ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

聯想するは闇にあり

 それはトストリス大陸に伝わる話。夜にのみ出没する、正体不明の殺人鬼のお話だ。あらゆる装備は意味を成さず、あらゆる権威は意味を持たず、あらゆる命は意味を失くす。騎士団の調査力を以てしても得るものはなく、その正体は迷宮入りとなってしまった。
 やがて殺人鬼は『闇衲ダークフォビア』と呼ばれ、『いかなる理由があっても、夜に出歩くことを禁ずる』法を作る原因にもなった。だからいいかい? 夜に決して出歩いてはいけないよ。もしも破ってしまったら……そうだね、もう二度と、パパとママとは会えないと考えた方が良いかもねエ―――










「―――これで今日の紙芝居はお終い。次回はまた、別のお話になるよ」
 ここはトストリス大帝国内部にある孤児院。男が道具を片付け始めると、子供達は興味を失くしたように一斉に散らばり始めた。
「本当にいつも来てくれてありがとうございます。子供達も喜んでくれて」
 初老の女性がゆっくりとした動作で、男性の元へと歩み寄る。この孤児院を経営するリシャージ・クラムだ。年は老いても美人は変わらず。皮膚が老化し髪が白髪となろうとも、かつて美人であった名残はしっかりと残っている。
「そうですかねえ。近頃の子供はまるでお話など信じていないように思うのですが」
「まあ、ここ最近平和ですからねえ。危ないと言われても実感が湧かないんじゃないでしょうか」
 種の存続を賭けた史上最大規模にして最悪の戦争、神河戦争が終わって数千年以上。ここ最近は戦争どころか大した事件も無く、かつて最強を謳った帝国と言えど、平和ボケの波を避ける事は出来なかった。今じゃ騎士団は名ばかりのモノに、鎧を付けただけの一般人となっている。
「実感が湧かなくても、守ってくれないと困るんですよね。だって『闇衲ダークフォビア』は―――実在するんですから」


 男はそう言って微笑んだ後、何の変哲もない柱に、強い視線を投げかけた。








―――危ねえ!
 柱の後ろに身を隠し、飛び出そうな心臓を必死で抑え込む。気配は殺していた筈なのに……何故? いやそもそも、二人の会話の流れからこちらに視線が向く事なんてありえない。脈絡が無さすぎる。
「実在? ……どうして分かるのかしら。私達が子供の時代からこれは語り継がれているのよ? 実在はしていた、という言い方が正しいんじゃないかしら」
「いえいえ。ここ最近誰も夜に出歩かないだけで、『闇衲』は生きていますよ。きっと、ね……」





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