ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

行方を眩ませて

 まさか皆が皆大急ぎで出ていった、という事はないだろう。念のために人だかりも見てきたし、その道中も見てきた。間違いなく何も居なかった。家に籠っているか、火を間近で見ているか。人々はそのどちらかである。そしてその中に孤児院の面々は誰一人存在しなかった。
 なのに何で……
「何で誰も居ないんだよ!」
 片っ端から扉を開けるも、誰の姿も見えやしない。院長も、他のメンツも、何もかも。一体何が起きているのか理解出来ない。
―――冷静になって考えてみよう。
 先程の男達は関係が無いだろう。あれは会話から察するに王を探していて、その途中に一旦集まった。そんな所だろう。だから犯人としては除外していい、のだが……
 彼らを候補から外すと、疑うべき候補が消えてしまう。だが彼等は間違いなく関係が無いし、そもそもこの孤児院に居る子供は簡単に攫える程数が居ない訳ではないので、自分が外に出てから戻ってくるまでの時間に全員を攫えるかと言えば……無理だろう。何より攫う理由がない。
 結論を言うと、犯人は分からない。城に火を放った犯人と同一ではないかと言う事も出来るし、全く別の、まるで関係のない人が攫ったとも言える。そしてそれを特定する事は絶対に出来ない。少なくとも、今は。
「…………分かんねえ」
 取りあえず、彼女達の所へ行ってみよう。やれることも無いし、今頼れる場所があるとすれば、彼女達だけだ。






「……一仕事終わった、といった所か」
 作戦の勝手な変更はそう何度もするべきではないし、出来れば一度もやらない方がいいのだが、やってしまった。後悔はしていないし、リアの嬉しそうな表情を見たらやって良かったとすら思っている。
 ここは『闇衲』の拠点、つまり家の地下。元々は広い酒蔵だったが、今は監禁所として利用している。
「パパ」
「リアか。大変だっただろう、そいつらを運ぶのは」
「うん、まあね。でもパパが教えてくれた催眠術のおかげで、少しだけ楽になったし、パパには何もしないでおいてあげる」
 『闇衲』が言っているのは、そこの地べたで無気力に座っている少女たちの事だ。リアに与えた仕事は『孤児院に居る全ての者を攫ってこい』というもの。正攻法では無理なので、やり方は教えておいたが、期待通りの成果を上げてくれた。
 一人も―――正確にはあの少年以外の全てを―――取りこぼす事無くこっちに連れてこれた、それは褒められるべきであり、『闇衲』は先程彼女を抱っこしてやった(これは決して自主的にやった訳ではなく、彼女がそれを求めたからである)。
「あげる? 随分と上から目線だなあ? 俺のお土産がそんなに気に入らなかったなら、普通に返しに行くけど」
 監禁所の奥の扉に手を掛けようとした瞬間、リアが両手を掴んで、声を荒げた。 
「ダメ! 絶対ダメなんだから! 王様は私が殺す、絶対殺すの! やめて、パパやめて?」
「だったらその上から目線をやめるんだな。上から目線はオレの特権だ」
 渋る、と言った行為は見られなかった。僅か数秒の間にリアの態度はいつも通りに、自分の足元に「パパ大好き♪」と張り付きはじめた。
 それはそれでうざい。
「……それで、今の所の計画は?」
 計画というのは、『闇衲』の持ってきたお土産に行う予定の事である。
「ん? 今日は尋問だけにしといたけど……明日からはそれこそじっくりやるつもりよ。己の愚かさのせいで、国が滅んだという事実を味わいながら死んでほしいから」
「成程。王様も幸せ者だな、お前みたいな可愛い女の子に殺してもらえるなんて」
「……もしかしてパパ、嫉妬してるの? 大丈夫、安心してっ! パパも絶対に殺してあげるから!」
 その笑顔に穢れは無かった。彼女の心を表しているかのように美しい、無垢な笑みだ。安心したように『闇衲』は微笑む。人を殺した人間なぞに碌な結末は用意されていないが……どうやら自分は、幸せな結末が約束されているようだ。
「おーい、居るかーっ?」
 ちょっとした幸福感に浸っていた時に聞こえたのは少年の声。恐らく……というか考えるまでも無く孤児院から人が消えたから取りあえず来たのだろう。
「ふむ……」
 リアの方を見るが、リアは連れてきた彼女達の体調管理をしているので、離れられなさそうだ。多少面倒だし、出来ればあの少年とは二人きりになりたくないが仕方ない。応対しよう。階段を上って地上へ。
 蓋は閉めた。相当勘が良くない限りは気づかないだろう。
「はいはい。どうしたんだ?」
「おう……ってあれ? アイツは居ないのか?」
 未だに『アイツ』呼びという事は、名前を教えていないのか。少年も聞こうとしていないし、もう面倒にでもなったのだろうか。
 まあいいか。
「アイツは今外に出てるよ。まあ、色々ある訳だ」
「―――もし都合が悪くなければ、その色々の部分を教えてくれないか?」
 犯人は分からないが、取りあえず疑ってみる。目は口ほどに物を言うとは正にこの事だ。少年は焦っている。自分を除いた孤児院の皆が消えた事に。
「別に構わないぞ。アイツは今食料を探しに行ってるんだ」
「……食べ物? 何でこんな時に」
「俺達は貧困生活を強いられているんだ。火事場泥棒とでも言うのかな、こんな機会は滅多にないから、やるしかないんだよ―――俺達の事を衛兵に告げるかどうかはお前に任せておこう」
 彼が善人であるのなら、この言い方をしておけばまず追及されないし、きっと引き下がる。ある意味の賭けで言った言葉だが、結果は思った通りだった。
「……いいよ。そういう貧困な家を保護する国じゃないって事は知ってる。今はこんな事態だし、生きるための悪行だ。それに、そういう事なら俺はアンタ達に安心して頼める」
「ほう、頼み事? ……まあ、通報しないって事なら、その頼み引き受けさせてもらおう」
 尤も、その頼みは分かり切っているのだが。
「俺以外の孤児院の奴ら、一緒に探してほしいんだ。全員アイツくらいの年齢の子で……この街から外には行ってないと思うんだ!」
 確かに彼女達はこの街から外には出ていない。彼女達は自分の足元、この家の地下で監禁されている。だから教える気は無いが、少年は後三歩踏み出せば彼女達と再会できる。
 教える気は全く無いが。
「……分かった。アイツにも帰ったら伝えておこう。それでお前、今日はどうするんだ?」
「どうするって?」
「誰も居ない孤児院で一日を過ごすのかどうかって事だ……分かりづらいなら言葉を換えよう。一日だけなら、ここで過ごしても良いぞ」











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