ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

全てを捧げて灰燼へ

 久遠の眠りから解き放たれた様な気分を伴って、アルドは目を覚ました。周囲に見える景色に見覚えは無い。一度叫べば誰かが来るかもしれないとも考えたが、周りに空気が無いので、従来の方法ではまともに喋る事も出来やしない。直ぐにやめた。
―――私は、負けたんだな。
 あれだけ容易く一千万人を用意したのだから、どうせ倒しきった所で直ぐに次が出るだろうとは思っていたが、さしもの自分も三千万人が限界である。せめてもの救いは、この世界の時間が本来の世界と比べると大きく違っている事だ。自分は剣で斬り殺す以外の手段を持たないので、三千万人を倒すのに二年も掛かってしまったが、これが本来の世界に準じた早さで流れていたかと思うと、気が気でない。何よりも気がかりなのは、三千万人を倒しきった時、自分は確かに死亡したにも拘らず、こうして明瞭な意識を保っている事だ。これが一番分からない。あの時、今の今まで気合いで押し退けてきた死の疲労が押し寄せてきて、それで―――これだ。
 死の疲労が取り除かれたという事であれば分かるのだが、身体に感じる重さはむしろ増している。あの時の死も加算されたと考えればその問題は解決されるが、それは同時に『どうして生きているのか』という問いを生む事に……
―――ああ、そうか。
 あそこは結界では無かったのだ。あそこは執行者が壊した世界の中、だから『死』が無い。たとえアルドの背負った死が限界になろうとも、この世界に居る限りそれは訪れない。だからこうして生き延びている。
 恐らく、そういう事。
 当てがある訳では無いが、四肢を拘束されている以上、ここから動く事は出来ない。何で出来ているかは分からないが随分と頑丈な拘束具だ。力ずくでは破壊出来そうにない。
「ようやく目覚めたのね? 私、待ちくたびれちゃった」
 視線の端に女性がちらつく。レイナスだ。あの空間で長い間会話をしていたから忘れる筈が無い。
「……俺を食べるんじゃなかったのか?」
 従来の方法では喋れないので、ここからは執行者の身体を主体にして会話する事にする。執行者の身体は存在の本質が現れる特性を持っているので、アルドの口調は本来のモノに戻ってしまったが、ナイツが居る訳でも無いからどうでもいいか。
「気が変わったのよ。才能も無い癖に三千万人を倒すなんてやるじゃない。流石は私の見込んだ男、百万の魔人を屠った地上最強の英雄ね。見直しちゃったわ」
「……そりゃどうも。で、俺は丁寧に料理されて喰われる訳か」
「だから違うってッ。貴方は『本体』の私が直接まぐわってもらうの。子供を作る為にね?」
「まだそんな事を言っているのなら、丁重にお断りしよう。私には大切な奴らが居る。そいつらを裏切る事なんて―――」
 出来ない。そう言おうと思った直後、レイナスの口元が醜悪に歪んだのをアルドは見逃さなかった。話しの脈絡から察するに、その笑顔が意味する事はたった一つである。
「……アイツ等には手を出すな!」
 自分でさえ彼女には敵わなかったのだ。ナイツが敵う道理は……無きにしも非ずだが、相手側には死の執行者も存在する。レイナスと執行者に不幸にも同時に遭遇した場合、たとえカテドラル・ナイツが八人居ようとも数分で敗北を喫してしまうだろう。
 それは許されない。
 所詮は自分も外から引っ張り込まれた余所者だ。自分が死んだって代わりは居る。けど、カテドラル・ナイツに代わりは居ない。あの集団だけが居るか、それとも自分だけが居るか。どちらを魔人が選ぶのかという選択は愚問であり、だからこそ彼等に手を出させたくない。
 レイナスは嗜虐的な笑みを浮かべて、アルドの下腹部を撫で始めた。
「じゃあ、私のモノになってくれるかしら。私の事しか考えず、私の為にしか動かない。そう誓えるかしら」
「………………断る」
「同じ言葉を返させてもらうわね。取引にそんな都合の良い条件は無いもの。あ、でもぉ……いい情報を教えてあげちゃう!」
「何だ?」
「リスド大陸にねえ、死の執行者が行っちゃったの。仮に貴方がここを抜け出したとし・て・も……帰る場所、無いんじゃない?」




























 入るまでも無く分かっていた事だが、街はべらぼうに広かった。都市計画など知らんと開き直っているくらい無造作に、無秩序に建物が作られていて。その形や土地も様々。中には土地の所有権を奪い合うかのように、互いに凭れ掛かっている建物まである始末だ。街が塁壁によって守られているのは良い事かもしれないが、それ以前に最初から中身が壊れていた。これじゃあ塁壁も意味を持たない。持てない。
 そして黄金都市を除いた例に漏れず、通行人の姿が見えない。ここまで広大な街ですらこうなってくると、いよいよあの黄金都市には何かがある事を確信させるが、アルドがここに居る事は分かっているので、少しばかりの好奇心の為にわざわざ手遅れになるような事はしたくない。後少し、あと少しで愛しの主に手が届く。
 街に入って誰の姿も見えない事を確認すると、ナイツ達は行方不明中のフィージェントの言う通り、二人一組で散っていった。しかしフィージェントは行方不明に、チロチンはあちらの世界に残ってしまったので、誰か一組は三人組にならざるを得ない。その上で実力の均等化をしなくてはならないので、最終的にはエリとファーカとユーヴァン、そしてルセルドラグとディナントという分かれ方になった。
 どう目を擦ったってディナントが一人で居る様にしか見えないが、それでも居ると言う事なので、その分かれ方で決定。街全体へと散開する。当てはなく総当たりするしかないが、この街に居る事だけは分かっている。エリは今の運気を全て使い果たしてでもアルドを見つける所存だ。彼さえ見つけられれば勝利への道筋が見えてくる筈。たとえ敵と遭遇するリスクがあったとしてもこそこそしたくない。効率を失うくらいならば重傷を負った方がマシだ。
 幸いな事に、無秩序に建物が作られているお蔭で入れるか入れないかが直ぐに分かる。入り口や窓が瓦礫で塞がれている所を除けば、大分場所は絞れる筈だ。
「本当に効率を上げるなら、手分けして探すべきなんでしょうけど……」
 各個撃破されて詰むという未来は一番避けるべきで、それさえ無いのなら更に分散した方が良いのだが、やはりフィージェントの言葉に間違いがあるとは思えない。ピンチを招いた責任をエリ自身が取れるのならその決断を取るのも選択肢の一つだが、自分にそんな実力があるとは思えないのならやめておくべきだ。
「ファーカさん。アルドさんの詳しい位置は分からないんですか?」
「分かるならとっくに向かっていますよ。ユーヴァンッ、何か見えますか」
 ファーカが上空に留まっているユーヴァンに声を掛けると、それに気づいた彼は自分達の目の前にゆらりと着地した。
「いやあ、特には! しかし霧も無いからとても見やすいぞッ。それで気付いたんだが、ここから北東の方角に地下への入り口があったんだ。行ってみるか」
「それを何か見えるって言うんですけど……そうですね。行きましょう」
 こういう時に飛行能力を持った魔人は便利だ。遠くから道や建物を視界に収め大雑把に探す事が出来るし、大きな建物か何かで地上であれば見逃しかねない建物も、飛ぶ事が出来れば容易に見つけられる。
「二人には教えないのですか?」
「それでは分かれた意味がありません。一体何の為に分かれたと思っているんですか? 二人の事なら心配しなくても、ルセルドラグはカテドラル・ナイツ総合力最強、ディナントは持久力において最強ですから、簡単な事で死にはしませんよ」
 大鎌を肩に掛け直し、ファーカ達は広場へと歩き出す。

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