ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

思考構築 弐

 カシルマを探している最中も、アルドは決して思考は止めない。何か見落としている事はないか、何かが繋がっているのではないか。常に考え続けている。彼が何処にいるのかは大体の見当がついているし、せっかくだからこの辺りで思考を整理しよう。
 その前に確認しておくが、まだまだ情報自体は足りていないという事だ。カシルマを見つけ次第魔力湧出点の探索をするつもりだが、それにしても情報が少なすぎる。それではこの国に広がる呪いを解く事は出来ても、この国に呪いを広げた犯人が分からない。王としては、平和に終わらせるにはそちらの方がいいのだろうが、それは根本的事態の解決には至っていない。姑息な手段と言う他は無いだろう。そして後回しにした問題は、いつかきっと大きな負債を抱えながら再び自分の元へと帰ってくる。結局、一番被害を少なくするにはここで犯人を暴き出す以外には無いのだ。自分の視野が狭かったばかりにもう何百人、何千人以上も死んでいる。これ以上の被害を出さない為にも、犯人はここでしっかりと裁いておかねば。
 まず一つ。宝物庫にあった筈の道具はどうして無くなっていたのか。一応補足するが、既に分かり切っている事から始めるのは整理の基本だ。それで、どうして無くなっていたのかだが……犯人が既に奪ったから。そう考えるのが自然だろう。犯人は予めアルド達が欲する武器を奪ったのだ。壊すのは尋常な手段では無理だとして、何処かに隠したのだろう。それに関しては犯人から吐かせないと分かりようが無いが、どうして犯人が予め知る事が出来たのかという事は説明出来る。
 そう、ここで重要なのはエニーアが遺した手紙だ。あれはアルドに向けられた手紙だが、当の彼女が死んでしまった以上、その気密性には脆弱性が生まれてしまった。故に誰がその手紙を読んだとしても、誰も文句は言えないし、言わない。だからあの手紙は、アルドが読む以前に既に誰かが読んでいたと考えていい。折り畳み方からも、その可能性は濃厚だ。
 本当は、この最後に犯人が誰かという最終推論構築を始めたかったのだが、如何せん情報が足りなさすぎる。あの本の情報を信じるのであれば、湧出点から犯人を割り出す事は出来なさそうだし、そもそもここまで痕跡を残していないという事は、犯人はずっと前からこの作戦を計画していたという事にもなる。あの本には、『魔力湧出点はその場所で作ればいいだけで、後は自分の魔力と湧出点を繋げればいい』とも書かれていたので、魔力湧出点の近くに犯人が潜んでいるとも考えづらい。やはり犯人はこの城内の中に居る。少なくとも、湧出点を作ってそれを利用した以上、この大陸の何処かには居る。しかしながら魔力湧出点は決して独学で容易に作成出来る代物でもないので、やはり城内に居ると考えた方が自然か。もしも城内に居なかったのであればお手上げだが、そもそも独学でそれを作れてしまう程の猛者をアルドが耳に入れていない訳が無いので、有り得ないとしておこう。今は可能性が低い事柄はどんどん潰していく。
 ……整理できる情報はこのくらいだが、何か導き出せるか? アルドはまだ何も閃いていない。自分より先に手紙を読んだ人物も分からないから、宝物庫からモノを奪った人間も分からないし……当然ながら魔力湧出点を作った人間も―――
 いや。待て待て。そもそも、犯人は一人なのだろうか。今までの事例からすっかり一人だと思い込んでいたが、仮にこれが複数人によるモノだったら、何か変わる……のか? 何も変わらない? いや……一旦落ち着け。自分は見えている情報に囚われすぎている。補足もされていない不完全な情報に戸惑っているだけだ。一度大きな深呼吸をして……そう―――


 例えば、本当に宝物庫から無くなったのはエニーアの手紙に書かれていたモノだけなのか?




 今回の手掛かりは、本当にそのまんまの手掛かりなのだろうか。何か裏の手掛かりを隠す為のミスリードなのではないだろうか。そうとでも考えないと、何の結論にも辿り着かない。まだまだ情報不足なのは認めるが、それでも手掛かりを手掛かりとして使う事は控えた方がいいかもしれない。ここまで全く正体の知れない犯人だ、それくらいは用心しても損は無いだろう。いやはや、本当にここまで見当すらつかなかった事なんて久しぶりで、何て言ってしまえばいいのかが分からない。
「……ふむ」
 どうやら、カシルマを見つけるよりも先に、王様の所へと寄っておいた方が良さそうだ。まるで今そう思ったかのように言ったが、大分前からその足はリルティの居るであろう場所へと歩みを進めていた。
「通してくれ」
 言いつつアルドは再び階段を上り、遥か上に存在する扉を目指して歩いて……いても何も進展しない処か時間の無駄なので、駆け出した。扉は勢いでこじ開けたが、そんな入り方をされれば誰しも驚くというモノ。特にリルティは、何事が起きたのかとばかりにこちらを見つめていた。
「アルド。何故ここに」
「少し見せてほしいモノがあってな、お前に尋ねたい。宝物庫に存在する宝物のリスト、あるか?」
「……そんなモノを見てどうする」
 流石に理由もなしには求められないか。彼が犯人だった場合も考えるとあまり情報を後悔したくは無いのだが……いやいや。そもそも彼が犯人であれば理由なんて求める前に拒否、または嘘をついている筈だ。
 ……思考が、まるで纏まらない。どんなに頑張っても一本の線に繋がらない。
「宝物庫にある宝物が強奪されている恐れがある。持っているのであれば、リストを渡してはくれないだろうか」
 ここでハッキリする筈だ。新しい情報は新たな線を生み出し、足りない直線を補ってくれる。拒否するようであれば彼はやはり何らかの形で関わっている可能性が高いし、肯定すればそれで良し。リルティはその瞳に憂いを帯びさせて、誰に言うでもなく愚痴のように呟いた。
「宝物庫の管理は、ネルレックに一任していたのだがな……」
「え?」
 聞き逃したわけではない。しかしその言葉は、あまりにも許容し難かった。リルティの鋭い視線が、アルドを射抜く。
「吾は何も知らない、という事だ。王には王なりの仕事がある。宝物庫の管理なぞは一侍女にやらせればいいと、そう思ったのが失敗だったのかもしれぬな」
 確かに、ここまで来れば彼女が犯人の可能性だってあり得る。その可能性が絶対にないとは言い切れない。だけど……現状の手掛かりは彼女を示していない。まだ彼女を疑うには早いだろう。それに今、彼女は外に―――外?
 外と言えば、魔力湧出点は外にあると見て間違いない。アルドはネルレックに二人を連れてくるように命じたが、そこまでどういう道程を辿るかまでは指示した覚えがない。もしも彼女が犯人だった場合、魔力湧出点を隠蔽しつつ、命令をこなしてくる訳だが、その場合自分はどうしたらそれを見破れるのだろうか。
「ネルレックは……その表情を見る限りだと、主の方が詳しいようだな。アルド」
「ああ。情報提供感謝しよう。それでは失礼する」










 
 結局、何も変わらなかった、武器を持っている人間を見たとの情報は只の一件も集まらなかったし、王様が杖を持っていたという件も、調べてみれば何の事は無い。単純に、それがリルティの武器だったというだけらしい。この無意味な行動を繰り返していれば、きっと何か収穫があると思ったのに、無意味な行動は何処までいっても無意味だった。だが、その無意味な行動を無意味に続けた事で、見いだせた事は確かにある。
 武器は持ち出されていない。どこかに隠されたのだと。そうでなければここまで情報が集まらないなんて事は無いし、城を動き回っている筈の彼すらも見掛けていないなんて事はあり得ない。つまり、隠された武器は……
 避難した者の視界外でありながら、この城に仕えている者達の行動範囲外にある場所。その条件下で犯人が武器を隠すとするならば、一体何処に隠そうとするだろうか。選択肢は色々あるが、後で戻しやすく、目に付かない事まで考慮するなら、一つしかない。
 カシルマは周囲を改めて見回して、確信するように歩き出した。アルドに情報を共有しようと思ったが、もしかしたら自分を警戒した犯人が場所を変える可能性がある。今は何としても、この仮説の真偽を確かめなければ。






 

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