ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

死は彼等を殺う

「ソイツに触れるなああああああ!」
 燃え広がる戦火に真っ向から立ち向かうが如く、男が大剣を振り下ろした。目の前の人間の腕が両断されて、切り口からは鮮血が噴き出した。しかしその人間に止まる様子はなく、人間は男の傍らで硬直していた女性を突き刺した。
「アリー!」
 女性は自身の身に何が起こったのかを理解した瞬間、口から血を吐いてそのまま息絶えた。人間はそれを見届けると即座に剣を引き抜いて、その血と共に剣先を向けてくる。時間が経つと共に滴る鮮血は、まだ生きていたかったと訴える彼女の涙の様にも見えた。
「貴様…………貴様ァッ!」
 男は深く腰を落として人間を見据えると―――刹那。人間の脇腹を駆け抜けて、同時にその半身を真っ二つに切り崩す。刃にこびりついた血を払ってから背後に首を向けると、五体満足の人間が無表情を貫いたままこちらの首を刎ねんと薙いできた。
「ぬッ」
 無理やり後退してどうにか必殺は免れたが、予期せぬ攻撃に体勢を崩して男は尻餅をついてしまう。反射的に顔を持ち上げるが、その瞬間に見えたのは、逆手に持ち替えた剣を大きく振りかぶった人間の姿だった。避けられる筈が無い。
 男は目を瞑り、無限の後悔と共に己の敗北を受け入れた……
「どけどけどけどけえええええええええええ! 俺様のお通りだあああああああああ!」
 頭部を潰したかのような鈍い音と共に、人間の気配が離れていった。慌てて目を見開くと、代わりに目の前に立っていたのは、赤黒い皮膚と大きな竜翼が特徴的な、見た事も無い珍しい魔人だった。魔人はこちらの事なんて全く眼中に無いようで、警戒しているのは吹き飛ばされたばかりの人間。壁に頭部がめり込んで有り得ない方向に首が捻じれているが、程なくして人間は壁から頭部を引き抜いて再生。何事も無かったかのように剣を構えた。
「ううむ。やはり蹴り一発程度では死なないか! まあ焔も使っていないし、当たり前っちゃ当たり前! ……とでも思っていたのか?」
 人間の体に変化が起こったのは、『竜』の魔人がそう言って口を綻ばせた時だった。通常通り再生した筈の身体は内部から徐々に融解していき、程なく上半身を溶かして落とす。人間は自分の身に起きている事に理解が及ばなかったようだが、それでもこの先にある己の結末を悟ると―――全身が完全に融解する寸前、悲しげに微笑んでから消え去った。
「俺様の第一切り札を甘く見ちゃいけねえぜ! この焔は意識を燃やすッ。如何な攻撃を受けても死なぬと言えど、貴様らは所詮この世界に存在を認められた存在に過ぎない! 意識一つ消し去ってしまえば、貴様らを認識するモノは居なくなり、必然この世界での存在維持は叶わないからなッ……ん?」
 魔人はそこまで調子よさげに語ってから、ようやくこちらの存在に気が付いた。男は急いで体勢を立て直して剣を構えるが、気づけば魔人の視線は自分ではなく、自分達を囲むようにして構えている人間へと移っていた。
「一、十、百、千……ああ、こんなに居るのかッ。で、人間はそこの集会所に居る奴も含めて二十三人。んんー貧弱ッ! あまりに、脆すぎる!」
 その言葉を聞くや、男は集会所まで移動して、その扉を背中で隠した。そして叶う筈も無い事は知りながら、『竜』へと剣を構えた。
「子供達には指一本触れさせんぞ!」
「あー? いやいや、何を言ってんだよ人間。俺様に子供を取って喰う趣味は無い。今は襲う気も無いから安心―――」
 不意を突いたつもりで人間の一人が『竜』へと斬りかかるが、先ほどの人間と同じように吹き飛ばされて、融解。今度こそ人間達の意識は、完全に『竜』へと注がれる。こちらとの戦力差、実に数千弱。形勢不利なのは明らかであり、それは『竜』も良く分かっている筈なのだが。どうしてか『竜』の立ち振る舞いには、何処か余裕のようなモノが感じられた。
「つまらんなあッ! アルド様と命を燃やして戦った時程の興奮が無い! それでもお前等、不死の存在かッ? もしもそうだと言うのならば……俺様を殺してみせろ―――ッ!」
 『竜』が限界まで両手を広げて声高らかにそう叫ぶと同時に、数千もの軍勢が一斉に『竜』へと襲い掛かった。一人一人の実力が歴戦の勇士にも劣らぬ人間達だ、数秒も経たずして『竜』の姿は見えなくなるが。
「盛り上がっている所悪いけど、私も介入させてもらうわ」
 次の瞬間には一斉に半身を切り裂かれて、人間の群れが吹き飛ばされた。そんな芸当を可能にしたのは、『竜』でも無ければ別の種の魔人でも無い。『竜』を守る様にして立っている、可憐な少女だった。見かけのみで判断すればとても戦には参加出来なさそうだが、彼女の持っているそれは、明らかに不釣り合いな大鎌。自分でさえまともに振り回す事は難しいだろうという事は容易に分かったが、彼女はそれを苦も無く振り回し人間達を切り裂いたのだ。不思議な事に、半身を切り裂かれた人間達は二度と動く事は無かった。というか、そもそも吹き飛ばされたはずの上半身が消え去っていた。
「おお、ファーカ! 久々にその鎌を見たぞ、俺様はッ!」
「これは私達の戦争であり、我が愛しの主と共に向かう戦い。好き勝手に暴れてもらっては困ります」
「ならお前も一緒に暴れようぜッ! アルド様の手を煩わせる程じゃないって所、見せてやらなきゃなあッ」
「言われずともそのつもりです。ユーヴァン、足を引っ張らないでくださいね?」
「おうさッ!」




 








 興奮を抑えきれなかったのか、二人が真っ先に飛び出していってしまった。『死』の執行者の存在まで考慮すると、なるべく単独行動は控えて欲しかったのだが、もうすぐ自分達も村に着く。果たしてそれが杞憂か否か、目の前の光景を以て理解する事となるだろう。視界の邪魔なので取り敢えず村を囲う石壁を切り開くと、中では数千もの軍勢を相手に、二人の魔人が懸命に……いや善戦……と言い表すにはあまりにも実力差を感じる無双を繰り広げていた。
 あちらの世界の人間(以降『住人』と呼ぶ事にする)が槍を持って突撃を仕掛けるが、ユーヴァンは全力で手加減をしていると言わんばかりに指の隙間で刃を受け止めて、その顔に焔を吹き掛ける。超高温を感じれば普通は反射的に飛び退くなりその場で悶えるなりの反応がある筈だが、彼の吐き出した炎が空気に溶けて消える頃には『住人』の頭部も消え去っていた。ユーヴァンが愉快に笑う。
 その隙を狙って一撃を叩き込みに来たらしい『住人』が、今度は瞬間移動と大差ない程の速度でユーヴァンの脇を駆け抜けようとしたが、それは予め待ち伏せていたファーカの大鎌に自ら突っ込んでしまう事と同義。己自身の速度で腹部を貫かれて『住人』が動きを止めると、ファーカは軽々と鎌を持ち上げて、自らの前方に居る『住人』諸共地面に叩きつける。その光景から、当人達も実力差については理解している筈だが、それでも攻める事は止めない。鎌が地面に突き刺さっているのを好機と見たのかファーカへと集中的に襲い掛かるが、彼女は何をするでもなく普通に鎌を持ち上げて、弧を描くように周囲を薙ぎ払った。どうにか武器で防ごうとした『住人』も居たが、そんなモノであの鎌は止まらない。一瞬の抵抗すら見せず武器は折れ、持ち主の首が刎ねられる。
「……アル、様。イカがな、さい。すか」
「私達が介入せずとも二人の無双は続くだろうが、何だか私も血が騒いできた。ディナント、入るぞ」
「…………おお……セ……」
 あらゆる方向から『住人』が襲って来ようと関係ない。ユーヴァンの焔に死角は無いし、ファーカに至っては全身を回転させながら鎌を振り回している為、只死なないだけの練度も無い『住人』ではあれに付け入る事は出来ない。万が一にもその事に成功する事があったとしても、たった今から自分達が介入するので、やはり勝利は揺るがない。
 彼女の斬撃を掻い潜る様に動いて、アルドは王剣を抜刀。後ろに一歩下がると、丁度戦闘途中の彼女の背中とぶつかった。
「アルド様……」
「お前達が戦っている処を見ていたら、何だか私もその気になってしまってな」
 構わず襲い掛かってくる『住人』の首を刎ね飛ばしてから、空中にて回転の掛かっている頭部を蹴飛ばして、チロチンの存在に気付いた『住人』を吹き飛ばす。全く戦えない訳では無いにしろ、チロチンの切り札は情報戦と移動に特化している。リーナを抱えている今では荷が重い。
「お前達とは殺し合った事こそあれ、こんな風に協力した事なんて無かったな」
「いいえ、アルド様。お忘れですか? 私と共に戦ったあの存在の事を」
 彼女の言っているそれについては、もう一つの『魔境』にて戦った怪物の事だろう。
「あんなモノ、忘れろという方が無理な話だと思うが。しかし、あれを協力と言って良いのか? あの時はまだお前は私の事を―――」
「ふふふ、アルド様ったら、あんなの冗談に決まっているじゃないですか。本当に女心がお分かりにならないんですね」
 風切り音すら置き去りにする速度で鎌が薙ぎ払われて、直後。銀閃状に存在していた全ての『住人』の首が刎ねられて、肉の山を築いた。それに足を取られた『住人』は何百人も居るが、ファーカは一切の容赦なしと告げるように素早く鎌を振り回し、首を、身体を、足を切り裂いて、的確にその身体を三分割していく。再生の兆候は一切見られない。
「……何だ。こんな時に嫌味か?」
「いいえ。そういうアルド様の素直な所も含めて、私はアルド様を愛していますから。アルド様が初めてデートに誘ってくれた時も、今思えば私を笑顔にしようと努力してくれていたのかな、なんて」
「……あれについては申し開きのしようがない。時間が出来たら改めてお前を誘おう」
「ふふッ、そんな事をして頂かなくても、貴方が傍に居るだけで私は―――ええ、約束は守ってくださいね」
 前半部分がまるで聞き取れなかったが、どうやら喜んでくれているようだ。流石にこれ以上何かを裏切る事はしたくないので、そうと決まったら張り切って世界争奪戦に取り組むとしよう―――
「アルド様ァッ? 見せつけてくれますねえ、ねえ!」
 相も変わらず反撃気味に『住人』を燃やしながら、ユーヴァンは何処か機嫌が悪そうに焔を撒いていた。心なしか、若干こちらにも焔を飛ばしてきている。
「俺様は寂しさで死んでしまいそうですよッ! せめてファーカと話すんでしたら、俺様も混じれるような会話をして欲しかったなーなんて!」
「……すまん。そうだったな。お前はてっきり戦いに夢中だから話は聞いていないモノだと―――」
「戦いに夢中ッ? アルド様、お言葉ですがこのような雑魚の群れ、何万何億と居ようが俺様の敵じゃありませんッ。ディナントじゃあないんですから、アルド様と戦った方が、ずっと集中できますとも!」
 彼としても別に嫌味で言った訳では無いとは思うが、文面だけ見れば明らかにディナントを煽っている。しかし、彼の言葉に嘘はなく、現にディナントは無心になってひたすらに『住人』を切り伏せている。彼では『住人』を殺しきれない為に数は減っていないが、既に明鏡止水の境地に至っている彼はそんな事を気にも留めない。
「嬉しい事を言ってくれるな。それじゃあ私達もディナントを見習って、そろそろこの戯れを終わらせようか」
 真理剣すらも抜刀して、二刀流へ移行。一切の防御を捨てて、アルドは『住人』の群れの中へと切り込んでいく。
























「これで最後の一体か」






 胸に突き刺さった王剣を引き抜かれると同時に、『住人』の身体が霧のように溶けて消え去った。家屋を糧に燃え続ける戦火は未だ衰えを知らないが、この村における不死の行軍は、風のように現れた男の一言と共に終了した。




 

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