ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

己が剣を信じて

 襲い来る剣戟を紙一重で回避。脇腹を抜けて一文字に斬り払うと、『それ』は強烈な破砕音と同時に停止。絶命した。その勢いを殺さぬままに、アルドは目の前で武器を構えているそれに強烈な飛び膝蹴りを放ち、『それ』の頭部を破壊。瞬間、背後に感じた新たな気配に対応する為、壁を着地点に利用してすかさず反転。袈裟斬りにしてみせる。
「アルド君ッ! これって一体……!」
「黙っていろ。直ぐに片付く」
 この敵が増えれば増える程、洞窟は安定感を失い、やがては崩れ去るだろう。早い所突破口を切り開いて脱出してしまえばそれで良いのだが、今回の敵の特性を考慮すると、そう簡単な話では無い事が分かる。あの時、話を後回しにして脱出していれば……








 洞窟の先には、書物で見た通りの魔法陣が広がっていた。湧出している魔力は陣の中心点で小さな極光を形成するくらいは膨大であり、まともな者がこれに触れば、魔力の過剰摂取により死亡する事は明らかである。書物によると、確かこの魔法陣から軸となっている五つの詠唱文だけを消し去れば陣は成立しなくなるらしいが、恥ずかしい事に、その詠唱文は忘れてしまった。通常であれば、再びあの書物を取りに行かなければならないので、二度手間処の話では無いが、アルドに限っては何の問題も無い。どんな複雑な陣形であろうと、それの消去方法がどれだけ複雑であろうと、そこに王剣を突き立ててやれば、全ては解決する。『皇』も生前は似たような用途で使っていた事が多かったし、実はこういう使い方が、王剣の本来の使い方なのかもしれない。フルシュガイドの宝物庫にあった万能鍵みたいなモノだ。
 極光を貫くように王剣を突き立てると、あらゆる過程を無視して極光は消え去り、陣形は震えて自らその形を崩壊させる。魔力湧出点、消去完了だ。これで供給点を失った呪いは力を失って、やがて完全に消滅する事だろう。後は立ち去ってしまえば一応事件は解決だが、その前に……
「ネルレック。起きろ」
 傍らで死んだように眠っている彼女には、事の詳細を尋ねなければならない。肩を掴んで軽く揺さぶるが、かなり深い眠りに入っているようだ。殴れば目覚めそうだが、流石にそんな事は出来ない。仮に目覚めなかった場合、もう一度殴らなければいけないし、それは効率的じゃない。だがこのまま揺さぶっているだけでは起きるのにも時間が掛かりそうだし、確実に彼女を起こすのであれば、方法は一つしかない。
 アルドは彼女の耳元近くの壁を全力で蹴り、一部を破壊した。『蝙』たる彼女からすれば凄まじい破砕音が響いた事だろう。現に今まで眠っていた彼女は反射的に飛び起きて、音の発生源から全力で後退した。
「目覚めたようだな。どうだ、気分は」
「……アルド、様?」
 彼女はどうして自分が目の前に居るのか、理解出来ていないようだった。自分が無力化したとはいえ、陣形の崩壊などお構いなしに後退した彼女の動きから、ネルレックが犯人という線は殆ど消えた。加えて、彼女は自分がどうしてここにいるかも分からないようで、不安そうに両手を握りしめながら、周囲を見回していた。
「ここは一体……何処なんですか?」
「ここは魔力湧出点。呪いの発生源と言い換えればいいのかな。さて、ネルレック。単刀直入に聞くぞ、今まで何をしていた」
 そこまで距離がある訳でも無いのに、彼女は何時まで経っても帰って来なかった。そこにはちゃんとした理由がある筈で、だからこそ彼女はここに居る。アルドの真剣な瞳に、ネルレックもようやく事態を察したようで、自らの身に起こった出来事を、静かに語り始めた。
「それが……恥ずかしい話、何が起きたかは私も理解出来ていません。アルド様の命を受けて、向かおうとした所までは記憶にあるのですが、急に意識を失って」
「急に意識が……? ああ、そうだ。お前、宝物庫のリストを持っているらしいな。貸してくれ」
「リストですか? 構いませんが、どうして」
「それは城に帰ってから説明するとしよう。今は何も聞かずに貸してほしい」
 彼女が犯人で無いのなら、断る理由がない。差し出されたリストを受け取ると、失くさない様にアルドはしっかりと自らの宝物庫に投げ込んだ。犯人に繋がる手掛かりに成り得る数少ない物品を盗られる訳にはいかない。たとえ誰であろうとも、絶対に。
「さて、魔力湧出点を潰したんだ、大帝国の方も元に戻っているだろう。取り敢えず帰る―――」
 身を翻し、出口へと向かおうとした、その刹那。アルドは強引に身を翻し、ネルレックを抱き寄せた。
「え―――」
 ネルレックからすれば突然抱きしめられて、訳が分からなかったが、アルドの目線に沿ってみれば、その理由も理解出来る。
 自分の背後には、いつの間にか石で構成された怪物が剣を構えていた。その奥の壁がすっぽり抜けているのを見る限り、どうやら壁から生成されたようだ。もしもアルドが抱き寄せてくれなかったら、自分の首は既に刎ねられていただろう。
「恐らく、湧出点が潰された際の保険だな。たとえこの計画が失敗しようが、それを失敗させた奴だけは葬り去ろうという考えなんだろうが」
 犯人の唯一の失敗は、嵌まった人間が自分だったという事だ。御伽噺だ何だと言われようが、この身は間違いなく百万の敵を葬り去った英雄。この程度の罠は自分にとって何でもない。
 アルドがどう対応するべきか決めかねている内に、壁からはどんどんと同じような怪物が作られて、その数を増やしていく。一体、十体、百体、千体。作られれば作られる程、洞窟は崩れていく。何体でも相手にするくらいの覚悟はあるが、最終的に洞窟に圧壊されてしまうのは望ましくない。自分は何ともなくても、ネルレックが死んでしまう。
 何にしても長期戦に持ち込まれればこちらの負けだ。今は一刻も早く、この場を離れなければ。










 この怪物には知性があるのかもしれない。明らかにこの怪物の集団は、戦う事に慣れ過ぎている。自分達が一刻も早く外に出たい事を理解しているのか、怪物は通路を塞ぐように沸き続ける。当然通路の壁が使われれば安定性は失われ、やがて壁は崩壊し通路を完璧に塞いでしまう。加えてその剣速も決して遅い訳では無いので、雑に戦えば負傷は免れない上に、突破出来るかは怪しい。今の自分の体の状態を考慮しても、ここは無傷で通り抜けたい所だが、どうしたものか。
「アルド……君。私を置いていけば抜けられるんじゃないのッ?」
「抜けられる―――がッ、犯人でも無いお前を置いていく等、それこそ私の本意ではない。ここでお前を見捨てて無様に生き抜くくらいなら、ここでお前と共に散ってしまった方がまだましだ。無論、散るつもりは毛頭ないが」
 全方向に敵が居る。彼女を抱きしめながら戦っている以上、如何に自分と言えど反応速度には限界がある。今は何とかなっているが、これ以上数を増やされると、少しだけ厳しいかもしれない。
「―――やるしかないな。ネルレック。十秒の間、こいつらの相手を頼めるか?」
「え…………」
「以降私は、お前を守るべき存在ではなく、共に在るべき仲間として扱わせてもらう。頼めるか?」
 振り下ろされ剣を巻き込んで胴体を両断。切り離された上半身を素早く剣で打ち放って、遠方の怪物を吹き飛ばす。柔軟性の無い怪物は仰け反るという事も無いので、安心して背後の怪物ごと貫く事が出来る。挟撃されるのも困るので、貫いた後はそのまま体を縦に両断して、一回転。周囲の怪物の首を刎ねる。
「どうなんだ、ネルレックッ」
 いつの間にか背後まで迫っていた怪物を肘鉄で粉砕。身体を捻転させると同時に足を斬り払い、怪物を行動不能に追い込んでやると、動けなくなった怪物は用済みになったとばかりにその動きを永久に停止させた。どうやら動けなくなるだけで怪物は死んだとみなされるらしい。それならば話が早い。背中に隠れていた怪物も、自分の真横に居る怪物も、足を斬り払ってしまえば死んだとみなされる。そうすればこの様に障害物として残り、生成され続ける怪物への抑止力にもなる。
 恐らく、これがアルドに作れる最後の機会。これを逃せばもう機会は訪れないだろう。
「…………承りましたッ」
 ネルレックがアルドの胸から飛び出し、進行を妨げられている怪物たちへと飛び込んだ。いつのまにか彼女の手元に握られていたのは、力を加えるだけで折れてしまいそうな程細い槍。少しでも逸らされれば、石で構成された怪物に傷を付ける事すら出来なさそうだが、そこはネルレック。怪物の頭部を次々と貫いていく。
「超越せしは我が理。聞くべき、世界の法よ。黄金郷より生まれし我らが剣が、汝に命ずる」
 王剣を握りしめて、アルドは詠唱。言語は解け、解放され、交差し、並行し、混合する。際限なく広がる黄金の輪はやがて万華鏡のように鮮やかな陣となった。
「我らが地は所狭く、わりなく、災厄廻れり。故に、我らが剣、汝におきつ。我らをあべしかたに帰せど良し。さあ、王の号令は下りき―――帰せ!」








 彼は僕達にとって、理想の王様だった。その圧倒的な強さは、僕達に一縷の希望を見せてくれた。でもそれは、僕にとっては最悪のモノだった。
 希望何て無ければ、僕はきっと幸せになったのに。
 希望何て生まれたから、彼女はきっと振り向いてくれたのに。
 全部。全部。彼が悪いんだ。彼が、アイツが、あの男が…………






「……うおッ、師匠ッ?」
「…………ツェータ?」
 次に視界が開けた時、アルド達は洞窟の出口に立っていた。いや、立っていたというより、壁に凭れていた。巻き込まれた形で一緒に転移したネルレックに至っては、打ち捨てられたかのように倒れている。少々強引に飛んできたが、どうやら成功したようだ。
「随分と直りが早いんだな。私の見立てでは、数時間は眠っていないと駄目だと思ったんだが……無理をしてきた訳では無いよな」
「当たり前だろ! 一応今までずっと意識はあったし、先生が数時間は眠っていないと駄目だと言ったから、最初は大人しく眠ってたさ。でも眠ってろって師匠が言ったのは、疲れが取れないからだろ? つまり裏を返せば、疲れさえ取れれば動いて良いって事だ」
 呆れた理論である。アルドは思わず額に手を当てて、頭を振る。本当にもう、彼自身の底力があるから何とかなっている感じが凄い。他の人には絶対に通用しないだろう。
「……まあ良いさ。取り敢えずついてこい。全てを終わらせるとしよう」

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