ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

不穏なる終結

 フィージェントの言う通り、闘技街に広がった戦火は、確実に静まりつつあった。それを確固たるモノにしたのは彼が『穴』を修復したからだが、仮に修復せずとも戦いは終焉を迎えていただろう。権能使いたる彼以外にも、どうにかしてこの闘いを終わらせようとしていた者が居たのだ。尤も、アルド達がそれを知る事は永久に無い。そのもう一人の存在以上に根本的な解決が図られたのだから、それも仕方ない事なのだが。






「これで全員ですか」
「…………フエナくなった」
 ディナントが武器を納めるのに合わせて、エリも槍を背中へと納めた。その出で立ちから頑固な武人を想像したが、エリの予感に間違いは無かった。他のナイツと比べると、彼は幾分話が通じる。やはりアルド然り、武人に悪い人間は……失礼。魔人は居ないと言う事だろうか。彼以外にはまともに扱え無さそうな武器には大変興味があるが、幾ら『住人』が全滅していたとしても油断は駄目だ。
「有難うございました」
 目を伏せてお礼を告げると、ディナントは口を重く引き締めたまま、身を翻した。
「…………俺、は。モ、る」
「ご一緒します。アルドさんに言いたい事もあるので」
 一瞬、彼の視線がこちらを見たような気がしたが、見上げても彼は前方を真っ直ぐ見据えたまま動かないので気のせいだろう。或いは気のせいでなくとも、アルドに言いたい事はそう大した事ではないので恐れる必要は無い。『住人』達の屍を踏み越えるのもどうかと思ったので、避けるようにしてエリは『鬼』の魔人の背中を追う。自分と違って彼は『住人』に慈悲を持ち合わせている訳では無いので、足元の死体は容赦なく踏み砕かれている。
「……名前は、何て言うんですか」
「……ディナント。俺、のナマえ」
 歩き続けてまだ数分。黙って歩くと何だか気まずかったので、エリは会話を振る事にした。名前を聞いたのは、これから話を広げていく上で名前を知らないとどうしようもないからである。
「それではディナントさん。少し雑談をしませんか? 例えば、どうして急に『住人』が増えなくなったのか、とか」
「……フム」
 無駄話に乗るような性格では無さそうだったので、今この場において必要のある話をする。補足しておくが、どうして『住人』が増えなくなったのかは良く分かっていないので、この話題の答えについてはエリ自身も知りたい。原因が無い訳がない。議論の価値は十分にあるだろう。
「死体が、れ……ぎて、ハイレナ、った……?」
「その可能性は無いと思いますが。『住人』達が魔術を使えたような様子は見えなかったとはいえ、この世界で魔術が使えない存在が居るとは思えません―――」
 そう言った直後、ディナントの首が重苦しい音を立ててこちらを向いた。その視線には尋常ではない量の殺意が籠っており、程なくしてエリは己の失言に気が付いた。
 アルド・クウィンツ―――ナイツが敬愛する主は、魔力を一切引き出せない体質なのだ。それは言い換えれば魔術を一切使えないという事であり、エリの言った何気ない言葉は、アルドという存在の否定に他ならない。自称アルドの友人からそんな言葉が漏れれば、その忠臣である彼が反応するのは至極当然の事だった。
「あ、いえ。アルドさんは……例外、ですからね? 世間一般として、ね?」
 慌てて付け足すと、その殺意は再び胸の奥底へと潜ってしまった。首筋に刃物を当てられたような緊張感も、それと同時に消え去った。
「こほん。話を続けます。魔術が使った所は見た事ありませんが、あの状況では使えたくても使えなかったと考えた方が自然でしょう。魔術は精神を研ぎ澄ませて放つモノです。物量で攻め込む作戦を取っていたのでは使わない方が効率的かと。それより可能性があるとしたら―――出てきている所を塞いだ、とか?」
「……ドウい、とだ?」
「『住人』が別世界から来ている事は……反応的に聞いていなさそうですね。しかし死なない存在がこの世界に多数存在しているとは思えません。何処か別の世界から来ている事は容易に想像が付くと思いますが、それではもし。『住人』がそこから来ていると仮定したら、その穴が塞がった場合、数はそこで打ち止め。ともすれば戦っている内に数が減るのは当然の事だと思います」
 この考察の穴は、一体誰がどのように埋めたか、という事だ。アルドの行動的に彼が場所を把握しているとは想像しづらいし、一番今回の事情を知っているだろう彼が知らないとなれば、他の者が知っている道理は無い。偶然穴が閉じた……何て、流石に幸運過ぎるだろうし。ここまでの道のりを覚えている筈も無く、二人は当ても無いまま闘技街を彷徨っていた。その内に見た事があるような無いような道に出たので、そこから記憶を辿ってどうにか歩くと、見慣れた面子が四人仲良く塀に腰かけて休んでいた。
 足元に転がっているのは『住人』達の生首。気にしたら駄目な気がする。
「アルドさんッ」
 避けようにも避けられないので、エリは仕方なく死体を踏みつけてアルドへと駆け寄った。その声に気付いたアルドは、疲労の残った表情で微笑みつつ彼女を迎える。
「そっちはもう終わったのか?」
「ええ。ディナントさんが手を貸してくれたので、容易に終わらせる事が出来ました。それより、どうして『住人』が減ったんですか?」
「それは俺がやったんだよ、エリ」
 足元の死体が消失。二人の会話に割り込むと同時にフィージェントが間に入ってきた。
「貴方が……ですか?」
「ああ。色々面倒だったけどどうにか塞いだ。こじ開け方が汚いんだよなあ、犯人。どうせ『穴』を空けるならもうちょっと綺麗に空けて欲しかったぜ」
 彼が特異体質だという事はエリも良く知っているが、まさかここまでとは思わなかった。『穴』が何処にあるかも分からないのに探知から始まってその処理まで成し遂げるなんて。伊達にあの時、『魔力の根源エヌメラ』を倒した訳では無いという事か。実力を過小評価していると責められれば、エリはこの場で直ちに謝罪し、その羞恥心を生涯胸に刻み付けるだろう。
「ま、『住人』が増える事はもうない。そろそろ散っていった他の奴等も戻ってくるだろうよ」
 その言葉を証明するかのように、暫くすればあらゆる方向から他の者が集まってきた。皆大した傷は負わなかったようで、カテドラル・ナイツだけに留まらず、キリーヤ、クウェイ、そして……パランナが居ない。
「クウェイさん。レヴナントさんは?」
「知らん。選抜開始前は確かに居た筈なんだが……もしかして、アイツが『住人』の増加を止めたのか?」
「いや、それは俺がやった。というか俺しか出来ない事だしな。アイツには次元の穴を閉じる方法何か無いし、仮に見つけても近寄れねえだろ。物凄い数出てきていたしな。先生ご自慢の部下さんも満足に止められないんじゃ、猶更無理だろ」
「満足に止められない……って事はフィージェントさん。見掛けたんですか」
「途中で見失っているが、まあ見た事は見た。別に終わったら合流するだろうと思ってたから放置したが―――こんな事になるんだったら、監視しとけば良かったな」
 アハハ、等と彼は呑気に笑っているが、此度の騒動においては多少の失踪と言えど笑える事態にはならない。『住人』の相手に手間を掛け過ぎて忘れていたが、何も敵はそれだけじゃない。フィージェントに言わせれば、次元の穴を空けた犯人が居る。単独犯か複数犯か定かでは無いが、とにかく誰か一人でもいなくなってしまった事は、こちらにとっては緊急事態に等しい事柄だった。
「まあ、探してみるか。キリーヤがどうやら人間を何処かに避難させたようだし、先生達はそっちに向かっとけばいいんじゃないか。という訳でキリーヤ、エリ。探しに行くぞ」
「おい、俺を忘れるなよ!」
 この時までは、フィージェントすらも事態を軽く考えていた。この事態を重く受け止める事が出来たのは恐らくフェリーテだけであり、彼女さえいればきっとどうにかなったのかもしれないが、彼女は現在リスドにて留守を任されている。この場に居る誰もが、きっと後に考えた事だろう。
 フェリーテさえ、居れば。 

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