ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

忠臣VS忠臣

 地下への入り口は、巨大な螺旋構造を連なって訪れる者を地下へと誘っていた。軽く下を覗いてみるが、当然の様に底は見えない。近くにあった小石を蹴り込んでみても反響が無いのはどういう理屈だろうか。
「ここにアルドさんが居なかったら……どうします?」
 底が見えない事から、自分達はこの螺旋階段を何十分と降りる必要があると思われる。あからさまに怪しく、ここにアルドが居るのならそれに越した事は無いのだが、確信も無いのに入るのは少々無謀に思えてしまうくらい、地下への入り口は広大だった。もしもここにアルドが居なかったのならそれこそ時間を無駄にする事になる訳で……正直に言えば気が進まない。
「あら、貴方の槍で調べられないのですか?」
「調べられますけど……この深さだと、入ろうが入るまいが一緒なのかなあ、と」
 それに能力を使った事で相手に位置がバレて不意打ちを喰らうのが一番不味い未来だ。どうしても避けなければというより、避けられなければ詰む。
 リスクを恐れる自分を嗤うならば嗤え。自分は只、最善の答えを追及しているだけなのだから。前方のファーカは改めて下を覗き込んで……首を傾げた。
「上るのはともかく、降りる事に時間は掛からないと思いますよ」
「え?」
 ……………………あ、そうか! そういう事か!
「……ユーヴァンさんに乗るんですねッ」
 それは盲点だった。なにぶん魔人と一緒に旅をした事が無い(キリーヤは種族を捨てているそうなので除く)から、種族の特性を活かすという発想が脳内に無かった。彼は『竜』の魔人だ。彼の肩に捕まるなりしていれば、ゆっくりかもしれないが、それでも螺旋階段を延々と歩くよりはずっと―――
 ファーカはエリの手を掴むと、螺旋を描く階段を無視し、その真ん中にぽっかりと空いた空間へと身投げした。
 その時点で完全に思考停止。次に思考が稼働したのは僅か数秒後の事にしろ、未だ二人の身体は宙に待っており、彼女が何をしてくれやがったのかを理解するには、それから更に数分を要した。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」
 一番恐ろしいのは、それくらい時間が経っているにも拘らず二人が未だ宙を舞っていると言う事。隣で一緒に落下しているファーカは随分と楽しそうな笑顔でこの一時を楽しんでいるが、飛行能力何て持っている訳もないエリは気が気じゃない。
「ぎゃあらわかがにぬふほおたなあああだへくられないかああさたなのじらふぁあああああ!」
 逆流した空気が口の中を侵食し、まともな言葉を瞬時の内に喰らい尽くす。傍らのファーカはその影響を受けていないようで、満面の笑顔でこちらに語り掛けてきた。
「空の飛べない種族は、空の飛べる種族よりも空に憧れる……実際は地下に堕ちてるだけですけど、楽しいですね!」
 全く楽しくなんかない! 今すぐにでも中止したってエリは欠片も怒ろうとは思わなかった。それにしても待って欲しい。効き間違いで無ければ嬉しいが、ファーカ。飛べないと言わなかっただろうか。
 ならばどうして身を投げた。
 これで彼女に着地手段が無いのなら、これは完全に無理心中だ。そんな事を思っていると、ようやく地面が見えてきた。どうやら着地手段とは何かしらの手段で先んじて人を着地させ、それに受け止めてもらうという方法の様だ。地下最奥の中心に立っているのは、つまりそういう事だろう。不思議なのは、どうしてその人物は槍を高々と掲げて、吸い込まれる様に落下してくる二人を串刺しにせんと照準を合わせているのかという事だが……え?
「ファーカアアアアアさん! しいた! しいた!」
 緊急事態だ。空気なんぞに後れを取っている余裕は無い。懸命に言葉を成立させてファーカに伝えると、彼女は上機嫌な顔から一転して、とても不機嫌とかそんな言葉で片づけられないような醜悪な表情を浮かべた。
 具体的には顔のあらゆる血管を脈動させ、その美しい双眸を血走らせ、極めつけは歯ぎしりをしようとしたが咬合力と全く釣り合っていなかったせいでその歯が粉砕され、また歯が再生するも粉砕され……と、とても人間が、魔人だとしてもやれないような芸当を繰り返していた。歯の再生する様は、見ていると『雀』というより『鮫』の様にしか思えない。
 流石に上空からの落下物の異質さに気付いたか、男の目つきが不穏に塗りたくられた。結果だけを見ればその不穏は正しいモノであり、ファーカを貫かんとした槍は……直後。その間隙でひび割れた空間が穂先を呑み込んで無力化。その虚空から姿の見えた『虚』は更にエリ達が纏っていた衝撃を食いちぎって、結果として二人は無傷で着地する事が出来た。間髪入れずにユーヴァンも着地して、数的有利を取る。
 男の持っていた槍は、柄から先が綺麗に飲み込まれていた。
「武器を持った『住人』程度が私に勝てるとでも? アルド様の位置を教えてくれるのなら、命だけは見逃してやりますが」
 『住人』はエリ達の居た『本来の世界』に入れなくなったというだけで、その他の世界には通常通り侵入出来る。この使い方を見る限り、執行者側も『住人』の運用方法を変えたようだ。差し詰め、むやみやたらに出すだけでは狩られる一方だと言う事を理解して新たな運用方法を見出したといった所か。
 雑兵から歩哨程度の変化ではあるが。
「………………教える気はない、と。成程、分かりました。シネ」
 虚空にまたも罅。その先から飛び出してきたのは何故かファーカの持つ鎌に酷似した刃だった。異名持ちはこの世に二つとない代物。なのに、エリの見る限りそれは、ファーカのモノと全くの同一。不意を突かれた『住人』は避ける事も叶わず、断罪の刃にその身を焦がされる事に。突然割り込んできた男が防がなければ、そうなっていただろう。
 深編笠を被り、所々朱に染まった藍色の甚平を着ている。一見した男の感想は、異質以外の何者でも無かった。エリからすればディナントの着る鎧と同じくらい物珍しく、ナイツから見れば彼は、ディナントの同郷者か何かとしか思えない。
 男は緩慢な口調で自己紹介も程々に、片刃の剣を正眼に構え直した。
「あしはリョウマと申す者じゃ。不本意ながら其方らの命、頂戴つかまつる」
「……エリ、ユーヴァン。貴方達は先に行きなさい。背後に扉があるでしょう」
「え。いやでも、一人にはなるなって……」
「この程度の敵、五分で捻り潰せますよ。さ、お行きなさい。そしてアルド様を……どうか、見つけ出してください」
 尚も決断を渋るエリに、痺れを切らしたユーヴァンが彼女の手を取って走り出した。彼にしては珍しく無防備に背中を晒していたが、殺意に満ちた相手を目前にしてよそ見をするリョウマでは無かった。
 

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