏い、腰に剣を携えて。
「やはり現れたか。紙芝居」
「紙芝居とはまた失礼な名前だね。僕にだって名前はきちんとあるさ。教える気は無いけどね」
「そうか。興味ないな」
 『闇衲』はコートの内側からナイフを取り出し、こちらの喉元へと向ける。以前と同じ装備とは思えない。あのコートの内側にはまだまだ装備がありそうだ。
「お前さえ居なければ、全ては流れのままに終わる。光栄に想えよ。俺も戦うのは久しぶりだからな」
「何だ、負けた時の言い訳かい? それは結構。あの時は逃がしたけど、今度は仕留める。あの時は僕も装備が悪かったからね」
「お前こそ負けた時の言い訳か? だったら少しだけ待ってやるから好きなだけ言えよ。今回の勝負で負けた方は必ず死ぬからな」
 正確には、どちらかが死ぬまで終わらない。どちらも相手を殺す事を望んでいるからこそ、この戦いにおいて痛み分けは許されない。
―――魔術兵装『地』。
 最低限生きていられる程度の魔力を除いて、その全てを両腕へ。透明な鎧を形成するかのように、濃密な魔力が両腕を覆った。






「…………………………来い!」









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