ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

恋は盲目 散るは草木

 既に呪いは消え去った。その事実があるだけで、ナイツ含めて自分達の役目は無くなったも同然であり、後は挨拶をして帰ればそれで良いのかもしれないが、その前に……






「アルド様、どうして宝物庫に?」
「気になる事があってな。それを調べたい」
 宝物庫の扉を閉めた後、アルドはその場で屈み、リストに存在する武器を拾い上げていく。せっかく彼女からリストを貰ったのだし、宝物庫を調べない訳にはいかない。事件は解決したかもしれないが、それでもまだ、犯人を特定するには至っていない。これ以上の悲劇を防ぐ為にも犯人を特定する事は重要であり、その為であればアルドは幾らでも調査をしよう。宝物庫のリストを見ながら全ての宝物を直接確認する事も、犯人に至る為であれば苦ではない。
「…………やはりか。エニーアのリストに書かれている物の他にも、空間転移の能力を持つ杖と、結界を作成する杖が無くなっているな。見事にしてやられたよ」
 嫌な予感と最悪の展開程当たるモノは無い。アルドは一人でため息を吐いて、自嘲的に微笑んだ。もっと早く気付いていても結果は同じだったのか、きっとそうであると分かっていても、それでも後悔はしてしまう。
「……リストを預かっている身であった事を承知でお尋ねします。どういう事でしょうか?」
「―――アジェンタの前女王が残した手紙には、非常事態になった時に役立ちそうな武器がいくつか記されていた。だが宝物庫からは犯人が奪ったらしく、書かれていたモノは何処にもない。盗まれたのはそれだけかと言われればそういう話でもなし、ついでとばかりに他のモノも奪われていたのさ」
 道理で犯人に繋がらない訳だ。空間転移の杖を持っているのなら、外とか中とか細かい時系列を整理した所で、犯人が出てくる訳がないし、『時間的に無理だからこいつは犯人じゃない』という思考も、その杖一つで全てが覆る。問題は、どうして結界を作成する杖まで無くなっているかという事だが、結局使わなかったのだろうか。ここまで的確に宝物を奪われている事を考えると、そうは思えないのだが。
「……待ってください。その手紙とやらはもしかして、冒頭に『私の大好きな人へ』と書かれていた手紙でしょうか」
 食ってかかるような口調で尋ねられて、アルドは怪訝な表情を浮かべつつ、頷く。
「ん? ああ、そうだが……それが?」
「……いえ」
 いえ、で済む話ではないだろう。反応の仕方が尋常では無かった。まるでそれをやってしまったのが自分である事を自覚しているような―――え?
 思わず身を翻した。
「お前まさか、読んだのか?」
 訝るようで、それでいて軽蔑を含んだ目線が、『蝙』の魔人に突き刺さる。ネルレックは苦笑いを浮かべるも、やがてやんわりと頭を振った。
「いえ、中身までは……ですが、その。開いた事は開きました」
「という事は、あれを折り畳んだのは」
「…………」
 身をすぼめながら俯く彼女の頭を、アルドは優しく小突いた。
「申し訳ございません」
 さてさて、自分はあの時何と言ったのだったか。
『つまり、この手紙は既に私達以外の誰かが読んだ、という事だ。ではそれは誰なのかという話にもなるが、わざわざ折り畳んで読んだ形跡を誤魔化そうとしたって事は、この国をこんな風にした犯人と見て間違いないだろうな』
 あの時にはこの情報は無かったとはいえ、流石に恥ずかしすぎる。何せ幾ら犯人の手掛かりが掴めないとは言っていても、アルドはこればかりは当たっていると思い込んでいたのだから。とんだ大馬鹿である。
「しかし、待ってください。折り畳み方は私が見つけた時のままですよッ? 『私の大好きな人へ』って書かれてて、それで」
「何?」
 あのエニーアが元々あんな折り畳み方をしていたとは到底考えられない。故に、彼女の言っている事が本当だった場合、エニーアの遺した手紙を読んだ者がもう一人居るという事になる。だが彼女の言い方を考えると、一緒に居た訳では無く、それより前に読まれていたと考える方が適切だろう。その人物は……勿論犯人と考えられる。だからこそ宝物が消えた訳で、それは言い切っていい。
 しかし、アルドはそれを知る術を持ち合わせていない。都合よく宝物庫に過去を見る武器は無いし、都合よくネルレックが思い出す訳でもない。都合よく何らかの記憶が流れ込んでくる事は無いし
既に死んだ彼女が答えを教えてくれる訳でも無い。
 非常に心残りだが、もうこの国に居る意味は無い。犯人を取り逃す事になるのは残念だが、国を襲った災害は解決したし、そろそろ帰らなくては。
「……もういい。付き合わせてしまってすまないな、ネルレック。では戻るぞ」
 アルド達が身を翻した直後。宝物庫の扉が外側に開き、一人の人物が入ってきた。意外な人物の登場にアルドは少々驚いたが、その手に握りしめられた物体を見て、それから静かに微笑んだ。












「何と言ってよいやら……アルド。感謝しているぞ」
「感謝される謂れは無い。当然の事だろう。国を守るのは」
 アルドは笑っているのか怒っているのか分からない微妙な表情を浮かべながら『鹿』に頭を下げる。
「それでは、私はこれで失礼する。城下町に広がる死体、少しは片づけておいた。後はお前達がやってくれ」
「無論だ。この国に生きていた者として、きちんと埋葬させてもらう。それではな」
「ああ。今度来る時は、平和である事を祈っているよ」
 本来であればナイツと共に帰るべきなのだろうが、今の自分は玉座を降りている。彼等と一緒に帰る事は出来ない。背中から受ける視線にもの悲しさを感じながらも、アルドは一人で帰途についた。ツェートとダルノアはこの町の入り口で待たせてある。いや、正確には見張らせている。
「アルド様ッ!」
 城を出て、死体の散乱する城下町を抜けている時、背後から元気のよい声が歩みを止めてきた。自分達を井戸から引き上げてくれた『羊』の魔人、ユラスである。
「ありがとうございましたッ! もしもアルド様が来てくれなかったら、きっと今もフルノワ大帝国は、呪いに包まれたままだったと思います……本当に、感謝しています」
「―――だから、気にするなと言っているだろう。それに、お前は本当に感謝しているのか?」
「何言っているんですかッ! アルド様は魔人に味方してくれた唯一の人間ですよッ? そのお蔭で魔人は大陸奪還にも希望が持てているんですから、感謝しない訳がないでしょうッ!」
 ハキハキと喋る好青年は、瞳を輝かせながら頭を下げた。まるで本当に自分に感謝しているようで、もしもこんな事件が無かったら、アルドは彼の事を高く評価していただろう。


 ……こんな事件が、無かったなら。


「ほう、ではどうしてお前は、魔力湧出点を利用して呪いを発生させたんだ?」
「………………え」
 動揺を微かに感じ取り、アルドは目を細めた。
「お前なんだろう? 呪いを発生させた奴は」
「ま、待ってください。呪いを発生させたのは僕じゃありませんよ! い、一体何を言っているんですかッ!」
「往生際が悪いな。一から説明する必要も無いだろう。何せ、今回の災害が呪いによるモノだと知っているのは、王様とカテドラル・ナイツだけ。私が情報統制の為に敢えて教えなかったからな。なのにお前は、一度ならず二度までも、それも今ここで自白した。どういう事だ?」
 言葉を重ねれば重ねる程、心を圧迫すれば圧迫する程、ユラスの動揺はどんどん露骨になってくる。
「そ、それは……王様から聞いたんですよッ!」
「アイツがそんな事をするとは思えないな。それにお前は見えないから分からないだろうが、ここには私以外にも『蛇』と『骸』が居る。私の情報統制が意味を為さなくなろうとしていたら、アイツ等がすかさず止めに来る筈だ。それで、どうしてお前は呪いを?」
「だから―――僕は呪いなんて!」
 この期に及んでも認めようとしないユラスには、どうやら止めの一撃をお見舞いしなければいけないようだ。認めざるを得ないような証拠を、突き付けてやろう。
「カシルマ。そろそろ戻って来い」
 アルドが手を叩いて呼びつけると、程なくして傍らの空間が歪み、人型を形成する。やがて空間は男性を形作り、ユラスも面識のある人物へと変貌した。
「やれやれ。先生。これに何の意味があるんですか?」
 カシルマ・コーストは、両手に数本の武器を握りしめながら、怪訝な表情をアルドに向けた。握りしめている武器は勿論、エニーアの書いた手紙に記されていた武器と、それを隠れ蓑に盗られていた杖である。
「今、この場所で、お前が出てきた事に意味がある。細かい事は気にするな」
 ユラスの方を一瞥すると、今まで断固として罪を認めなかった彼の口が、中途半端な状態で固まっていた。どうしてここに居る、とでも言わんばかりに。
「そう言えばお前には教えていなかったな。こいつは魔力を一切受け付けない体質で、魔術の類が一切効かないんだ。だから結界の類も、こいつには無力って訳だ」
「異名持ちの特性であれば通用しますけどね。しかし先生には助けられましたよ。最初はどうしようかとも思っていましたが、魔力が介入したら話が違ってくるので」
「……え」
「ユラス。こいつを閉じ込める際には、『余計な魔力を介入させる』杖も、奪っておくべきだったな。普段は何の役にも立たない杖でも、それを奪わなかった事でお前の計画は破綻した。カシルマ。お前の手にしているそれは、どこで手に入れたんだ?」
「そこの魔人の部屋ですよ。まさか最初から当たりを引くとは思ってませんでしたけど……で、もしかして彼が犯人なんですか」
「ああ、そうだ。こいつが呪いを引き起こし、幾人もの民の命を奪った、罪人だ。こいつが呪いさえ発生させなければ、今も笑顔で生きていた奴が居ただろう。もしかしたら、私を見送ってくれる人も居ただろう。だが……それも最早泡沫の夢となった。私が見るこの光景は平和とは最も程遠いモノになってしまった。私より後より生まれたモノだって居るだろうに、皆私より先に死んでしまった……なあ、ユラス。何故だ? 何故そんな事をしたんだ?」
 彼の部屋であの武器が見つかった以上、最早言い逃れは出来ない。ネルレックより先にあれを読んだのも彼で、利用したのも彼。ネルレックを気絶させたのも彼で、魔力湧出点を作ったのも彼。今回の事件は、殆ど全てが彼の所業によるモノだ。
 今更逃げる事は出来ない。城内に戻ればナイツが居る。外に逃げようものならツェート達が控えているし、この城下町であればアルドとカシルマが居る。アルドはこの為に二人を入り口に配置したのだ。
「…………あーあ、後少しだったんですけどね」
 進退窮まった者は開き直るのが通例なのか、ユラスの雰囲気が今までより少しだけ暗く変色した。瞳の奥からは自分に対する感謝など微塵も感じない。深く黒く、それでいてじっくりと煮込まれた憎悪が滾っている。魔人には恨まれるような事をした覚えしかないが、その覚えしか無いからこそ、アルドはあの森で様々なモノを捨てた。だから魔王である事を認められた。だというのに、その憎悪の深さと言ったら、最初期から自分の事を嫌っていたとしか思えない程に、濃厚だ。
「何故って言いましたか? では僕も、貴方の様に説明して見せましょう。アルドさん、僕が昔何処に住んでいたかはご存知ですか?」
「……リタルア村だったと記憶している」
「よくご存じで。では詳しい家の場所は?」
「……家の場所?」
 無意識の負い目もあったのかもしれないが、そう言えばあまり誰かの家に行こうなどとは思った事も無かった。家の場所など当然覚えてはいない。
「ではお教えしましょう。僕はね、隣に住んでいたんですよ―――貴方が追放したあの子の家の隣にね!」
 追放……キリーヤか。彼女の交友関係までは流石に把握していないが、つまるところ二人は、幼馴染だったという訳か。
 話に横槍を入れる事なく聞き続けるアルドに対して、熱が入ったようにユラスは段々と速度を上げて語りだした。
「人間が攻め込んできてキリーヤの親は死んでしまいました。僕は喜びましたよ。彼女の依存先になれるんじゃないかって。僕は彼女の全てを掌握できるんじゃないかって。でも違った。彼女は依存する処か、貴方達に協力して、そして何故か追放されてしまった。何で? 逆に聞きます何で? どうしてですかアルドさん?」
「………………人間から大陸を奪還する目的を持つ我々とは、相容れなかった。それだけの話だ」
 人類と魔人の共存。そんな理想を掲げている彼女を縛っておく訳にはいかないだろう。思想が相容れぬのであれば出て行ってもらうまで。只、それだけの事。王としては何も間違ってはいない判断だった筈だが。どうやらこの少年には、その理屈は通じ無さそうだ。
「―――やはり貴方は死んでおくべきだった。魔力湧出点の存在をどうやって知ったのかは分かりませんが、貴方はこの国を救うべきじゃなかった。そうすれば貴方は玉座に戻る事も無く、死んだのに。どうしてですかアルドさん? なあどうしてなんだアルド? どうして彼女を追放した? 彼女の理想何ぞ徹底的に叩き潰し、この僕に縋って生きていくしかないんだと、どうして言わなかった。仮にも地上最強だったお前なら、それが出来た筈だ」
 最早感情の制御が効いていないようで、一人称も口調も、何もかもが不安定になっている。そこで気付いた。彼はもう己の作戦を成功させようとは思っていない。ただ、答えを知りたがっているだけなのだと。
 であるならば、こちらも相応の対応をするまでだ。恋愛の絡む話は少々苦手だが……それでも、今回ばかりは。
「ああ、出来ただろうな。暴力と凌辱の限りを尽くして、アイツの心を折る事は容易かったろうよ。しかし再び尋ねよう、ユラス。お前、さっきからキリーヤの想いを全然考慮していないよな」
「当たり前でしょう! 女なんて所詮男の玩具に過ぎないんですよ! 貴方なら分かる筈だ。たくさんの美女を侍らせて、生きている。お前も本当は僕の言っている事理解出来てんだろ? いつもいつもとっかえひっかえ女抱いてんだろ!」
「それは違う!」
「何が違うんだよ!」
「女性だって『個人』だ! 私達と同じように、考え、動く権利がある! 確かにカテドラル・ナイツに属する皆は美男美女、そう思われても仕方ないだろう! だが、『俺』にはそんな度胸も時間も猶予も余裕も無い! そもそも俺は、初体験すらまだだ!」
 普段なら口にするのも恥ずかしい言葉も、今だけはどうしてか―――息をするように口から流れてくる。女性の事を物としか思っていないこの男に……負けたくなかったから。
「……そもそも、お前なんかにキリーヤが落とせる訳が無いんだよ。アイツは確かにまだ弱い。だがしっかりしている。馬鹿げた理想を掲げた意志、折れる事もあるだろう。しかし、その意志は確実に、仲間を呼んでいる。お前みたいに女性を物としか思っていないような男が落とせる程、劣悪な女性じゃないんだよ。お前みたいな、人の気持ちを一切考えないで自分の気持ちばかり考慮してる奴にはな」
「恋愛ってのはそういうもんだろ! 相手を己の物にする、違うか!」
「ああ、違うな。恋愛とは思いやる気持ち。そして追い続ける心だ……お前の発言を聞く限りじゃ、お前はキリーヤが居なくなった事で全てを失ったと感じたようだな。だから私にも同じ気持ちを味わわせたいと思って、呪いを引き起こした……そんな所だろう。違うか?」
 ユラスの反論が無い事を確認してから、アルドは続ける。
「では尋ねよう。お前は本当にキリーヤを好きだったのか?」
「当たり前だろうが!」
「ほう。ではお前はどうして、大陸を出て行ってまでキリーヤを追おうと思わなかったんだ?」
「――――――え」
 彼の言葉が一瞬躓いたのを、アルドは見逃さなかった。
「本当にキリーヤが好きだったのに、お前はどうして彼女を追わなかったんだ? 私は確かに彼女を追放した。だが、誰にも『追うな』とは言っていないぞ。お前はどうして追わなかった?」
「…………」
「私が答えを言ってやろう。お前はキリーヤの事を好きだったんじゃない。お前は、単純に何かを自分のモノにしたかったんだ。キリーヤは確かに美人だしな。独占したいという気持ちが沸くのも、まあ無理からぬ事なんじゃないかとは思うよ。私は所有される側故に、その気持ちは分からないけどな」
「…………違う」
「違わない。お前の過去に何があったのかは知らないが、とにかくお前は女性に著しい劣等感を抱いている。それ故にお前は彼女を独占したかった。その劣等感を誤魔化したかった。キリーヤが好きだったんじゃない。自分の弱さを認めたくなかっただけだ」
「違う!」
「お前の発言を聞く限りでは恋心が犯した間違いとも言えるが、そんな美しい理由で民衆を殺されてたまるか。お前の動機は、埋めようのなくなった劣等感の暴走、それの直接的要因になった私に対する復讐だ。殺された奴らに至ってはまるで無関係、正真正銘の八つ当たり! お前は何処までも自分勝手に……呪いを発生させて、罪の無い魔人を殺したんだ」
「ちがああああああああああああ―――――ァ!」






「それ以上、耳障りな声を出さないでください」






 その声と共に、ユラスの胸から鋭い物体が突きだした。背後にはいつの間にか『蝙』が立っており、どうやらユラスの胸から突き出しているのは、彼女が持っている槍のようだ。ユラスは一度大きく吐血した後、糸の切れた人形の様に項垂れて、動かなくなった。
「ネルレック……」
「彼の処理は私がしておきます。アルド様はご帰還ください」
 彼女は槍を突き刺したままユラスを持ち上げて、城内の方へと戻っていった。
 愛を錯覚し、己の虚言に惑わされた男の結末は、それまでの犠牲者の死をあざ笑うかのように、あっけないものだった。




 





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