ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

攻国戦 後編2/1

 憎い……何もかもが憎い。彼女達を殺した国も、自分を止めたあの男も。正しいとか正しくないとか、己の勝手な価値観を押し付けて。絶対に助けられたとは言えないが、それでもあの男の邪魔が無ければ処刑を中止させる事は出来たかもしれない。彼女達を逃がす事も出来たかもしれない。
 少なくともこんな事にはならなかった。ならなかったはずなのに、あの男のせいで!
 孤児院も、国も、あの男も誰も信じられない。信じた結果全てを失った。それが正しい事の筈が無い。こんなに苦しくて辛い結末が、正しい事をした末のものであっていい筈が無い。自分は間違えたのだ。信じるべき全てを間違えていた。
 自分が信じるべきは……彼女達だ。彼女がいなければ自分は死んでいただろうし、彼が一日泊めてくれなければ、自分はあの孤児院で一日を過ごさなければならなかった。
 リシャージがあれから孤児院に戻ってきたかは分からないが、今はどうでもいい。彼女に向けられていた全ての気持ちは国へと傾いた。孤児院の真実なんてしょぼい事は言わない。どうせならこの国の真実を暴きたてようではないか。何、容易な事だ。物理的にこの国を壊してしまえばいい。小細工なんか必要ない。単純な力こそが全てを解決する。
 とはいえ、流石に自分一人ではそれすらも難しい。何せ相手が相手だ、こちらも協力者を―――信用できる相手と組まなければ、対抗は難しい。
「……話がある、居るか?」
 訪れたのは無論彼らの家。全てに裏切られた自分には、もう信じられる場所はここしかない。家の内部は暫くの間騒がしかったが、やがて何食わぬ顔で男が扉を開けた。
「……間に合ったか?」
「……いや」
 自分の表情を見て察したらしい、男はそれ以上何も言わず、無言で家に上げてくれた。傍では彼女が本を読みながら足をバタバタさせている。
「お前が今どんな気持ちなのかは聞かないでおこう……話って何だ?」
「罪のない子供を殺したこの国に、報いを受けてもらう。その為にはお前達の力が必要なんだ……だから、力を貸してくれ!」
 国を壊すなんてバカらしいかもしれない。罪がないかどうかなんて彼らの知ったことではないから、自分が理性を失っているようにしか見えないかもしれない。
 どうやらその思いは杞憂だったようだ。
「……これで共犯者だな」
「え?」
「お前は俺達の火事場泥棒を見逃した。そして俺達はお前の憎悪に加担する。見逃したという行為は言い換えれば加担という事であり……まあ、何だ。俺達はようやく信じあえる間柄になったって事だ……言えよ、俺達は何をすればいいんだ?」
 彼らは否定しない。肯定もしない。笑うことも無ければ、諭すような事もしない。それを悪い事であると断じる気も無ければ、善行であると持ち上げる事もしない。彼らは只、共に居るだけ。
 だからこそ自分は彼らを信じている。価値観を押し付けない彼らを信用している。たとえ自分の誘いに乗った二人を周りが悪と言おうとも、自分だけは決して彼らを……
「この国は子供教会と孤児院……ああ、子供教会って言うのは反対側にある教会で、元凶みたいな所だ。今回の出来事で恐らくあの教会は一時的に機能が停止……誰も居ない筈だから、俺はそこを狙う。だからアンタ達は孤児院を狙ってくれ。無理強いをするつもりはないけど、出来れば院長も……」
 それ以上は言葉に出来なかった。決意を固めた後でも、やはり『殺す』という言葉は口にしにくい。決してリシャージに感謝の気持ちがあるという訳では無くて、あの単語が嫌いなだけだ。
「……ああ、言わなくていい。お前にとってその言葉はあの時を思い出すんだろう? お前の力不足で死んだ彼女達の事」
 まるで己に責任が無くとも、死んだ人物が知己であれば、人間は己を無理やりにでも関連付ける。誰が何をしても死は死。何かが欠けていようともそうでなくとも、死からは逃れられない。この少年がその事に気付くのは、果たしていつだろうか。
「話を戻すが、孤児院を狙うのは分かった……しかし、俺達はどのタイミングでやればいいんだ?」
「タイミング?」
「お前と少しでもタイミングが違えばそれこそ個別に対処されてしまう。しかし同時に狙えば個別に対処されることは無い……あんまり分かってないみたいだな」
 男は一度首を振った後、改めて説明を試みる。
「個別に対処された場合、先に対処された所から騎士が合流してくるだろ。そうなれば俺達も含めて終わりだ。だが同時に決行すればその心配はない。敵がこれ以上増えないという事だからな、後は自分の実力次第だ」
「ふーん。それじゃ決行タイミングは何時ぐらいが良いかな」
「……こんな些細な事で揉めるのは時間の無駄だろうからな、お前に合わせるという事でどうだ。合図も連絡も要らないから、お前は実行すべきと思った時間に実行しろ。俺達はそれに合わせる。それ以外に言うことは無いが……強いて言う事があるなら、人気が無い時にやるべきだな」
 公衆の面前でやる馬鹿ではないだろうが、念の為だ。それとなく誘導しておこう。










 ここまでは計画通り。彼の感情に合わせて動けばこの通り、全てが上手く行く。彼は自分にとって都合の良い人物を欲しているだけ。そしてそれは、自分達の事である。彼の行動をただ見ているだけの人間は、その行動に否定も肯定も出来ように無い。だが彼からすれば、それは己の行動を受け入れてくれる事と同義である。
 人間は一人では生きていけない。『闇衲』はそれを逆手に取った訳だ。
「後は流れに身を任せればいい。面倒な事は全て俺が引き受けよう」
 流れのままに、川の様に。その流れを止めかねない石を排除するだけ。リアは父の背中に隠れながら、ただ流れていればいい。
「何か質問や疑問点があるなら答えるぞ」
「……本当に大丈夫なの? パパの読み通りに全てが上手く行くとは思えないんだけど」
 世界を殺そうという娘にしては弱気な発言だ。嘲るように『闇衲』は語調を変える。
「何だ? 修行中に俺を殺さんと暴れだしたかと思えば、今度は俺にケチ付けるのか」
「違うって。ほら、人間って感情があるから、機械みたいに思い通りにはいかないというか……」
「―――それは少し違うな。人間は感情があるからこそ操れるんだ。感情って言うのは不安定な行動指針だ。自由な選択、自由な発想があるからこそ、介入しやすい。一方で機械……まあ機械というより絡繰りだが、水車に『陸上を回転してほしい』なんて話しかけても応じないだろ。アイツ等程思い通りに動かない物体は存在しないね」
「…………」
「もっと分かりやすい例を上げようか? ある人の指示通りに走るとする。だが一回の指示を完璧に再現する奴はそういない。そういう時、お前だったらどうする? 相手が自分の思うように走らなかったら」
「うーん。腕をもっと振るように、とか。アドバイスをするのかな」
「そうだな。そいつはそのアドバイスを受けてそれを直す。そいつの言葉を聞いて、それを直したんだ。だが水車はどうだ? 回り方がいやにぎこちなかったとしても、水車にアドバイスをすれば直るのか? そいつの言葉を聞いて直せるのか?」
「……成程」
 あんまり理解は出来ていない様に見えるが、まあいい。ともかくそういう事だ。一見忠実に見える機械だが、融通は利かない。人間の方がよっぽど柔軟で、融通が利いて、動かしやすい。
 何せ自分が他でもない人間だ、人間の事はそれなりに理解している。
「……アイツの感情を考慮すると、期日を延ばしたりはしない筈だ。どこかでずっこけたりしないように柔軟だけはしっかりしておけよ。決行は今夜だからな」


 国を殺す。リアに出会うまでは考えたことも無い発想だったが―――悪くない。 













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