ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

弟子達の思惑

 ジバルへ赴く事に異議を唱える者は居なかったので、一先ずはそれで集まりを終了とした。各自にはいつでも出られる様に準備、それまでの間は待機を命じておいた。クローエルは相変わらずここに居るが、彼女は侍女なので特に問題は無い。少しすれば他の仕事で、自分の隣を離れるだろうから。
「……じゃあ、そろそろ用件を教えてもらおうか、カシルマ。どうしてここに来た?」
「本当に用は無いんですけどね……昨夜、クリヌスと一戦交えました」
「……それで」
「片腕を殺して、暫くは行動不能に追い込んだと思いますが、もしかしたら無理をしてでも来るかもしれません。僕がここに来た理由を強いて挙げるなら、その間の守護を、任せてくれないかと言いに来たくらいです」
 あまりに突然の申し出に、アルドは喜ぶ処か、むしろ困惑してしまった。カシルマが彼の意思を継ぐ話は分かっていたが、それであれば、こちらに協力する道理は無い。昨夜の内に何かあったのだろうか。
 姿勢を前傾に、アルドは食い気味に尋ねた。
「何かあったのか?」
「特に何も。先生の大事な場所を守るのは弟子の役目でもありますから。それに、先生としても願ったり叶ったりの申し出じゃないんですか? あの民衆達に、この大陸の守護が務まるとでも? どうせ先生の事ですから、また全員連れて行くんでしょう?」
 全てを見通しているかの如く彼は話してくれたが、実際にその通りだから困る。ナイツには言えないが、このジバルへの出発、実は慰安旅行の目的も持ち合わせている。というのも、ジバルはかつてアルドと『皇』が戦争に介入し、無事に平定させたので、今の所何の問題も無いのだ。仲間を連れてくるというのは、ある種の建前に等しい。アルドは、とにかくナイツ達を労いたかった。こんな情けない主に日々を捧げ、共に生きてくれるのだ。そんな部下を一日も労わないなんて、頭のおかしい存在だと思われてしまう。フェリーテはこんな思いなんてとっくにお見通しだろうが、言わないでくれたのはこちらへの配慮だったのかもしれあに。
「…………鋭いな。その通りだ。しかし、この城の地下には、訓練された兵士が―――」
「言い方が悪かったみたいですね。では改めましょう。先生は、まだあんな民衆を信じているんですか?」
「あんなって。まるで見たような言い方だ………………な」
 彼の左目が変色した瞬間、アルドは確かに懐かしい気持ちを抱いた。いや、忘れる筈もない。どれ程の時間が経ったって、その瞳の色を自分が忘れる訳が無い。忘れてはならない。
 アルドが家族の様に大切に想っていた、或いは自分自身の様にすら思っていた彼の……瞳。カシルマの左目では、そんな瞳がぱっちりと開いて、こちらを見据えている。
「……移植、したのか」
 それならば、彼の発言にも、その鋭さにも納得がいく。その体質の応用によって、八百万の権能を扱えていた彼の瞳があるならば、過去や未来、記憶を視るなんて造作もない事だ。どうやら通常時は、目の色を変色させて隠しているらしい。カシルマが左目に手をやると、また元の色が帰ってきた。
「それに、その兵士とやらにも大陸を守護出来る力はない。僕には見えているんですよ、先生。大陸の守護を任された民衆が、その後どうやって貴方を陥れようとするのかを」
 それについては自分も分かっていた。自分達の手におえない様な戦力が来たら、魔人達は何処かへ避難して、自分達が帰還するまで身を潜める。そして自分達が事態を解決した後、魔人達は昨夜の様に罵詈雑言を浴びせかけて、今度こそアルドを断頭台にかけるのだ。それで孤立したナイツ達を祭り上げて、この世界を魔人だけのモノにしようとする。
 その程度の事にも気づかない自分ではない。だが、その事実にはどうしても、目を逸らしていたい。愚かなのは分かり切っているが、何だろう。もう魔人には失望しきったようなモノだが、それでも『皇』との約束だ。魔王としての義務として、最低限は信じなければならない。そうでなければ、『魔王』じゃない。何も信じられなくなったら、『アルド・クウィンツ』じゃない。
「…………成程。だからお前が守護を引き受けると。ドロシアはどうするつもりか聞いてるのか? 『家』に帰ってから、姿を見ないが―――」
「呼んだッ?」
「うお!」
 玉座に座っている状態から、一体どうすれば背後からの抱擁を予測出来るのだろうか。真理以外の法則に縛られないから当たり前なのだが、この体質、少しは制限を掛けられなかったのか。先天的なモノらしいからアルドにはどうしようもないが、色んな意味で、彼女をこんな体質にした事を恨む。
 誰に? それは分からない。執行者の従う世界の意思とやらが、誰にとっても都合の悪い体質を生み出す筈が無いのは、損得を考慮すれば直ぐに分かる。
「先生、おはよッ!」
「ん、お、おはよう。久しぶりに驚いたな。まさか玉座をすり抜けてくるとは」
「フフフ。先生を驚かせたかったの! ……だから、元気出して?」
 誰にも、恐らくその呟きはカシルマにも聞こえなかった。自分と彼女にしか聞こえない、秘密の会話とでも言えばいいだろうか。仮に聞こえた所で、自分が泣いていた事実を知らない彼が、彼女の言葉を解せる筈がない。背中越しに彼女の髪を梳く様に撫でながら、アルドは穏やかな口調で頷いた。
「……ああ」
「……そっか。あまり、無理しないでね」
 言いつつ、ドロシアはアルドを通り抜けて、彼の隣へ。あのボロボロのコートが前開きになっていたら目の毒も良い所だったが(戦闘時は基本的に開いている)、今はちゃんとコートを閉めてくれているので大丈夫だ。しかしコートがあまりにもぼろく、破れ目の部分から彼女の肌が微妙に見えるのが、かえってその毒を高めている気が……いや、もう気にしないでおこう。気にしたら負けだ。このまま続けると、きっと自分は彼女に甘えてしまう。
 彼女にしたら別に良いかもしれないが、それをすると、自分の男としての誇りが…………
「で、私がどうするつもりかって話だった?」
「ああ」
「勿論付いていく! 昨日は、その為の準備をしてたの。いいでしょ?」
 ナイツと面識が無かったからどうしようかと思ったが、少なくともルセルドラグとディナントが面識を持っているのなら、いや。三人以外は面識を持っているのか。ならば問題は無い。フェリーテも、自分と彼女の関係について正しい認識をしてくれている。
「同じ事を尋ねるが、準備は出来てるんだな?」
「うんッ」
「ならば良しだ。家で待機していろ。後で迎えに行く」
 効率のみを重視するなら、別に彼女を迎えに行かずとも、彼女は勝手に行けるのだが、こういった行為は雰囲気が大事である。効率のみで生きていてはこの世界は実につまらない。特に何の制限にも縛られない彼女には、これくらい非効率な事をしないと、愉しんでもらえない。
 アルドが言い終わった瞬間、ドロシアの姿が消えた。早すぎる。ひょっとしなくても、誰よりもジバル出発を楽しみにしている気がする。あまりにも突然消えてくれたせいで、カシルマとの間には微妙な空気が生まれたが、そこは咳払いでどうにか誤魔化したという事にしておく。
「……なら、頼んだ。しかし民衆にはバレない様に動けよ。また罵倒されるのも……ナイツに迷惑を掛けてしまうから、面倒だ」
「その辺りは上手くやりますよ。所で先生。あの子は起こさなくていいんですか? はんし…………ダルノアでしたっけ」
「お前と会話していると、フェリーテと話している様な気分を味わうよ。そうやってお前達はいつも、私の心を読んでくるんだ」
「迷惑でしたか?」
「いいや、話しやすい。口は災いの元とも言うからな。喋らずに真意を汲み取ってくれるのなら、それに越した事は無い」
 今、何か言いかけた様だが、気にしないでおこうか。特に根拠もなく、飽くまで直感なのだが。彼女のそれについての問題は、恐らく自分が関わるべきではない。自分は飽くまで彼女と空白の期間を過ごした友人でしかなく、彼女の過去を詮索する権利は持ち合わせていない。それに、何だ。
 彼女の正体を知ってしまったら、接し方が変わってしまうかもしれない。心の繊細な少女にそんな仕打ちは、酷というモノだろう。



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