ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

望みのままの休息

 二人きりで話がしたいとの事だったが、一体何を話す事があるのだろうか。自分達は飽くまでこの国を訪れた事を伝えに来ただけで、つもる話があるようには思えないが。どうやら二人は旧来の友人らしいから、久しぶりに友情を温めたいのだろう。その気持ちの分からないナイツではないが、他のナイツにとって無二の友人は、共にカテドラル・ナイツに来ている。

 例えば、ユーヴァンはアルドから来る遥か以前までずっとヴァジュラの事を心配していた。立場的な問題もあって動けなかったという点を除けば、ヴァジュラはとても彼に感謝している。

 例えば、チロチンはファーカを決して見捨てはしなかった。アルドが来なければ見捨てなかっただけで終わっていたが、彼が来てくれたお蔭で、また、彼にしてもチロチンが居てくれたお蔭でファーカは助けられた。彼女の今がどうであれ、その事実は変わらない。

 例えば、ルセルドラグ……ナイツである自分達には分からないが、アルドから一度だけ聞いた事がある。彼とメグナの関係は誰よりも密接で、そしてメグナはその事に気付いていないと。同郷という認識こそあれ、ルセルドラグが何であるかは全く把握していないのだと言う。それが一体どういう事なのかは分からないが、ともかく二人は仲こそ悪いが無二の友人である。

 例えば、ディナントはアルドが来るまでに独自の調査を進めており、そのお蔭でフェリーテを助けられたと言っても過言ではない。喉を切られている関係上、彼との会話を円滑にする為にもフェリーテは必要で、二人は性格だけでなく、互いの欠点を補い合っているという意味でも無二の存在だった。

 友情を温めるも何も、一緒に付いてきているので常に温まっている。彼女の行動は分からなくはなかったが、理解する事は出来なかった。カテドラル・ナイツは殆ど全て、アルドに連れ攫われる形で加入している。今更自身の故郷に戻って何かをしたいかというと、それはない。むしろ、帰っていくだけ下手な争いに巻き込まれそうで、フェリーテを除くナイツは、特段帰りたいとは思っていなかった。ディナントはそういう訳でもないらしいが、その辺りはまた事情があるらしい。深くは聞かなかった。

「どうしましょう?」

「取り敢えず、見て回ろうか。せっかくフェリーテが許可を取ってくれたんだ。銀城閣とやらを堪能しようじゃないか」

「そうだなあ! もしかしたら美人が俺様の肩でも揉みに来るかもしれねえしッ!」

「多分、無いよ」

 二人が何を話していたのかは後で聞けばいい事だ。相談の結果、ナイツ達は二人一組で城を見回ってみる事になった。しかしいつも同郷の者では新鮮味がないとの事で、特に交流しておきたい人というのを、ナイツ達の中で決めてその人と交流する事にした。

 チロチン主導の下行われたそれは、誰かの取り合いになる事も無く終了した。フェリーテが欠けた事で総合人数は七人だが、あまり気にする必要はない。一人で行動したいとルセルドラグが申したので、実際の人数は六人だからだ。

「で、私とメグナか」

「お………レ………ユーヴぁン」

「僕と、ファーカ?」

「決まりですね」

 決して城からは出ない事を条件に、ルセルドラグはさっさと何処かへ行ってしまった。一応、改めて『狐』の部屋には入るなよと釘を刺しておいたが、守ってくれないと困る。主導権を握ってこの場を仕切っては居るものの、自分の相方はメグナだ。彼女に付き合う手間を考えたら、ルセルドラグまで気に掛ける余裕はない。

「チロチン。集合に関しては、どうする?」

「ん。特に気にしなくても良いだろう。城から出る時にはフェリーテも一緒になるだろうし、アイツには『覚』がある。集合する必要があればアイツがやってくれるさ。私達は私達で、この城を楽しもう。メグナ、行くぞ」


「こうしてアンタと歩くなんて、初めてね。ちゃんとエスコートしなさいよ」

「努力する」


「よっしゃ! 行くぜディナント! 俺はお前に呑み比べで負けた事を忘れてねえからなあっ?」

「……こンナ……ロデ、マタノム………のカ?」


「それじゃあ、ヴァジュラ。私達も行きましょうか。女性同士、楽しく行きましょうか」

「う、うん。怒らない、でよ?」

「怒りませんよ。そんな要素がありませんから」


 六人は各々の方向に歩き出した。

























 他の者と遭遇しない様に違う階を選んだつもりだが、どうだろうか。一応、真っ先に階段から外れたのは自分達だが。ここは見る価値のある階層なのだろうか。

「一つ聞いても良いか?」

 立ち止まって、メグナの方を見遣る。彼女は怪訝そうに首を傾げた。

「どうかした?」

「どうして私と行きたいなんて言い出したんだ? こういうデートじみた状況で一番女性を楽しませられるのは、ユーヴァンだと思うんだが」

 彼はお調子者で道化染みた振る舞いが抜けないが、そんな性格がデートに置いて何よりも重要な筈だ。今回は偶然的に彼はユーヴァンを選んだが、楽しみたいと思う女性であれば、つまらない男性であると自覚のある自分やディナント、性格に難があるルセルドラグよりは、彼を選ぶのが当然である。

「そりゃそうね。けど私、お礼が言いたかったのよ。アンタ、私とアルド様のデートに協力してくれたでしょ。そのお礼が言いたくて」

「いつの話をしてるんだ。お礼はもう有効期限が過ぎてるぞ」

 あの後は色々あった。本当に色々あった。魔人の価値観から言わせて、およそ十年以下の短い年数とは言っても、起こった出来事はあまりに濃厚で、短い年数ながら、チロチンは数百年を感じていた。あの時のお礼なんて、『前世で助けてくれて有難う』と言うくらいには遅かった。

「あれを経てね、確信したの。やっぱり私、アルド様の事を愛しているんだなって。だからそれを再認識させてくれたアンタには、凄く感謝してる。ありがとね、チロチン」

「……ナイツ共通の感情だろう。我々はアルド様の事を愛している。皆、例外なくあの御方に救われたのだ。わざわざ言うまでもない」

「あら、やだ。アンタ、照れてるの? 顔、赤いわよッ?」

「気のせいだ」

 それは刺々しい印象の強いメグナが、しおらしくもお礼なんて言ってくるから、少し可愛いと思ってしまっただけだ。調子に乗られるとうざったいので、その場は笑って誤魔化しておく。惚れられたと勝手に勘違いされるのも、アルドを敵に回すみたいになるので、嫌だった。

「……あの御方には、本当に助けられている。ファーカを追い回し続けて、既に『烏』ではなくなっている私にすら手を差し伸べて、慈悲深いという言葉は、あの御方にこそあるのだろうと、私は心から信じている」

「ちょっと待って。アンタが『烏』じゃないってどういう事?」

「ファーカには内緒だぞ。私はな、既に魔人ではない。『影』とでも言えばいいかな。アルド様と共にアイツを助ける過程で、喰われてしまったんだ。幸い、『隠世の扉』を使って脱出はしたが、私の肉体は喰われたまま。今見えている私は、飽くまで『影』が作り出した体に過ぎないんだ」

「嘘…………でしょ?」

 留守を任されていたメグナが知る由もないが、それはファーカが彼に隠し続けている真実と、酷く似通っていた。チロチンは自嘲気味に微笑みつつ、再び歩き出した。

「だから助けられていると言ったんだ。魔人と言っても、人型の残る者は徹底して人型だ。あの御方と出会ったばかりの頃、私は人型を愛するだけで博愛主義とは笑わせないで欲しいと思っていた。そんなの、結局親近感が湧いているだけじゃ無いかと、そう言っていたんだ。しかしアルド様は、ドロドロの液体みたいになっていた私にすら手を差し伸べてくれた。私がかつての形を再現出来ているのは、アルド様が己のイメージを貸してくれたお蔭だ。そんな事もあって、私はアルド様を愛している。信じている。既に人ではない私を友人と言って憚らないあの人の傍に、私は死んでも尚仕えたい。そう思っている」

「……なんか、アンタの愛って重いのね。意外と」

「意外は余計だ。それに、重さで言えばお前達も大概だろう? 調べた限りでは知っているぞ。お前は、『アルド様以外に』味方が居なかったそうじゃないか」

「…………そうね。何度も殺したのに、それでも私を護ってくれたアルド様の事は、誰よりも愛しているつもりよ? 勿論、アンタなんかに負けるつもりはないわ」

「ふッ、そうか―――辛気臭い話はこの辺りにして、そろそろ本格的に楽しもうか。お前は何処へ行きたい?」

 お互いに、これ以上の詮索は無粋だと感じた。メグナはメグナで、チロチンはチロチンで、彼と共に過ごした思い出は誰にも触れられたくないくらいに大切な思い出であり、それに土足で踏み込むのは、幾らナイツという間柄でもあり得なかった。こちらの意図を汲んでくれたのか、メグナは自分の腕をチロチンの脇に通し、向こうの部屋を指さした。

「あそこに行きましょッ。なんて書いてあるか分からないけれど、あそこから愉しそうな匂いがするわッ!」

「舞踊室、か。成程面白そうだ。行ってみようか」

 下心が無い男女関係は成立しないと言われているが、今回ばかりは否定させてもらおう。現に二人は、そんな関係を成立させている。

 同じ者に救われ、同じ者を愛しているという奇妙な状況下で。 



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