ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

侵攻開始

「我等カテドラル・ナイツ一同、心より貴方様の帰還を心待ちにしておりました。お帰りなさいませ、アルド様」
「ああ。ただいま、我が最愛にして至高の忠臣よ。私は……帰ってきた」
 処刑されるべきなのであれば、国民が抗議をしにこちらに訪れる筈なので、やはり自分は許されている。ああ全く、朝が早すぎたからそういう理由等は一切なく、本当に許されたのだ。これからも魔王として活動していて欲しいと、そう言われたようなモノだ。
 こんなに嬉しい事は無い。またカテドラル・ナイツの顔が見られる何て……今度こそ、期待を裏切ってはいけない。せっかく許してくれたのに、罪を犯す馬鹿が何処にいる。これ以降は徹頭徹尾、魔人の事を第一に考えながら動くとしよう。
「それで、早速だがお前達に伝えたい事がある。というのは―――」
「出過ぎた真似かもしれぬが、妾が既に伝えておいた。主様にもしもの事があった時の話も……な」
 その瞬間にナイツ達の顔が露骨に曇ったので、やはりあの命令だけは不服なのか。それ程までに自分を慕ってくれているのは有難いのだが、如何せんそこまで嫌そうな表情をされると自分にもしもの事があった時に非常に困るのだが。
「―――そうか。有難う。ならば話が早い。次に狙うべき大陸はレギだ。チロチン、私が安定化に努めている間に、何か変わった事はあったか?」
 何気なく尋ねただけだったのに、どうしてかチロチンの顔は浮かなかった。
「……どうした」
「……アルド様が玉座にお戻りになられる日の、三日程前の話です。レギ大陸が妙な事になっていました」
「妙な事? 何だ、それは」
「はい。と言いましても私自身、どういう事やらさっぱりなのですが……レギ大陸は、現在全ての港が封鎖されているのです。それについては現在も変わっていないと思われるので、船を使ってレギ大陸へ渡る方法は止めた方が良いという事を予め言わせてもらいますが―――私は大陸の中を上空から観察する事にしました。すると、どうやら大陸内で内戦のようなモノが起きているらしく、何処を見渡しても死体が存在していて、ハッキリ申し上げれば以前までの大陸侵攻のようにはいかないだろうと」
 内戦自体は別段変わった事ではない。フィージェントも革命を起こしていたし、こちらとは全く関係ない事情で争ってくれるのは、それはそれで構わない。差し詰め、キリーヤの努力によって魔人友好派となったモノと、今まで通り魔人を嫌悪する者同士で喧嘩でもしているのだろう。彼女は争いの無い世界を作りたいのに、その思想に共感するモノと反発するモノで争いが起こるとは、何たる皮肉か。
「何ですか、チロチン。貴方はそんなくだらない事でアルド様の思考をかき乱そうとしているんですか?」
 ファーカが苛立つのも無理はない。事情を説明し終えた筈なのに、尚も彼の表情は浮かないのだ。たった一つ気に掛かっている事があるとでも言っているように。彼の思考を見ているであろうフェリーテを一瞥すると、その表情は強く固まっていた。
「まだ何かあるのか」
 そう尋ねてみてもチロチンは口を開かない。次第にナイツの視線―――主にファーカ―――が強くなっていくが、そんな彼の状態を見かねたのか、手を挙げたのはユーヴァンだった。
「俺様が説明します!」
「ユーヴァン。お前もチロチンに同行していたのか?」
「ええ、まあ。生憎とあの時はやるべき仕事も無かったので、飛べるというだけでチロチンに無理やり連行されたんですが……ソイツが黙るのも無理はありませんよ、俺様でさえ一体全体何が起きているのかさっぱり分からないんですからッ」
 ユーヴァンはチロチンの肩に手を置いてから前に歩み出て、芝居がかった口調と動作で、自分が見た状況を説明し始めた。
「レギ大陸に向かった俺様達が見たモノは、あまりにも現実離れしていました! チロチンは内戦と言っていましたが、果たしてあれを戦いと言ってしまって良いモノか、どうか。レギ大陸内では確かに二つの勢力が争っていましたともッ。どのように分けられているのかまでは分かりませんでしたが、戦局は常に、片方の勢力に傾いていました! 当然でしょう、当然でしかないッ。何せその勢力、首を刎ねようが、心臓を貫こうが、体を焼こうが、塵一つも残さず消し飛ばされようが、絶対に死なないんですから! それはまるで、以前のアルド様のようでもありました!」
 最後に「以上です」と付け加えて、ユーヴァンは芝居がかったお辞儀をしてから後ろに下がった。チロチンの方向から、微かな声で「済まない」と聞こえた気がする。
 アルドの『不死』は今も尚存在しているが、厳密には死なない訳では無い。そもそもアルドの保有する『不死』はエヌメラの持っていた呪いを受け継いだだけであり、そしてそれは『死』を疲労に変換するだけの紛い物。真なる不死とは訳が違う。それでもその特性は非常に強力で、この呪いが無ければアルドはカテドラル・ナイツを集める事は出来なかったと言っても過言じゃない。エヌメラの事は嫌いだが、その点については非常に感謝している。
 そんな話は置いといて、アルドにはその不死の存在が何であるかという事に、おおよその見当が付いていた。そして仮にそれが事実ならば、自分の考えていた魔人友好派と魔人敵対派の抗争なんて生ぬるい話では無くなってくる。これは……そう。名づけるならば、世界争奪戦だ。不死の存在というのは、恐らく『死』の執行者によって死を奪われた外なる世界の者達の事。どうして争っているかは言うまでも無い、死ねなくなった彼らの求めるモノは死ねる世界だ。大方、『死』の執行者が世界を繋ぐ道でも開いて、『こちらの世界の者を殺せば、お前達にはこの世界を与えてやろう』とでも唆したのだろう。それがどういう事を意味するかなんて少し考えれば分かりそうなものだが、死ねなくなった事で常識的な判断が出来なくなっていると思えば、不自然な話ではない。それに、死ねないだけで生まれる事は出来る以上、あちらの世界に存在している人間はおよそ一つの世界に納まり得る数ではない。それら全てを唆せたのならば、確かに強力な兵力となる。『剣』の執行者への妨害にもなり得る。
 レギ大陸なのはたまたまだろうが、たまたまだからこそレギ大陸の者達は命を賭して戦っている。見ず知らずの人間なんかに大陸を取られる謂れは無いから。
「主様。何か知っておるんじゃな?」
「ああ。だがお前達には本人を交えて紹介しないといけなさそうだから、詳しい話はまた今度だ。何、心配する必要は無いさ。ファーカ、お前の鎌はどんな能力を持っているんだ?」
「え? 接触した万象を滅ぼす力ですが……あッ」
 どうやら思い至ったようだ。アルドは頷き、王剣を手に取った。
「殺さなくても相手を死なせる方法は幾らでもある。私にもな。ディナントとチロチンには有効打は無いが、ユーヴァン、それにルセルドラグ。お前達にはある筈だ。特にルセルドラグ、お前は第一から第三に至るまで、その全てが有効だ」
 ユーヴァンの炎は他の炎とは訳が違う。何より彼の第三切り札『王龍』は、広範囲を一瞬で焼き払ってしまえるからとても便利だ。ルセルドラグは『骸』の魔人である以上、死に対して強く出られなければこちらが困る。
 どちらも代償無しには使えない能力だが、契約によって全ての代償はアルドが負担する事になっている。既に過負荷が掛かっているような気がしないでも無いが、彼らの為であれば喜んで全てを負担しよう。
「……カテドラル・ナイツに命ずる。今日この時を以て、第一から第三までの全ての切り札を、無期限開帳とする!」
「アルド様ッ。そこまでする必要があるのですかんッ?」
 ルセルドラグが食って掛かるが、こちらに意思を曲げる気はない。何せこの戦いに負ければ、自分達は大陸に加えて世界まで奪われた事になるのだ。そんな屈辱、魔人には味わわせられない。
「私の見当が外れていないのなら、ここまでする価値は十分にある。最初はお前達二人だけに許可をするつもりだったが、その不死の存在がこちらに来ないとも限らない。留守を任せるフェリーテ達にも必要だろう」
「あの、アルド様。レギ大陸にはどうやって行くおつもりですか? 船では行けない、という事ですけど」
「チロチンの『隠世の扉』を使えば行けるだろう。位置が悪ければ抗争の中心点に出そうだが、そうなったらそれはそれで構わない。そもそも私達の目的は大陸の奪還。あちらからすれば私達は第三勢力故に狙われないだろうから、抗争の間にレギ大陸の都を落とす事は十分に出来る。まあ、その為には、不死の軍団とやらにはご退場願わなくてはならないが、その辺りは柔軟に対応していくとしよう」
 世界争奪戦と大陸奪還戦。アルド達は二つの戦いを制する必要がある。どちらに負けても結果は最悪、魔人達が日の目を見る事はもうない。これが夢であればやり直しも利いたかもしれないが、ここは現実であり、時間は無常。今まで以上に気を引き締めて掛からなければ。アルドは玉座から腰を持ち上げて、王剣を左に、そして虚空から取り出した真理剣を右の腰に納めた。
「異論は……無さそうだな。それでは早速出発するとしよう。……ああ、そうだ。チロチン」
「はい。既に準備は済んでおります。こちらはいつでも『扉』を使える状態です」
「いや、そうじゃなくてな……お前が男子会にて告げてきた依頼、早速だが受けさせてもらう。その依頼人を連れてこい」
 黒くて分かりづらいが、チロチンが大きく目を見開いた事は見逃さなかった。
「今の私には王としての権力がある。優先度は低くて構わないと言っていたとは聞いているが、既に両目を潰してしまう程追い詰められている者を放っておく訳にはいかない。その女性とやらに付き纏っている男にも興味があるし、もしも本当にそこまでの実力者ならばこの大陸の安全の為にも引きずり出さなくちゃならない。そういう事だから連れてこい。それから出発する」
「……仰せのままに」
 事態は一刻を争うが、それでまた魔人を蔑ろにしてしまえば以前の二の舞だ。それだけは王としてやってはいけない事。なぜならば王とは民の為にあるのだ、民無き王は只の愚か者。道化以下の狂人なのだから。




 

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