ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

現実の中に沈め

 眠ってしまった少年を移動させた後、『闇衲』は緊張を解いて、背もたれに背中を預けた。全く、実に暗い食事だった。だがこれで終わりだ、この少年は明日まで絶対に起きない。絶対と言いつつも監視はするが、それでも明日までは起きない筈だ。……多分起きない筈だ。使用したのは強力な睡眠薬。彼が薬が効きにくい体質等というご都合の良い体質を持ってなければ、やはり明日までは起きない。起きようがない。刃物を心臓に突き立てても起きない。
「……まあ、俺のモノではないが、家で吐かれるのは困る」
 ちゃんと食用の人肉なのだが、異世界人の彼には通じない理屈だろう。それは彼がこの肉について尋ねてきたときに確信した。あれは彼がグルメだとか、話のネタに困っていたからとかそういう事ではなく、かつての世界の常識がこびりついた本能が、あの肉を拒絶したのだ。それに気づいたからこそ、眠らせるまではあの肉についての答えをぼかした。こんな事で信用は失いたくない。人肉を人に食わせる異常者……なんて、まるっきり見当違いのイメージは持たれたくないし。
 それに、今更気付いたが、地下からの音を一日中隠すのは無理ではないが、簡単な事でもない。床に耳をくっつけて集中すれば、リアの足音が聞こえるだろうし、攫った彼女達の吐息も聞こえるだろうし、双王の瞬きの音……は、少し訓練しないと聞こえないだろうが、とにかく色々聞こえそうだ。少なくとも自分であれば全て聞こえる。
 この少年の身体能力が自分と全く同じとは言わないが、何らかのアクシデントで少年が床に突っ伏してしまい、この音を聞いてしまう可能性はゼロではないので……ああ、考えが甘かったと言う他ない。恐らく少年をここに泊めた場合の最大のデメリットと言える事柄だ。睡眠薬を使ったのは、会話が面倒になったからという理由と、いつまでも帰ってこないリアについて言及されたくなかったからという理由があったのだが、僥倖という他ないだろう。考えつかなかったデメリットへのケアになっていた。
「……リアは、どうしているんだろうか」
 あの少女たちの体調管理を一日中、何の楽しみもやりがいもないまま出来るリアではない。今日は尋問だけとは言っていたが、何だかんだ今からお楽しみを始めてしまっているかもしれない。『闇衲』の想定した以上に、リアはあのお土産を喜んでいた。何も不思議はない。


―――この後の手順は、流石に変える訳には行かない。


 王様だけを殺した所で王位が誰かに継承されるだけ、国は何も変わらない。王は最後に殺すが、それはメインディッシュではない。デザートだ。デザートを最大限楽しむには、今までの過程の全てを、味わい尽くさなければならない。
 この少年が目覚めてこの家を出る頃……きっとこの国は大騒ぎになる事だろう。何せその時、広場では意外な犯人が晒されているからだ。その犯人を見て、少年はきっと助けたくなる。いや、彼の性格上、絶対に助けようとするだろう。だが力及ばず、犯人は死んでしまう。それを見た少年はこの国を憎み、この国に対して殺意を抱くようになる。すると、その時の少年にとって信用できる人物とは、院長でも行方不明の王様でもなく自分達だけとなるので……どうしてそうなるかは簡単だ。殺意と愛は人を鈍らせる。そしてさもその時の考えが最高であるかのように錯覚させてしまう。そして、そんな最高の考えに同調してくれる人間には、友好的になってしまうのは仕方ない事だ。
 善である彼が悪行をする筈がない? ……善であっても悪行はするだろう。彼は絶対的に善の属性を持っているが、その性根……陽になるか陰になるかは隣に居る人物じぶんたち次第。今までは陽・善であったが為に、一般的正義を重んじていたが、隣に居る人物じぶんたちによって陰・善となる彼にとって国に抗う事とは善であり、決して悪行ではない。故に彼は、絶対に前述の通りの行動をする。そして前述の通りの感情を抱く。
 その行動を悪と断じる気は無い。だが、真実を知る者からすれば、彼が国に抗う意味はこれっぽっちも無く、殺意を抱くなんてお門違いも良い所。悲しいかな、彼の行為は悪とも善ともいえないが、意味が無い。まあそれは彼にとって意味がないだけで、国殺しを望むこちらからすれば意味は大いにある。
 彼が想定通りに動いてくれれば、国殺しはもっと簡単に成す事が出来る。彼はその為の駒。利用するだけして、価値が無くなれば捨てるだけの駒に過ぎない。
 精々今の内に、人生を楽しんでおくと良いだろう。夢でも見ながら……
「パパ」
 思考を切って振り向くと、リアが少年と自分を交互に見ながら立っていた。
「何あれ」
「駒だ。アイツらの状態に問題は無いか?」
「うん。問題ないよ。今の所はね」
 順調に進んでいる。邪魔のしようが無い計画だ。後はイレギュラーさえ介入しなければ、何も問題ない。
「……そうか。説明も無しで驚いただろうから、これからの流れを簡潔に説明しておく。ああその前に……計画を勝手に変えているのは謝っておく」
「変えているって、現在進行形なのね……でも別に気にしてないから、いいわよ。こうやって王様を攫ってきたときから、国殺しが一気に捗る事は読めたし」
 仕方ないとばかりに言うリアだが、その表情は見てる側も釣られてしまいそうなくらい狂喜的/狂気的な笑みを浮かべており、むしろこちらに感謝している節すらある。
 少年の意識の覚醒に気を配りつつ、『闇衲』は声を絞って話を続ける。
「……王様が不在の今、子供教会は一時的に機能停止をしている筈だ。だからお前は子供教会がアイツに破壊されている事を騎士共に伝えろ。そしてその後は孤児院で俺と合流だ」
「え、え? ……どういう事? まるで話が読めないんだけど」
 あまりにも唐突に告げられた行動に、リアは只々戸惑っていた。が、彼女がこの時点で理解しているかいないかなどどうでもいい。
 『闇衲』はこの読みに絶対的自信を持っている。これが成功すれば、最早長ったらしい計画を立てる必要もない。国は一気に崩壊する。
「話は明日のアイツの行動を見ていれば理解できる筈だ。そして俺と合流した後は孤児院を破壊するぞ。院長ごと、徹底的にな」
「―――その後は?」
「火を放つ。それだけだ」
 最早多くを語る必要はあるまい。その行動が何にどう作用するか等、やれば分かる。『闇衲』は正体不明の殺人鬼。その通り名は長い間埃を被っていたが、今回ばかりは大いに活用させてもらおう。




 通り名を譲渡する……それだけで人は、それこそが見えざる者の真実であると錯覚する。どんな違いがあっても、それでも。
 自分が何十年も掛けて磨き上げてきた名には、既にそれくらいの力があるのだ。









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