ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

夜に騒ぎ朝に凪ぐ

「おーいディナント!」 
 これは参った。ナイツのいずれにも起きる気配が無い。チロチンとルセルドラグだけであれば担ぐ事も考えたが、筋肉の塊みたいなディナントと原因不明の重量を持つユーヴァンが加われば話は別だ。まず担いでいる最中にアルドが潰れる。だからこそ全員の意識を覚醒させる事を……少なくともディナントとユーヴァンの意識を覚醒させる事を試みたのだが、全く以て無意味な事だった。
「チロチンッ!」
 タケミヤ達は料理を常に作り続けていたから疲れて眠ってしまうのも仕方ないだろう。起こした所でどうしようもないので、だから彼らは放置するのだが、問題はこのナイツ男性陣だ。触っても、揺らしても、何なら叩いてみても動かない。元々動かないディナントに限っては本当に死んでしまったのではないかと一瞬だけ疑ってしまった程だ。
―――全く。
 ユーヴァン以外は、滅多にすることの無い馬鹿騒ぎをして満足しているかのような表情で眠っているのがまた微妙に腹が立つ。彼等も彼らなりにそこそこ疲れていたという事なのだろうか、何にしても聞き忘れてしまった。自分が必要かどうか、という事を。エニーアに言われて急遽企画して、その果てに何も尋ねられなかったとは何とも笑えない話だ。中々に真剣な話だからこそ、こうして気楽な空間を作って聞きやすくしたのに……まさか自分自身が全てを台無しにするとは思わなかった。これは後でエニーアに謝りに行かなければならなそうだ。
 だが後悔はしていない。彼らの息抜きになったのならそれでも良い。自分は彼等のこの満足げな表情を見ているだけで十分だ。こんな顔が見られただけでもこの企画を立ち上げた事には大いに意味があったと言い切ってもいい……そんな彼らをどうやって城に返すかはまだまだ考えている途中だが。『謠』に運ばせるべきだったろうか、いやそれは無いか。
「…………んー」
 真面目な話、椅子を蹴っ飛ばして床に叩き落せばどんな馬鹿だって目覚める。だが、それが果たして魔王のやる事だろうか。いやそれ以前に、部下であり友人である彼等にやるべき行為なのだろうか。彼らが勝手に起きる分には仕方ないとはいえ、そこまで乱暴に叩き起こす事が果たして彼等の為なのかどうか。
 その答えが何であれ、アルドはやらないが。
「アルド、どうやら困ってるようですね」
 背後から声を掛けられて振り返る。扉の前では、何やらスタイリッシュな恰好をしたオールワークが、助けに来たとばかりに待機していた。
「オールワーク。女子会は終わったのか?」
「はい。特別なご予定が無い限りは、女子会に参加した私以外の方は今頃は帰路の途中かと」
 口元の端に残る笑みから察するに、どうやら女子会の方も中々盛り上がったようだ。それに酔い潰れている訳じゃ無い、と。その事をもっと早く知っておけば、ディナント達も酔い潰れない程度には加減したかもしれない。
 名案も思い付かなかったので、差し当たってはチロチンとルセルドラグを担ぐと、中に入ってきたオールワークが、何やら妙な持ち方でユーヴァンを担ぎ上げた。補足しておくが、自分達の中で一番膂力が強いのはディナントで、その次がアルドだ。間違ってもオールワークには少したりとも劣っていない。
 それなのに彼女は、軽々とユーヴァンを持ち上げて見せつけてくる。
「持ち方の問題ですよ。重さが半分以下になるって訳ではありませんが、それでも普通に持つよりは全然軽い。アルドもやってみますか?」
「いや、やめておこう。仮に軽く持てたとしても、体格的にディナントを担ぐのは無理がある。ディナントは…………んー、置いていくのは可哀想だしな。二人で持ってみるか?」
 二人はそれぞれディナントの半身を持ち上げて、漸く上体を浮かせる事に成功した。だが問題はそこからで、どう頑張っても下半身が持ち上がらない。無駄な労力を費やしながらも数十回も上下するディナント、そろそろ起きて欲しい。
「あーこれは無理だな―――あッ」
 名案が思い浮かんだ。アルドは担いだ二人をディナントに重なる様に上に置き、次にオールワークにも同じ事をするように指示。そしてここからが大事だ。
「こいつらは私が見てるから、お前はツェータを呼んで来てくれ。そして改めてこっちに来て欲しい。アイツの能力であれば重量何て関係ないから簡単に帰せる筈だ」
 もしもツェートを呼びに行っている最中に目覚めたら、その時はアルドがどうにかする。多少の非難くらいは浴びる覚悟で、何とか誤魔化すくらいはしてみせようじゃないか。具体的にどうやって誤魔化すかって? 例えば…………そう………………うん……まあ。
 何とかなるだろう。
「それは名案ですね。分かりました、直ちに彼を連れていきます」
 言い終わった頃には既に店を出て大砂漠へ。指示を受けてからの仕事の速さが相変わらず迅速では済まされないくらいだが、やはり一番良いのは途中で起きてくれる事だ。彼女に無駄骨を折らせる事になってしまうが、それでも『訳が分からないまま帰る』より、『一応何がどうなったのかは分かって、帰る』のでは後者の方が良い。ディナントに関しては特に、何十回も動かしているんだから少しくらい動いてくれたって全然構わないのだが。
「散らかすのは得意でも、片づけるのは苦手だな。ああ、全く……こんな未来、見えていた筈なんだが」








 こんな未来、見えていた筈なんじゃが。
 フェリーテは己が勇気を振り絞って言った発言を後悔していた。ありったけの願望を乗せて、それでいて表情を隠す鉄扇も無いのでいっそ開き直ってみたら―――
「あー楽しかったわね!」
 この様である。メグナに関しては何故かそろそろお開きにしろと言わんばかりの発言をし始めたし、もっと正確に言えばメグナの言葉上では既に女子会は終了している。何て最悪な事態だ、自分にだけ言わせておいて、誰も何も言わないなんて。
「うん、凄く楽しかったよ。フェリーテにしては中々過激なお願いも聞けたし、僕は凄く満足してる」
「性行為、と言う訳じゃないのがフェリーテらしいですね。まあ、この女子会のメンバーの誰一人として、そんな答えを言う人は居ないと思いますが」
「―――ちょっとファーカ? 何で私を見るのかしら。私だって言わないわよ、そんな浅はかな事!」
 言及はしても、明確には言わない。やはりそういう作戦だったか、実に汚い。これじゃ全てを打ち明けた自分は何の為にそれをしたんだという事になってくる。俗に言えば、言い損である。
「……常に心を読んでいるんだから、こういう事をされても文句は言えないだろう、という事でしょうね」
「妾の心を読むでない。してオールワーク。確かにお開きの雰囲気が生まれた事は否定せんが、もう帰るのか?」
「……ええ。アルド様の様子を見に行かなければ。それに大聖堂に少しだけ心配な留守人も居ますし」
「あ、あの、オールワークさん。私、アルド様にこの服を見せに行きたいんですけ―――」
「やめておきなさい。アルド様には刺激が強すぎます」
 咳を払って無理やり間を繫ぎ、改めて話を続ける。
「そういう事ですから、一足先に退出させて頂きます。ナイツの皆様及びクローエル。何か特別な用事などはございますか」
 その刹那に視線だけでやり取りが交わされるが、何か特別な用事を持っている者は誰一人として挙がらなかった。
「……そうですか。それでは私はアルド様の所へと向かわせて頂きます。本日は女子会への参加を認めていただき、誠にありがとうございました」
 オールワークは店の入り口まで転移してから、夜の闇へと歩き出していった。





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