ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

これからとそれからと 裏

殺意から来るやる気…殺る気を出した彼女の成長ぶりには目を瞠るモノがあった。夜までまだ時間はあるというのに、リアときたら……先程の煽りの影響か、一回見せただけでマスターしてしまった。体術に関してはもう問題ない。と言っても体はまだ硬いので、飽くまで簡単なモノだけだが。
「そうだな。何度も言うようだが、膝は常に曲げておけよ。攻撃に直ぐに反応できないからな。それと―――そうそう。常に半身を保っておけ」
「もう何回も言われたから流石に理解したわよ……けど、これが戦いの基本? 何だか疲れるんだけど」
「そりゃお前が慣れていないからだな。今まで一般人だったんだ、仕方ないだろう。そういうのは慣れだ慣れ。身体に覚えさせろ」
 ずぶの素人が剣士の真似事をした所でその体の構造は真似出来ない。それと同じようなモノである。疲れない戦いなどあり得ない、疲れない動きなどありえない。だって彼女は、素人なのだから。
「後何か言う事は?」
 自主的に成長しようとするその心意気には感心だ。少しだけ嬉しくなった『闇衲』は、思わず口を滑らせてしまう。
「肩を伸ばしきるな、それと重心は崩すな。後は体が柔らかくなったらまた教えるつもりだが……その構え、を繰り返し練習して頭に叩き込んでおけ。基本を忘れれば損しかしないが、覚えていれば得こそあれ損はない―――後な、もしも何処かで喧嘩する事になったら、顔を狙え。顔を狙われて反応しない人間は数少ない。そんな人間が居るとしたらそいつは余程の達人か、痛みに対して恐怖を感じていないかのどちらかだからな。それを覚えていればまあ技を知らなくてもある程度は戦えるだろう」
「ふーん。パパはどっちなの?」
「余程の達人、と言いたいがな。俺の本分は飽くまで殺しであって戦闘じゃない。痛みに対して恐怖を感じていない大馬鹿野郎と言っておこう」
 殺す事と戦う事を混同する者は多いが、断じて違う。戦いとは状況によっては聖なるモノになるが、殺しはどう転がっても聖なるモノとはならない。戦いは歴史に勇敢なる行為として記録されることもあるが、殺しはどういう事情が絡んでいようとも愚行にしかならない。その殺しが後々に影響を与えたとしていても、そんな事は知った事ではない。知られたモノでもない。殺しは悪。戦いは悪いことかもしれないが、時に聖戦と呼ばれるようになる。
 絶対悪と混沌悪のようなものだ。殺しを善とする国など何処にも無い。
「今回はここまでだ。夜までにはまだ時間があるが、やる事もあるだろう?」
「やる事?」
「王城に放火した後、の話だ。計画は出来るだけ綿密に。失敗してもある程度は復帰出来るように練らないとな」
 脇にどけた机を中心に戻し、『闇衲』は懐から地図を広げた。構造を見る限り城内の地図のようだ。『闇衲』が火を放ったらしい死体放置所もきっちりと記されている。
「俺は先程のルートを使って王城に侵入。窓から一旦外に出て、外壁を上って寝室へと向かう。火を放った後は外に飛び降りるだけで済むからな、余計な手間が無い。さてこの後だが―――リア、国内はどうなると思う?」
 突然こちらに話が向いた事に驚きつつも、リアは指を噛んで目線を落とす。
「……多分王城内が大騒ぎ。国民に嫌疑がかけられて、治安が悪くなる。そんな所かしら」
「まあ、そうだろうな。少なくともこんな甘ったれた空気は消える。そして空気が悪くなれば当然、この国の闇を抱える孤児院及び子供教会も何らかの動きを見せるだろう。お前の捜索どころではなくなるかもな」
 励ましたつもりはないが、その言葉を聞いたリアの表情は、とても安堵しているように見えた。子供教会も馬鹿ではない。国が傾きかねないのだからそちらを優先するに決まってる。これは言葉だけのモノではなく、彼らの一般常識を信じた上での発言である。
「……治安が悪くなれば、当然法の絶対性も揺らいでくる。きっと夜出歩く人も増える筈。それは別に兵士でも構わないのよね?」
「適当に装飾して吊し上げればまた掛かるだろうからな。誰を殺すかはこの際問題じゃない。誰かをどのように殺して何を釣るかが重要だ」
「それでもその誰かはこの国の闇に関わる人物であればそれに越したことは無い。そこで協力関係を結んだ彼を利用するのね?」
「孤児院の嘘を暴こうとしているなら、こちらから動かなくても勝手に色々暴れてくれるはずだけどな……っと、話が少し未来に向きすぎた。俺が放火をした後、お前はどうしたい? 特に希望が無いのなら、俺の話に乗っかってくれると嬉しいんだが」
「―――それって、国殺しが捗る事?」
「上手くやってくれればな」
 『闇衲』はリアを試すように、信じるように、その額に人差し指を押し当てた。














 

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