ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

男子会2/3

 唐突というか、唐突じゃなくても言葉を失う一言。どんなにゆっくり発音した所でどの道アルドは言葉を失ったし、そうでなかったとしても一体何が起きているのか分からない。
「…………」
 たった一文字すらも発音出来ない程、アルドは驚愕し、絶句し、思考を必死に巡らせていた。チロチンの発言を額面通りに受け取ると、色々不味い問題が発生するのだが。まさか本当にその通りという訳ではあるまい。
「…………え、えっと。それはどういう意味だ?」
 無限に推測する事ならばそれこそいつまでも出来るが、正解は一つしかない。故にここは、推測の上で物事を語るのではなく、きちんと答えを知った上で語らねばなるまい。物事の決断は確信を持って行われるべきなのだから。
 そんな精神上の苦労など知らないチロチンは、軽く目を伏せてから続ける。
「はい。実は……ある女性から頼まれているのです。アルド様に恋人になって欲しいというお願いを」
 騎士時代を含めてもそんな依頼は舞い込んだ事が無かったが、それはそうと、やはりチロチンの言葉を額面通りに受け取らなくてよかった。もしも額面通りの前提で話を続けていたならば、詳細を聞くまでも無くアルドは拒否していただろうから。
 その安堵が非常に大きかった影響で、依頼のぶっ飛び具合については特に反応出来なかった。
「……ほう。続けろ」
「優先度としてはかなり低くて構わないという事らしいですが……その、出来れば玉座に戻ってから受けてくれると有難いとか」
「玉座に……? という事は、私に王としての権力が無いと解決出来ない問題という事かな。で、どうしてそれをお前が持っているんだ?」
「……この依頼を貴方に届けたいが為に、仲良くなったそうです……私と」
 その時のチロチンがどんなに悲しそうな気持ちを抱いていたか、それは想像に難くない。自分が言えた事なのかは少々疑問だが、チロチンはその性格ゆえにあまり友人を作れる魔人ではない。ユーヴァンであれば酒場の一つにでも行くなり数十人は作れそうだが、彼が同じ事をした所で精々一人か二人。何をした所でその性格は交友関係に災いをもたらす。
 彼もそれを良く分かっているからこそ、その依頼人の望みを叶えたのだろう。しかし、その依頼人は、飽くまで依頼を届けたいが為にチロチンに近づいた。嘘を吐くよりはましかもしれないが、それでも本人からそんな事を言われた時の気持ちは……誰であっても、きっと悲しい筈だ。真実は時に人を傷つけるとはこういう事で、依頼人がどんな境遇からその依頼をしたのかは分からないが、もしもくだらない理由でそんな事をしていたのであれば、アルドは何としても謝らせよう。
「成程。詳しい依頼の内容を聞かせてもらえるか」
 こんな食事時にする話では無いかもしれないが、ここまで真剣なお願いをされては無碍にも出来ない。
 取り敢えず『気兼ねない』のコンセプトを守る為に、アルドは食事を続ける。その光景を見てから、ディナントやユーヴァンも再び動き出した。
「……アルド様、もしも私に同情をしていらっしゃるようでしたら、それを捨てた上でお聞きください。素直に言えば確かに悲しいのですが、彼女の事を考えたらそれも仕方ないとも思えるのです」
 チロチンはこちらの心を見透かすような前置きを加えてから続ける。自虐的に微笑むでも無く、淡々と喋り続ける彼は、一見して何事にも動じないようだが、それは己の感情を隠す為でもあるのだろう。
「彼女は……どうやら付き纏われているようなのです。怪物とかの類ではなく、男に。最初は私がどうにか出来る類のモノだと思ったのですが、どうやらその男とやらは実力行使には決して屈しないようで」
「と言うと?」
「今までにあらゆる人物に頼んでその男を排除しようと試みたらしいのですが、全て返り討ちにあったとの事です。また、ちゃんと男を排除したとしても、数日も経てば元通り。直ぐに悩まされてしまうらしく―――私と出会った頃には、既に両目を潰しておりました」
 アルドの手が反射的に静止する。それ程までに強い魔人がこの大陸に居るとは知らなかった。或いはその男は、強さには興味ないのだろうか。ここ最近の内に殺されそうになった事は無いし、出会った事も無い。依頼人の件も合わせて考えるならば、正に『彼女の事しか眼中に無い』。そんな所か。
「これ以上事態を放置すると自ら死を選びかねない。依頼人はそう思った結果、アルド様に頼む事にしたらしいです。私を利用したと言えば聞こえは悪いかもしれませんが、彼女の状態を見れば他人に対する配慮などしている暇が無いのは明白ですが……受けてくださいますか?」
 女性の扱い方が下手を超えた次元に存在する自分にそんな依頼を届ける何て言語道断……そう言いたい所だったが、この依頼を断るという事はチロチンの意思を蔑ろにするという事でもある。そう考えると、断る道理は無い。
 ……その男とやらも、気になるし。
「分かった、引き受けよう。お前の友人という事であれば捨て置けないし、何より民を守るのは魔王の役目だ。一つ懸念するべき事があるとすれば……その男の存在が虚偽でないかどうかだな」
 ゼノンの件があった以上、全面的に信用する事は出来ない。そもそもその依頼人が犯人で、自分の気を引く為に……なんてことはもうないだろうが、ナイツとの仲違いを引き起こして玉座から自分を再び失墜させるという思惑は十分にあり得る。勿論疑いたくなんて無いが、誰かへの愛から生まれた行動なんて、アルドはもう嫌になるくらい目にしているから。
「なあ、アルド様。俺様からも聞きたい事があるんですけど!」
 チロチンとの会話が終わってから数十分。四人は中身の無い会話をしながら食事を楽しんでいたが、その穏やかな流れを断ち切ったのは、誰よりも喧騒を好ましく思っているユーヴァンだった。偶然にも、たった今十五皿目を食べ終えた所だし、丁度良い。アルドはいつの間にか注がれていた酒を手に取って、飲み干す。
「何だ?」
「女子会ってのは、何処でやってるんですか?」
「フェリーテに一任してあるから私は知らんぞ。何だ、乱入でもしたかったのか」
 まあそんな事をしようものなら、フェリーテかメグナ辺りに折檻されるだろう。彼女達は彼女達で、男の間ではとても出来ないような会話をしているに違いない。例えば……いや、思いつくが、言葉にしたらこちらが恥ずかしいのでやめておこう。
「いやあ、そんな事は! 大体乱入なんかしようとしてもディナントに止められちゃって出来る訳がありませんよ! アッハッハッ」
「俺も止めるぞ。ファーカに後で怒られるのは俺だからな、こんな会合の後に面倒を背負うのは勘弁だ」
 隠す気も無く言ってしまった事で、ユーヴァンは二人の男性を敵に回してしまった様だ。彼は両手を挙げて苦笑い。冗談であればまだ笑ったモノの、ディナントの目が全然笑っていない。こちらに助けを求めるように目で訴えかけてくるが、アルドには何も出来ない。再び酒を注いで、呷るだけだ。


 ……そういえば、ルセルドラグがまだ来ないような。











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