ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

攻国戦 中編 2/2

 たすけ、られなかった。おとこはさいごに、てをはなしてくれたのに、たすけられなかった。でもしかたがない。おとこをさすつもりなんてなかったのに、おとこをさしてしまった。そのじじつをにんしきしたしゅんかん、あたまのなかがまっしろになって……うごけなくなった。
 群がっていた人々は、処刑が終わって火が消えると、興味を失ったように散っていった。民衆という壁が消えた後、少女だった何かはありのままの姿をラガーンに見せつける。
 頑強な棒に括りつけられた身体。爪先は真黒に染まり、剥落した皮膚と肉との間で黒いのか紅いのか分からない、混沌のような様相を呈している。立ち上る煙はいつの間にか黒い煙へと変化しており、処刑執行者は既に遠く離れた場所へと避難していた。
 なんで…何でこんな事が。彼女達は犯人じゃないのに。彼女達は犯人処か城が燃えていたという事実すら知らなかった、民間人の筈なのに。
「……落ち着いて。彼女達を助けなかった君の判断は正しい。君がどう思おうと、その行動は正しいモノだ」
 紙芝居の男は目線を合わせるようにかがんでそう言うが、聞く耳を持つ奴が果たしているのだろうか。上から論理を押し付けて、罪のない少女を見殺しにさせたこの男の言葉に。
「正しい……? ふざけんじゃねえよ! 何の罪もない奴らが死んで……そんな事が許されるはずがない! そんな事が正しい訳が無い!」
「いや、正しい! あの少女たちは死ぬべくして死んだ。お前が助けた所でそう遠くない内に死んでいたさ。だがお前はアイツ等を助けなかったことで生きた。己を生かす選択が正しい訳がないだろう!」
「あいつらが死んじまったら意味がない! 俺はまた助けられ……うッ…………ううう!」
 また……とは何だ。また―――って、何だよ。また………………また……
―――ポッポ。
 本能が封じていた記憶が漏れ出す。少年の精神を完全に崩壊させうる記憶が、徐々に鮮明になっていく。操り人形のように細工をされ、広場で吊し上げられていた少女、ポッポ。自分につき合ったがばかりに殺されてしまった少女。誰に殺されたかは……
 そうか、分かったぞ『闇衲』はこの国に従属している騎士の事だったのか。だから誰も夜に巡回しないのだ。
 城の警護の問題もあり、巡回に回せる人数は限られている。そして巡回に回した分城は薄くなるので、いざ暗殺者が潜り込んだ時に気付かない事があり得る。だからこの国にはそれ以外の抑止力が必要だった。
 そして、その抑止力の正体こそ『闇衲』という名の騎士。だから騎士団の調査力をも掻い潜り、正体不明となる事が出来ている。『闇衲』が年月を経ても尚語り継がれるのは、その時代その時代によって引き継がれているからだ。
 夜に出歩く正体不明の殺人鬼。あらゆる装備は意味を成さず、あらゆる権威は意味を持たず、あらゆる命は意味を失くす。その噂が流れれば当然、ちょっとした出来心で夜に出歩く人間は居なくなる。その噂に乗じて法を作れば、『闇衲』を継いだ騎士は遠慮なく出歩いた人間を殺す事が出来る。
 …………つまり、あれを殺したのが『闇衲』だとしたら、ポッポは―――国に殺されたと言ってもいいのではないだろうか。
―――許さない。
 きっとこういう事だ。国は孤児院の真実を暴かれる事を恐れた。それは国の信頼を根底から揺るがす程のモノだと知っているから、だから広場に来たポッポを殺したのだ。そうに違いない。
「何処に行くんだい?」
「何処にも。俺にはもう戻る場所は無い」
 そして失うモノも何もない。ポッポは死んで、彼女達も死んで……今までの平和は何処へやら、この国は現在荒れているが、暫くしたら孤児院は再び子供を召喚して、孤児として世話をするのだろう。そうなったら自分に用はない。孤児院から離れても、誰も何も文句は言うまい。ただ余計な人間が一人消えただけなのだから。






 市民は王様に逆らえない。なぜならば、失うモノがあるからだ。家族、食糧、地位―――色々あるが、それらは全て失いたくないモノ。故に市民は保護を求め、従順を誓う。
 一方で王様は奴隷を恐れている。なぜならば、失うモノがないからだ。あらゆるものを極限まで奪われた囚人は、最早己の命すらも惜しくない。それを知っているからこそ王様は、奴隷に枷を与えた。
 ラガーンは先程まで、間違いなく市民だった。自分と同じ立場の少女達という財産があった。だがそれは目の前で奪われて、それ以前には記憶も名前も奪われて、自分は『誰』なのかすらも分からない。だから……もう何も怖くない。恐れる必要が無い。
「俺は……俺は…………」
 そもそもこんな事になったのは全て孤児院のせいだ。あの教会のせいだ。紙芝居の男は、『己を生かす選択が正しい』と言ったが、そうは思わない。時には己を殺してでも取る選択の方が正しい事もある。




 全部……全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぶっこわしてやる!














「……え?」
 リアはてっきり頬をぶたれると思ったのだが、何故か頭を乱暴に撫でられていた。
「俺は人を殺す趣味はあるが、娘を殴る趣味はない。お前の煽りにどう言って良いか分からなかったから手で表したまでだ」
 『闇衲』は散っていく人々の方を向いてそんな事を言っている。頭を撫でるその手は僅かに震えていた。
「殺人鬼に煽りを言える時点でお前は強くなっている。仮に俺が死んだとしても、お前なら一人で立派に生きられるだろうな……喜べよ」
「え、う、うん。や……ったー?」
 返ってきた反応は予想を遥かに上回るモノだった。あちらとしては素直に喜んでほしいのかもしれないが、そう褒められてしまうとこちらもどう対応していいか分からない。喜んでいいのか皮肉か何かと受け取るべきか―――やはり分からない。
「頬を染めてだんまりか。だが一人で生きる事になった場合、そういう強さは必要だ。俺は育児なんてした事がないから分からないが、たまには褒めるのも必要だろ」
 苛ついたけどな、と『闇衲』。何と素直じゃない父親だろうか。褒めるなら普通に褒めればいいのに、わざわざ殴る為の前口上のような言葉まで言って。自分はてっきり殴られるモノかと……まあ、いいか。リアのパパはそういう男。回りくどくて分かりづらくて、冷たくて強くて冗談が下手で甘えさせるのも下手で……それでも世界で唯一、いつ何時も自分の味方でいてくれる。それがリアの『パパ』。
「ふ、ふふふ。パパったら素直じゃないんだから。娘を褒めたいなら最初からふつうに褒めてくれればいいのに」
「普通に褒める事が出来ない体質でな。まあお前がそう言うなら努力はしてみるが」
 言葉そのものは柔らかく、目を閉じれば『闇衲』の笑顔が見える。だが実際は笑っておらず、その表情は見飽きる程にしかめ面だった。自分の気のせい……なのだろうか。
「さて、処刑も終わった事だし、家に帰ったら修行だな」
「えー? ……次に動くのっていつ?」
「知らん……が、そうだな。人気が無い時だと思うぞ。あの少年の感情とそこからはじき出される結論は、人気が無くなった頃じゃないと実行できない代物の筈だし」
 むしろ大衆の眼前で破壊行為に出られたらこちらが困る。そんな愚かな事はたとえ冗談でもしないでもらいたい。
「ん~……そうなんだ。じゃあ仕方ないか」
「修行が嫌なのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、お土産と戯れたくてね」
 お土産……ああ、双王の事か。確かに彼らは彼女をここまで変化させた元凶みたいなものだし、戯れたいというのなら修行はやめ―――
「ってそんな訳ないだろ。戯れなんざいつでも出来る。修行は内容が内容だからな、その理由での拒否は却下する」
 リアは愉しみを奪われたような絶望的な表情を浮かべているが、安心してほしい。修行は一時間もしない内に強制終了する。国の殺害を企む自分達と、国に憎しみを抱く男によって。
 だがそれを教えるとリアが喜ぶので、黙っておこう。


 

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品