ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

望んだモノ

「……」
 突然樹木が切り開かれたと思っていたら、アルドが立っていた。二人にはそう見えたに違いない。エルアに逃げる気があれば当然、その感情に対応した表情が見られた筈だが……今のエルアからはそのような感情が見受けられない。見受けられる感情は―――期待? 
 何を期待しているのか分からない。ゼノンの方を見れば何か分かるかと思ったがもっと分からなくなった。何故申し訳なさそうな顔を浮かべているのか。取りあえず、鬼ごっこを続ける気が無い事は分かった。
「……」
 妙な空気が三人の間を漂う。自分は何と言えばいいのだろうか。『無事だったか?』は何かおかしいし、『何をしているんだ?』というのもおかしい。鬼ごっこを続ける気は無いとはいえ、たしかこの後は―――




『ダメダメ! 鬼ごっこの後はかくれんぼやって、だるまさんやって、とにかく一杯いーーーーーっぱい遊ぶんだから!』




 この後予定していた遊びまで続ける気が無いとは言い切れない。二人の表情から分かるのは、鬼ごっこを続ける気が無いという事だけだ。そこまで考慮した上で自分が言うべき言葉は、一つしかない。
「エルア、ゼノン。帰るぞ」
 彼女達に片手を差し伸べて、慣れない笑みを浮かべてみる。途端にエルアは顔を輝かせて走り出し、差し出された片手に抱き付いた。アルドは姿勢を低くして、無警戒の少女を優しく抱き締める。
「つっかまーえた」
「捕まっちゃった♪」
 鬼ごっこを続ける気が無いという事と、鬼ごっこをルール無視で終了させることは同義ではない。なのでアルドは接触でも一部分を掴むでもなく、抱擁をする事でエルアを捕まえた。自分のノリに即座に対応してくる辺り、エルアの性格が窺える。終わり際もしっかりと手順を踏んで。強制終了などという妥協は決して許さない。
「ゼノン」
 殺気は出していないし、言葉は出来るだけ柔らかくしている。負傷も恐怖に繋がる事は分かっているので、王権発動時の自傷痕は治してある。それでもゼノンは俯いて、中々前へと踏み出そうとしない。
「少し持ち上げるぞ」
 エルアを抱き上げて、ゼノンへと歩き出す。彼女はこの遊びとは全く関係ない理由で悩んでいる。現にアルドが近寄っても、彼女は一歩も動こうとしなかった。
「暗い顔は似合わないぞ。お前はもっと底抜けに明るい方が似合ってる」
 アルドは先程と同じようにゼノンの背中へと手を回し、優しく抱き締める。
「何を悩んでいるかは知らないが、大丈夫だ。今は私が居る。お前もゼノンも、私にとっては大切な仲間だ。私が言うのもあれだが、一人で背負い込むのはいけない事だ。どんな話でも聞いてやるし、解決してやる。だから―――笑ってくれよ」
「――――――ごめんね、アルド。私のせいで」
「それ以上は何も言うな。その続きはこの退屈な空間を出てからだ」








 アルドは数分前の発言を酷く後悔した。そんな話だったのならば、あの退屈な空間で済ませておくべきだった。
「お前、なんていう事を……」
 適当に天井を切断して、二人を抱きかかえながら脱出。無事にエルアの家に戻ったまでは良かった。そこまでは何の問題も無かったのだが。
「……ごめん! 本当にごめん! エルアを説得するにはああするしかなかったの!」
 理解したふりはするモノではない。まさかゼノンの悩んでいた理由が、アルドをも巻き込んだ大嘘に起因していたからだなんて。エルアへのプレゼントなど持ってきていないし、それに相当する類の何かをするつもりもない。だがここで嘘だという事がバレると、ゼノンの信用が失われかねない。そしてこの話をする為に外へ出た以上、エルアの期待を裏切る訳にはいかない。ゼノンの嘘通りの事をしなければいけない。
 しかしそんな事を想定できる程アルドは深くない。エルアの欲しいモノなんて分からないし、分からない以上は用意出来ない。用意が出来なければ対処も出来ず、対処が出来ないなら嘘はバレてしまう。
「……解決すると言ったのはこちらだ。何とかしよう」
 そう言ってアルドは、虚空から片手サイズの物体を取り出す。暗い色で統一された四角い物体は、角の先から一本黒い線が伸びている。使い方は確か……黒い物体を口元に近づけて、横を軽く叩くのだったか。
『……どうした、アルド』
 出し抜けにそんな声が聞こえたモノだから、アルドは思わず周囲を見回してしまう。
『まさか我がここに居るとでも思っているのか。まあ無理ではないが、そこには居ない。ここだ』
「……声だけ、という事か?」
『そういう事だな。それで、これを使ってきたという事は、何か不測の事態が起きたのかな。成り行きからプレゼントを渡す事になったけど元々そんなつもりはないからプレゼントなんて持ってきていなくてでも持って行かないと連れの信用が失われてしまうからどうにかしてプレゼントを用意しなければいけないけど共有宝物庫にそれに値する物体は無いと分かっているから仕方なく我に助けを求めに来た……とか?』
 言葉を全て奪われた。こちらから言うべきことはない。流石は剣の執行者だ。一人で問答を解決させてしまった。
「―――で、どうすればいい?」
『ふむ……まあ、何も準備出来ていないなら仕方ないだろう。しかしその前に質問だ―――お前は、己の愛を操る事は出来るか』
 要領を得ないアルドに、剣の執行者は呆れ気味に続けた。
『お前が多方面に向けた愛。それは無差別的という訳ではないだろう。お前はお前なりにそいつらと向き合って愛を持った、その結果だ。だが今、それは不都合だ。とんでもなく不都合だ。だからその愛を一時的に、集中させる事は出来るか、と聞いている』
 愛、か。確かにアルドは色々な人物と出会い、彼らに対して愛を持ってきたと言えるかもしれない。それはナイツは勿論の事、キリーヤやエリ、フィージェント、果てはアルドにその身を捧げたエニーアまで。敵対していようと何だろうと、アルドは彼や彼女に確かな愛を持っていた。
「愛を集中とは具体的にどういう事だ?」
『ん? 簡単な事だ。数分だけでいい、お前が愛を持った全ての人物を忘れろ。そしてその愛をそいつだけに向けろ。そして―――』








「あ、アルド! 何してたの?」
「ん、ああ……いや実はな、お前にプレゼントがあるんだ」
 正直な事を言わせてもらうと、今回ばかりは剣の執行者を信用しきれていない。あまりにも提案が酷いというか……あまりにも、あまりにもというか。言葉では表しづらいが、信用に足る提案ではなかったのだ。
 だが、最早これ以外に方法はない。事態がどう転がるにせよ、ゼノンが嘘吐きと言われない為には―――
 プレゼントの言葉を聞いて、エルアは直ぐにアルドの下へと駆け寄ってきた。一体何を期待しているのだろう。いずれにしても、彼女にはこれくらいしかあげられない。
「本当は物をあげたかったんだが、ここ最近お前の所に来なかっただろ。だから欲しいモノが何なのかってのを考えていたら持ってこれなかった。本当に申し訳ない。お詫びのつもりではないが―――これがお前にあげられる最大の贈り物だ」
 アルドは顎を持ち上げて互いの視線を合わせると、ゆっくりと顔を近づけて……キスをした。












 まさかこんな下らない事で助けを求められるとは思わなかった。あの少女の気持ちを考えてみれば相談するまでもないのに、流石は恋愛が苦手な男。何も分かってはいない。
 しかしあの提案は流石にやり過ぎたかな、とも思っている。本当の所、少女は何を考えても喜んだだろう。好きな人から貰ったモノなのだ、どんなモノであれ、それは嬉しいモノ。嬉しくないとすれば余程汚いか、気味が悪いモノだろう。だからそれこそアルドの大好きな刀剣を上げても良いわけで。それでも自分がキスを提案したのは、単純に事態の解決を遅らせる為である。事態を複雑化させる為と言った方が正確か。
 あそこに時間なんてあってないようなモノ。どれだけ解決を遅らせても問題はない。ではどうしてそんな事をしたかと言えば、単純に意地悪―――もあるが、やはりアルドには分かってほしかった。敵と戦う事だけが戦ではない。味方と向き合う事だけが王ではない。
 敵と戦いながらも味方と向き合い、国を治めるモノこそ真の王。今までのアルドにはそれが足りなかった。だからアルドは玉座を降りる事になった。
 そして玉座を降りた今こそ唯一無二の好機である。アルドにはこれを機に、王とはどういうモノであるべきかを考えてもらおう。魔人の為にも、彼の愛すモノ達の為にも。









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