ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

然るべき対応 裏

あの死体を見た大衆がどんな反応をするのか? 何を馬鹿な事を。そもそも前提が既に間違っているというのに。気が付けば朝になっていた、という事は、少なからず夜が明けてから時間が経ったという事だ。それにさっきまで話していた事もあって更に時間は経っている。当然状況が停滞しているなんて事はありえなかった。
「……あれ、パパ。死体が消えちゃってるよ?」
「当たり前だろ。あんなもん大衆より先に巡回してた衛兵が見つけて回収してるに決まってる。放置なんかしてるかよ、ここは法治国家だぞ?」


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「パパ、寒い」
「―――すまん。俺としては笑わせるつもりだったんだが」
 今日は妙に肌寒い事もあって、二人の精神はブリザードを浴びた様に冷え切っていた。『闇衲』の突然のジョークに呆気に取られていたとも言い換えられる。
「せめてマーダージョークを言ってよ。そんな不惑を超えた浮浪者が言いそうな低レベルな奴は聞きたくなかったわ!」
 大衆の反応を逃したことで苛ついていたのか、あまりにも理不尽な怒声が『闇衲』に浴びせかけられた。異常者なる『闇衲』と言えど理不尽は我慢ならない。語勢を強めて反発する。
「そこまで言うか。俺は異常者かもしれないがお前よりは常識を持っているぞ。故に言わせてもらう。お前は今、世界中の浮浪者を敵に回した。レイプされてもおかしくないくらい酷い発言だよ。大体マーダージョークって何だ」
「だから……パパは服を着ることで人を殺す事が出来る……みたいな……」
「……お前の方がレベル低いじゃないか。大体服を着ることで人を殺すってなんだよ。その服は何なんだよ、着た瞬間に全方位に刃物でも飛ばせるのか? あんまりいい加減な事を言うと刻むぞ」
 五十歩百歩と言われてしまってはどうしようもないが、説明も兼ねていた以上は自分の方がレベルは高かったと思いたい。自分にしては珍しく語勢を強めて大人げなかったとも思っているが、幾ら何でも理不尽な物言いだったので、仕方がない、が―――先にジョークを言い出したのは自分なので、反省しなければならない。
「むー……まあいいわ。でもこれからはちゃんと『今からボケるぞ』って言ってからボケてね?」
「……『今からボケる』と言ってボケる奴が居るかよ。『今から面白い事言うぜ』とか言った後に発言すると糞ほども面白くないって知らないのか?」
 これ以上この会話を続けていても不毛な戦いが続くだけなので、不自然かもしれないが切らせてもらう。リアもそれは思っていたのか、これ以上の追及はしてこなかった。
「……しかし、妙だな。大衆の反応に変化が見られない事はさておいて、衛兵達からも変化を感じ取れない」
 何処かで集まって話していたりすればこの違和感も晴れるのだが、どうにも衛兵達にはそう言った素振りが見られない。まるで死体等、最初から無かったかのようだ。
……無かった?
 死体のあった場所まで近寄り、血の匂いを嗅いでみる……勿論無いが、それは不自然だ。平和ボケの波を受けたこの国の衛兵が、痕跡までしっかりと消したとは思えない。そもそも今の衛兵達は皆、惰性で続けているので、その仕事の殆どはやっつけである。ここまで完璧な後処理をする訳がない。入ってくるお金に変わりはないのだから。
「……なあリア。子供教会に死体愛好家は居たか?」
「―――そんな非生産的な趣味の奴が、あの教会に配属されてるとは思えないけど……ありえないとは言い切れないのが嫌な所かしら。『俺は透明人間すら犯せるんだ』とか言って虚空に腰を振ってた頭のおかしい奴も居たし」
「それは確かに頭がおかしいな。俺も殺すのを控えたい」
 やはり子供教会の者が回収したのかもしれない。死体愛好家でなくとも利用方法は幾らでもある。怖いモノを見て漏らす女の子に興奮するという人間も居るだろうし、怖がっている女の子を見て興奮するという人間もいる。機械にする前の余興に使う事があっても何もおかしくない。一般人が回収した……という線も無くはないが、考えにくい。
「まあ……俺は取りあえず騎士団の方に行くが、お前も来るか?」
「……パパって夜以外に外出するんだ?」
 大変失礼な言葉を浴びせられたが、事実なので言い返しようもない。実際、リアと出会う前は夜以外は極力家からは出なかったし。
 だが今回は事情が違う。
「俺は『闇衲』。お前の言う通り、殺すだけだったら家からは出なかっただろうな。だが今はお前の父親だ。国殺しの事もあるし、動かない事には仕方がないだろう」
 何、今まで正体すら気づかれなかった自分だ。容易に潜入できるだろう。出来なかったとしてもそれはそれ、これはこれ。皆殺しにしてしまえば目撃者はゼロだ。
「それで、お前は来るのか、来ないのか?」
「勿論行くに決まってるでしょ! 私はパパの娘だもの」
「ふっ。いい心がけだな」
 復讐は、殺人鬼の娘は、彼女が自分で選んだ道だ。壊れようと腐ろうと自己責任。こちらが負い目を感じる必要は何一つない。
 だから自分は、心血注いで教えよう。殺人鬼としての生き方を、彼女に。










『ねえ、―――?』
『何だ?』
『下を向かないで。前を向いて生きて? ―――ならきっと、私が居なくても生きていけるよ。私が居なくても……今まで通り、人を救えるよ』
『……なんでそんな事が言えるんだ。お前が居なくなったら私は!』
『……だったら私からの一生のお願い。―――がこれからどう生きようと、もう私には関係が無くなっちゃうだろうけど、出来れば……女の子の涙を止められるような、そんな生き方をしてほしいな。私の涙を最後に……ね?』






「…………パ……………パパッ!」
 ハッとして横を見ると、リアが不安そうな表情を浮かべて腕を叩いていた。
「大丈夫? ボーッとしてたみたいだけど」
「……ちょっとした耳鳴りがな。気にするな」
 何でもない耳鳴りだった。なのにどうしてだか意識は奪われた。まるで忘れてはいけない事だとでも言うように。だが無視だ。自分の脳が何を思いださせようとしているのか知らないが、今は城に潜入中。下手は許されない。
「それにしても、まさか城にこんな抜け穴があるなんてね」
 城の裏手に存在する井戸。一見して枯井戸のように見えるが、実はこれは城内への入口、所謂裏口であり、本来はいざという時の逃走通路なのだが、どうやら先代の王が王位継承の際にここの存在を伝え忘れたらしく、今の王はこの道の存在は知らない。王の側近もこの道を知らない。先代の王が既に他界している以上知る術はなく、この道は現状もっとも安全に城内に侵入できるルートとなっている。
「目的地は地下の死体安置所。そこに死体がなけりゃ回収はされてないだろうな……いいかリア。惰性で衛兵を続けてる野郎ばかりだから行くのは簡単だが、帰りはそうも行かん。腐臭やら何やらで流石に身を隠すこと自体が厳しくなるからな。だから決して、勝手な行動はするなよ、分かったか?」
「ええ、分かったわ。つまり勝手な行動をしろって事よねッ」
 全然わかってない。これは別にフリでも何でもないのだが、この少女ときたらそれを勘違いして……緊張感が無いというか、親のいう事を聞いてほしいというか。
 どんな事をしようかと考えるリアの横顔を、『闇衲』は苦笑いを浮かべて見据えていた。













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