ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

三人会議

「それにしても、このような形式を採ると何だか懐かしく思えてしまいますね。アルドさんと初めて出会った時の、あれを」
「デュークの時か。あの時はフィネアも居たな。……まあ、アイツは私の正体何ぞ知らないだろうが」
「おいおい、俺を置いてけぼりにしないでくれよ。デュークとか知らねえからな俺は」
 三人が会議に使っている場所は、入り口近くに作成された椅子が三つあるだけの簡素な部屋だ。フィージェントが勝手に作り上げた部屋だが、何でも『既存の建物に何が仕掛けてあるか分かったモノじゃ無いから』だそうだ。何が仕掛けてあるって、一体何が仕掛けてあると考えているのか。相手は死の執行者なので、警戒しすぎるという事は無いのだろうが。
「そんじゃ、ぐだぐだと話すのは好きじゃねえから単刀直入に。相手を出し抜いてやろう」
 脈絡がなさ過ぎて、状況を見たままにしか理解出来ていないエリには、さっぱり理解出来ない発言である。
「あの、全然どういう事なのか分からないんですけど」
 開幕からフィージェント以上に置いてけぼりを喰らったエリは、キョトンとした表情でフィージェントを見据える。言ってから程なくしてエリの状態に気付いたフィージェントが、目を瞑って俯いた。
「先生。解説宜しく」
「え? ああ……まあいいか。お前だと世界の外から知識を持ってきて、猶更エリが分からなくなってしまうだろうからな。……まあ特にこちらからも詳しく説明する事は無いぞ。フィージェントがこの作戦を思いついたのは、様々な可能性を考慮した結果なんだから」
「どういう事ですか?」
「既にこの中に敵側の工作員が居る可能性とか、そもそも死の執行者自体がずっと監視している可能性とか、考えられる事は色々あるとして、それに対応するのは非常に難しい。全員を巻き込めば当然動きを勘付かれるだろうし、少数で動こうとすれば人員的に失敗の恐れがある。仮にも騎士だったお前には中々理解しがたい事かもしれないが、戦争はあらゆる戦術が許される唯一の機会だ。つまり……」
「「この闘いは裏を掻けた方が勝利するって事だな」」
 悪意のあるタイミングで声を揃えてきた彼を一瞥。アルドは溜息を吐いた。
「そんなに説明したいなら代わってやろうか?」
 咎めるような一言を放ったら、フィージェントは不思議なくらい静かになってしまった。説明は面倒だけど、要所要所で口を挟みたいという所だろうか、悪戯のつもりかは知らないが、こちらの心を明らかに波立たせようとしてくる。共同生活をしていた時も果たしてこんな感じだったかは……いや、こんな感じだったか。矛先がカシルマから自分に変わっただけの話だ。
「―――とは言ったって、全員を動かしたら勘付かれるのはさっきも言ったな。しかしフィージェントの考えでは、少数も多数も駄目なのは、量を基準としているから。つまり質を重視すればいい訳で、そう思ったから私達が呼ばれた」
「少数精鋭という事ですか?」
「それに加えて個人的に信用があるって事だろうな。良かったじゃないかエリ。フィージェントから信用されてる事が分かって」
 煽るようにそう言うと、眼前のエリは露骨に眉を顰めて不愉快そうな表情を浮かべた。彼女がここまで感情を晒すなんて、自分と出会っていない間に彼と何があったのだろう。
「……度々話が逸れて済まないな。そう、少数精鋭なんだ。でもこれだけじゃまだ足りない。何故なら、少数精鋭で動く事を多数に知られたら、それはもう多数で動いている事となんら変わりないからだ。本当の意味で少数として動くのなら、私達は多数に一切悟られない様に動かねばならない。とある国には、『敵を欺く前に、まず味方から』という言葉もあるくらいだしな」
「……はあ。成程」
「キリーヤすら欺く事は気が引けるかもしれないが、勝つ為の戦いだから分かってくれ。以上で解説は終わりだが、満足したかフィージェント」
 師匠に物事を押し付けるとは何と教育のなっていない弟子だ。師匠の顔が見てみたい……って、自分だった。今更な話だが、もう少し礼儀というモノを教えておくべきだったかもしれない。と言っても、自分が礼儀のある方だとは思っていないので仕方ないか。
「おう、申し訳ないですねえ、先生。じゃあそういう事だから、早速これからの動きを説明しておくぞ」
「よろしくお願いします」
「つっても、動く場合は基本的に受け身だから明日の敵の行動次第だが、こっちの予想外の動きをしてこない限りは、ある場所に行こうと思う。もしも俺の予想が正しいのなら、執行者はあそこを拠点にしている筈だ。そうにしてもそうでなかったにしても、そこではやる事があるから、先生とエリは、一緒に付いてきて欲しい」
 驚くべき事だったが、彼の言葉をまるっきり信用するのなら、彼にはもう居場所の見当が付いている事になる。いつもいつも思う事だが、彼の体質も大概利便性が高い。神の権能を自由自在に扱えるなんて、もしそれが使えたのなら、アルドだってどれだけ樂に生きられた事か。別に深い意味は無い。今までの生き方を後悔している訳では無く、単純に「便利だなー」と思っただけである。
「遭遇した場合はどうする気だ?」
「そんときゃそん時だ。全力で相手をするっきゃ無いだろう。ま、戦争に勝つ事を狙うんだったらそんな事は無いと思うけどな。因みに俺達の動きを知らない多数派は囮に使うから、そのつもりで先生も宜しく」
 フィージェントがわざわざそんな事を言ったのは、カテドラル・ナイツという集団が扱いにくい事を既に理解しているからなのだろう。多数派というのは勿論この会議に参加していない人物全てを総括しているのだが、その中でもカテドラル・ナイツは一際動かしづらい。情報収集係でそれなりに頭も切れるチロチンを筆頭に、あの集団はいい加減な命令で動くような存在では無いのだ。ちゃんとした理由とそれによって得るメリットが明確でなければ口出しをされてしまうだろうし、そうなってしまえばこちらも反論出来る訳が無い。端から不利な状態で行う口論ほど不毛な事は無いのだ、だからこそフィージェントは、カテドラル・ナイツを動かす役目を改めてアルドに託した。通常は自分の作戦を聞いてくれるだけで良いが、それだけは貴方に任せるとばかりに。
「ああ、承知した」
 弟子に頼られる事の何と嬉しい事か。気が付いた時、アルドは直ぐに承諾していた。魔王としてどのように立ち振る舞いをするべきか、その行動とこちらの行動が被らないか、その辺りの事など全く考えていないが、何とかなるだろう。
 フィージェントが知る筈もない、知っていたらおかしいが、こちらだってこの会議を考慮した上で更に裏を掻こうと色々画策しているのだ。この世界の住人としての勝利では無く、魔王としての完全な勝利を導く為に。
 囮などと彼は言ったが、アルドからしてみればその囮すらも本命なので、断る理由が無かった。
「……今回の会議はここで終わらせとくか。あんまり姿を晦ましていると心配されるだろうし、何より怪しまれる。一先ずは今語った事が成功するかどうか、それだけを考えようじゃないか」
「……フィージェントさん。私の仕事をまだ聞いていないんですが」
「お前はまだだ。作戦ってのはその場その場で考えないといけないが、安心しろ。とっておきの役割を用意してある。生きるか死ぬかの境目を歩くような、そんな役割をな」
 意味深な表情でエリの肩を叩いてから、フィージェントが指を鳴らす。刹那、空間の捩れと共にアルド達は部屋の外にはじき出された。






 
 

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