ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

一撃必閃

 この怪物の特性は主に二つ。あらゆる攻撃の空間伝播と、異常なまでの再生力だ。二回目の攻撃の際にディナントが軽く傷つけたが、傷が発生したと同時に完治してしまった。自分達の周りにも異常な再生力を持つ者は存在したが、この怪物のそれは比肩するまでも無い程に強力である。
 だが、三回目までひたすら観察に徹したおかげか、フェリーテには突破口が見えていた。
「四度目の攻撃が来るぞ、しっかりしろ」
 剣の執行者の声をかき消すように、遮覆蛇は体を鞭のようにしならせて、大陸を薙ぐ。フェリーテが妖術で動きを止めに掛かるが……やはり駄目か。何度か試してはみたが効果が無い。妖術がこの様子では、『骸餓』を使ったとしてもきっと効果は無いだろう。あれはあらゆる力に後だしで対応する切り札だが、決して出力が変わっている訳では無い。故に、純粋な力と大きさには何を後出ししても結果は変わらないのだ。
「ディナントッ!」
「…………ヌゥッ!」
 怪物との圧倒的な体格差をものともせず、ディナントは攻撃を受け止める。
 彼こそがこの蛇を討伐する際における最重要人物だ。彼は元々自分よりも強大な怪物と戦う事に慣れている。彼が居るからこそフェリーテは突破口を編み出せたと言っても過言ではなく、もしも彼が居なければ、この蛇を倒す倒さない以前に終わっていただろう。
 攻撃の余波で周辺の地面がめくれ上がったが、もう一つの特性である『あらゆる攻撃の空間への伝播』は、自分が妖術で抑え込んでいるので問題ない。後は他の者次第だ。
「竜の劣化如きが、俺様達の大陸を荒らしてんじゃねええええええええええええええええぞおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
 動きの止まった胴体をユーヴァンが爪で引き裂いて、その鱗すらも容易く溶かし、内部を焼き切る。本来であれば負傷と同時に回復する再生力が、今度は働かなかった。そう、ディナントの次に重要なのがこの男、ユーヴァンだ。彼無くしてはこの蛇は完全に殺せない。彼の操る焔だけが、怪物の生命力すらも焦がして殺す事が出来る。
 ユーヴァンは改めて爪を突き刺して、力のままに強引に怪物の横腹を引き裂いた。彼の爪に射程は存在しない。接触していない筈の場所でさえ、同様に焼き切って確実に殺す。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 遮覆蛇は全身をうねらせようとするが、ディナントの膂力の方が未だ上回っているようだ。その頭部だけが加減知らずに暴れている。
「……不味いな。来るぞ!」
 その言葉から程なく、怪物の頭部がこちら側に襲い掛かってきた。同時にこちらの存在を感知した触手が、一斉にフェリーテ達に伸びてくる。百本や二百本では済まされない触手には、恐らく体の一部を掴まれた時点でこちらの負け。あの触手の反応速度を考慮すると、一本でも引っかかった餌があれば、残りの触手もそれに食いついてくるだろう。そうなってしまえば助けるのは困難処か、むしろそれを利用されて残りの者も全員捕まる可能性が高い。だがあれだけの量を全て捌き切れるのか……不安ではある。
 いや、やってみるしかない。フェリーテは鉄扇を開き、襲い来る触手へと暴風を叩きつけた。あの触手一つ一つに意思があるとは思わないが、高い機動力がある時点で、この攻撃は中々の効果を見込める筈だ。何も攻撃を全て捌く必要はない。攻撃自体を封じてしまえば、その意味は無くなるのだから。自分の予想通り、暴風に押された触手は他の触手とぶつかり合って、絡まり合って、自分達の所へと来る前に、移動を停止した。注視すると触手は何とか抜け出そうと蠢いているが、一本が余計な動きをすれば他の触手が更に複雑に絡み合う。それを嫌って他の一本が動けば、それ以外の触手が更に複雑に絡み合う。なまじ機動性が高いせいで起きた状態であり、これを抜け出すのは至難の業だろう。仮に抜け出す事が出来たとしても、その前に切るので問題ない。
 触手が機能を停止させても頭部は構わず突っ込んでくるが、的確に投げ込まれた斧に左目を傷つけられ、遮覆蛇は軌道を逸らして退避する。トゥイ―二―だ。
「俺が守るんだ……俺がッ! この大陸を!」
ユーヴァンとディナントが居なければこの戦いは成り立たなかったが、彼女は彼女で何とか役に立とうと頑張ってくれている。その証拠に、傷が残る残らないに関係なく、彼女は生物の弱点に攻撃を放った。
 無敵はどんな攻撃も効かないが、再生は攻撃こそ効くが傷は負わない。言い換えれば、攻撃が効いた事実に変わりはないという事。それこそがこの蛇と戦う上で心に刻んでおくべき事だ。おかげで傷こそ治ってしまったが、そこに攻撃を受けた事で遮覆蛇は退避。チロチンが罠を起動するには十分すぎる猶予が生まれた。
「良くやった、トゥイ―二―。……じゃあ、そろそろ仕留めるぞ」
 チロチンが軽く笛を鳴らすと、地面から巨大な鉄槍が出現。怪物の鱗を容易く貫いて、その身を地面へと繫ぎ止めた。それを皮切りに鉄槍が二個、三個。怪物の体に沿うように、その体を貫いていく……
「―――不味い。フェリーテッ。飛べ!」
 チロチンの声が発されるも、既に背後からは獲物を根こそぎ刈り取らんとばかりに蛇の尻尾が地面を抉り取りながら近づいてきていた。すっかり頭から離れていたが、蛇には胴体の他に頭部と、尻尾がある。胴体は完全に繫ぎ止め、頭部は一時的に押し退けたが、尻尾はこれと言って何もしていない。それを利用されても、それは只こちらの警戒が緩かっただけの話。周囲を完全に囲まれて逃げ道を断たれたとしても、文句は言えない。
 距離にして既におよそ三歩。声に応じるままに妖術を発動させたが、これでは間に合わない―――
「ユケッ!」
―――移動はどうにか間に合った。ディナントがすんでの所で割り込み、尻尾を受け止めてくれたのだ。しかし衝撃伝播を打ち消すのを中断してしまった事で、フェリーテ達は余波の影響を諸に受けて吹き飛ばされる。涼しい顔をしながら立っているのは剣の執行者だけだ。
 強く頭を打ったフェリーテに、チロチンが手を差し伸べる。
「大丈夫か、フェリーテ」
「ああ、チロチンか……お主は大丈夫なようじゃな」
「こんな巨体を相手にするのは初めてで、少しやりづらさはあるが……まあ、罠は発動した。後は仕留めるだけだ」
「丁度経験者も居るしな」言いつつチロチンの見遣る方向に視線を合わせると、ディナントの全身から赤い蒸気のようなモノが立ち込んでいた。鮮血にも似た鮮やかな蒸気は、ディナントの両腕、主に蛇の体を掴んでいる五指に集中していた。
「フェリーテニ…………傷ヲツケルナ!」
 ディナントは片手を怪物の下に滑り込ませて、その場で大きく踏み込んだ。すると、怪物の体が軽々と打ち上げられて―――次の瞬間。
「ヌオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 重力に従って落下してくる巨体に、僅かの恐れも抱かぬ一刀が、鈍色の鱗をも砕いて叩き込まれる。切り落とされた尻尾はその場で激しくのたうち回ったが、即座にディナントに拳を叩き込まれて飛散。周辺の地形に真っ赤な肉片が飛び散った。焼かれた訳でもないのに、その部位から再生の兆候は見られない。
 その圧倒的な光景に、他の四人は少しの間呆然としていたが、ディナントに止まる気配は見られない。刺し貫かれて身動きの取れない胴体を道に、彼は遮覆蛇の顔へと駆け出していった。呆然としていたトゥイ―二―も、その後を追うように、走り出す。
「元気が全く良い事で……さてフェリーテ。やりづらい気持ちを感じるのは分かるが、俺達が今度は何をすべきかは分かって居るよな?」
「……勿論じゃ」






 見据えるは怪物の顔。狙うは一撃必殺。我が一刀は主の料にあり、かかる怪物なんかに遅れは取らず。鬼の契りを立てし己に、さる失態は許されず。
 フェリーテのお蔭で、触手は殆ど機能停止に陥っている。あの程度の塊がこちらに襲い掛かってこようと、今の自分の前では無意味も同然。
 これがディナントの技『血肉蒸発シシビラキ』。自身の血肉を力に変換し、鬼としての怪力を何倍にも底上げする能力だ。これを使用している間の自分の筋力はアルド以上。何倍もの体格差がある相手にすら、遅れは取らない。
 そんな存在が近寄ってきて、何もしない蛇ではない。絡まった触手を自ら落とし、持ち前の再生力で改めて触手を自生。先程よりも数を増やした触手が、身体を駆け抜けるディナントへと迫る。
「ソノテイドデ ワタシヲ トメラレルト オモッテイルノカッ!」
 速度は緩めない。躱せそうにない最低限のモノだけを切り落とすだけに止めておけば、後は背後のトゥイ―二―が何とかしてくれる筈だ。自分が今すべきはこの怪物の頭部まで駆け抜けて、一刀のもとに切り伏せる事。只それだけ。余計な事は考えなくていい。
「俺に触手は効かねえよ!」
 背後ではトゥイ―二―がその身軽さを利用して触手を相手に見事な空中戦を広げていると見た。となれば、この身は今や誰にも追われていない。気にするべくは自分の目の前から生えてくる新たな触手のみ。どうやらこの怪物、何としても自分を頭部まで到達させたくないようだ。一度足を止めて身構えるが―――視界の端に写り込んだ存在を認識して、ディナントは再び走り出す。




 そのまま突き進め。ディナント。お主を阻む存在は全て妾とチロチンがどうにかする。




 その言葉を信じて駆け抜けると、不思議と体が軽くなったような気がした。心なしか駆ける足は風の様に、あらゆる場所から生えてくる触手を置き去りにして、ディナントは遂に頭頂部へと達した。
「ディナントォォォォォッ! 俺様からのプレゼントだ、偉大なる竜の焔を受け取るがいいッ!」
 跳躍すると同時に、『神尽」を真上に放り投げる。自分の真上では先回りしていたユーヴァンが、吐き出した炎を『神尽』の刃に上乗せしていた。
「コレデ…………!」
 ディナントが両手を掲げると、弧を描くように落下する刀は、まるで吸い込まれるかのように所有者の手元に着地して―――しっかりと、握り込まれた。
「――――――終わりだ」
 全身全霊一撃は、どうしようもなく確実に、遮覆蛇の頭部を焼き尽くした。












 

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