ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

舞踏遊戯

「しっかし、まさかお前から俺様を指名するとは思わなんだ! 理由を聞いても良いか?」

 二人は銀城閣の二階に移動。階段を上った時からディナントが気になっていたらしい『闘神の間』へと入室した。扉の前面には『心ノママニオドルベシ』と書かれており、ユーヴァンは言葉を交わさずとも彼がどうしてここに来たのかを理解した。理由を聞こうとするのは無粋か、部屋の中に人は居たものの、『狐』の指示が届いている様で、こちらに頭を下げてから、魔人達は退出した。これでこの部屋には、自分とディナントしか居ない事になる。

「オレ…………お……の、全力ヲ……みた、い」

「はあっ? うーんフェリーテの翻訳が必要そうだなあ! けどまあ、何となく言いたい事は分かったぜ、要は俺様と戦いたいんだな?」

 深々と首肯するのを見届けて、ユーヴァンは嬉しそうに手を広げた。自分も、少しは考えなかった訳ではない。

 ナイツ同士で戦うとどうなるのかという事を。

 単に強さの上で考えればルセルドラグというのは誰しも異論はないが、彼はヴァジュラという天敵すぎる天敵が居る都合上、暴れても数秒で制圧出来る。また、戦う事があるとしてもそれは絶望的に仲の悪いルセルドラグとメグナくらいで、基本的には『覚』のあるフェリーテが緩衝材として立ち回っている為、自分の知る限り、ナイツ同士で戦うという事はまずない。だがもし戦う事になったら、果たしてどんな結果が待ち受けているのか。

 前提として、ナイツには偶然による相性の差がある。と言っても、これはルセルドラグを抜きにすれば切札抜きの話となり、ヴァジュラの『魂魄縛』は生物全般に通用するので、彼女とタイマンで勝てるナイツが居るとすれば鎖に引っかかる前に倒せる可能性のあるフェリーテと、鎖よりも早く接近出来るメグナくらいという結果に終わる。なので切札については考慮しないものとして、ユーヴァンとディナントの相性は最悪に近かった。

 ここが開けた場所であれば、話はまた違っていただろう。こちらは飛んでさえ居れば良い話で、あちらに対空手段があろうとも攻撃をそれだけに絞れれば有利だ。しかしこの部屋は天井も低く、飛べたとしても微妙に浮いているだけの低空飛行。一方であちらの武器は大太刀であり、天井までの高度であれば問題なく切り伏せられる。また、第一切り札『焱竜』を抜きにした焔が彼の鎧を貫通する事が出来るかは怪しい。こちらの爪や牙も、隙間を狙わずに貫通出来るかは怪しい所だ。

 二人は二足一刀の間合いまで離れて、互いに向き合う。武人という事は知っているが、親睦を深める為に戦うと言うのも何と武人らしい方法か。ディナントは『神尽』を正眼に構えて、すり足で一歩踏み出した。

「真面目って訳か! フハハハハハ、そりゃ面白い! そこまで本気になってくれると俺様も……ちょいと真面目になっちゃうかもなあ!」

 両翼を限界まで折り畳み、我流に拳を構える。見様見真似ですり足をして、一足一刀の間合いまで近づくと、先に動き出したのはユーヴァンだった。前方へゆっくり酔っていた彼は不意に背後まで下がり、劫火を吐き出した。加減をしてディナントの全身を覆い尽くす程度の規模に収めたが、彼に重傷を与えるには十分な威力だったと思われる。横に避けてくれればそこに追撃するつもりだったが、ディナントの対処法は只の回避とは一線を画していた。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!」

 彼は大太刀を円の形に流して、まともに喰らえば骨すら残らない『竜』の焔を左右に受流していた。それは自身の焔に絶対の自信を持っていたユーヴァンにとっては考えられない選択肢で、まともに喰らっても尚死ななかったアルドや、普通に躱すのならばともかく、面と向かった上で防がれるとは思ってもみなかった。

 しかし何よりも、その動きはあまりに美しい。大太刀の動きには一切の無駄がなく、彼の目の前に巨大な盾がある様な錯覚さえ覚えた。その光景に見惚れていると、受流しきったディナントが一歩踏み込んだ―――瞬間。

 部屋全体の空気が不自然に膨張し、その勢いに圧されたユーヴァンは磔刑に処される罪人の如く壁に叩き付けられた。同時に天井を切り裂いて振り下ろされた一撃が顔面に放たれるが、死を直感的に感じ取ったユーヴァンは反射的に『竜化』を発動。かろうじて人の形を残していた腕が瞬く間に硬質化し、それの介入によってディナントの一撃は腕の半ば程で止まった。

「おおう…………俺様の鱗を切り裂くなんてやるじゃねえか。だがッ!」

 自分は『竜』の魔人だ。腕が使い物にならずとも尻尾というものがある。死角から叩き込まれた尻尾の一撃はディナントの脇腹に命中。彼の鎧に罅を入れるも、それ以上の被害は広がらない。魔力を先端に集中させて貫通力を上げたにも拘らずこの強度。流石に物理攻撃での突破は難しいか。

―――アルド様は剣しか使えない筈なんだが、だったらどうやってこんな奴に勝てたんだか。

 彼の腕力も大概だが、流石に鎧が硬すぎる。限りなく全力に近い一撃であの程度の被害とは笑えないくらいの硬度だ。爪を使っても切れるかどうか怪しい。この爪に射程は存在しないが、斬撃が通る通らないは話が別だ。第二切り札を使えば押し切れるとは思うが……こんな所であれを使えば、被害は甚大なものとなる。

「かってえなあディナント! けどよお、どんな硬い物質も、衝撃までは吸収できないぜえ?」

 次に先制を取ったのはユーヴァンだった。彼は踏み込むやその場で転回し、勢いを加え続けて高速回転。尻尾を体に巻き付けて全身を長く細い物体として形作り、回転の乗る効率を高める。

「今から俺様は尻尾しか使わねえ! 受け切って見せろよお!」

 こちらの挑発にも応じず、ディナントは正眼に構えて攻撃の時を待っていた。間合いに入った瞬間、ユーヴァンは己の身体に巻き付けた尻尾を解放し、遠心力が十分に乗った尻尾を叩きつけんと限界まで伸ばす。狙うは首で、確かに彼の首には防具の様なモノが装着されているが、柔軟な一撃をあの程度の防具が防御出来るとは思っていない。直接的な打撃に耐性を持っていても、内側に染みる打撃に耐性を持っている者は非常に少ない。無防備に直撃すれば首がへし折れる。しかし防御をしようとすれば、受流しようのないこの柔軟な一撃は、彼の部位の何処かしらを確実に骨折させる。ディナントは腕を上げて、尻尾の進路を妨害した。これによって彼の腕は骨折し、また彼の腕を支点として折れ曲がった尻尾が彼の首筋に打ち付ける筈だった。

 彼が掴んでさえいなければ。

「うおうっ?」

 尻尾を引っ張られたユーヴァンは体勢を崩しながら引き寄せられ、ディナントの足元へ。正眼に構えていた筈の彼が、いつの間に片腕を解放していたのかを考える前に、彼の強烈な踏み込みが、ユーヴァンの顔面を叩き潰した。

 敷き詰められていた畳が折れ曲がる。めくれ上がった畳が余波を生み、接触すらしていない畳までもが、部屋の壁に叩き付けられた。その一撃はあまりに重く、あまりに強く。『竜化』を発動した上に内側を魔力で固めたとしても、尚ユーヴァンに通用していた。追い打ちの為にディナントが彼の首筋に刀を突き立てる、直前。先端付近を掴まれていた筈の尻尾がディナントの首に絡みつき、顔面を叩き付けられた事に対する意趣返しとでもいう様に、彼の首を絞め上げた。

「ガ…………ぐ…………!」

 下手な石像よりも重いとされるディナントの身体が浮き上がり、やがて天井へとめり込む。解放されたユーヴァンは、その瞳を爛々と輝かせながら言った。

「俺様の尻尾の長さがあれで全部だとは一言も言ってないぜ? なあディナント。さっきはどうも強烈な一撃を有難う。お蔭で目が覚めたぜ」

「な………………ニ」

 たった一度踏みつけられただけで、ユーヴァンの顔は元がどんな顔だったかが判別出来ないくらいにはぐちゃぐちゃに潰れていた。今の彼はちぐがぐの焔を顔に被り、傷の再生に努めている状態である。折れた鼻から際限なく鼻血が噴き出しては、その度に蒸発している。何としてもこの部屋を汚す気はないらしかった。

「尻尾だけとは予告してみたものの、掴んで受け止めるなんて中々出来る事じゃねえ。流石はアルド様に認められたナイツと言った所だが……俺様も約束は守る。別に全力で殺し合ってる訳じゃねえんだ。尻尾だけ使うって縛りも中々面白いだろう?」

 二っとユーヴァンが微笑む。そこには欠片も愉快的な要素は無く、純粋にこちらへの殺意に満ち満ちている事をディナントは直感した。しかしその直感も厳密には正しくなく、首元から尻尾が離れた瞬間、自分の想定していた攻撃がどれだけ生ぬるかったかを実感する事になった。

 地面に爪先が着く直前に一撃。左耳を打った一撃がディナントを吹き飛ばすが、その直後に反対方向からもう一撃。体全体が回転し、頭と足で上下が逆転。回転の勢いに乗せる様にもう一撃。再び頭と足が正位置に戻るが、その途中に鳩尾、脇腹、太腿、股間に打撃が加えられ、またも回転の向きが変わる。 

 いわば、浮遊状態でディナントは全身を回されながら殴打されていた。当のユーヴァンは腕を組んで目の前の『鬼』を見据えたまま、無言で尻尾を動かしている。様々な方向から力を加えられ、その度に平衡感覚を崩されているせいで、ディナントはまともに武器を振る事も出来なかった。鎧が彼の身体を守っているとはいえそれにも限界があり、一方的に攻撃を加えられる事三十分。鎧中に罅が入るも、ディナントは未だに動こうとしなかった。

「ハハハハハハハハハハハ! この一方的蹂躙! 悪いなディナント、俺様は強すぎるみたいだ! 尻尾しか使わないという縛りを入れても、こうやってお前を叩きのめしているんだからなあ!」

 『鬼』何も語らない。何かを待っているかの様に、黙って攻撃を受け続けていた。その様子を不審に思いながらも、他にする事も無く、この状態を捨ててしまえば再び優勢が彼に傾く事を知っていたユーヴァンは、彼にどんな思惑があれ今の状態を続けるしか無かった。正々堂々もへったくれもない、一方的な攻撃を加え続けるしかやり様が無かった。

「…………フンッ!」

 その時は訪れた。瞬間的にディナントの筋肉が膨張し、圧力に鎧が耐えきれず破壊。罅だらけだった鎧は即座に吹き飛ぶと同時に空中分解し、高速で全方位に叩き付けられた。反射的な硬質化で間に合ってこそいるが、問題はその反射だった。それが隙を生む事になるとは知りつつも、目を守る為にユーヴァンは尻尾も腕も顔の防御に回され、刹那の瞬間。ディナントに対する一方的な蹂躙は完全に停止。しかしてそれは、彼が意図せずして視界を塞いでしまった瞬間でもあった。防御が解かれ、ユーヴァンの視界が再びディナントを捉えた時、彼は全身から赤い蒸気を噴き出しながら、『神尽』を脇に構えていた。

「柳天!」

 手加減などという事を考える暇はなく、彼の放った一撃は、明らかにこちらを両断せんとする気概に満ち溢れていた。大太刀という武器の間合いから考えて、回避する事は出来ない。遮覆蛇との戦いで見せたあの技を併用しているという事は、幾ら硬質化した所でまともに減殺出来る筈もない。全魔力を総動員して防御に回しても、ユーヴァンの身体はあの横薙ぎに一秒も耐えられないだろう。

 生き残る手段があるとすれば只一つ。それ以外に名案もなさそうなので、この際周囲への被害は考慮しないものとする。

「第二切り札かいちょおおおおおおおおおおおおおおお! 『導龍』!」

 『竜』の全長を遥かに超える大太刀が、彼の身体を薙ぎ払った。

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