ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

魔王の本気

鬼ごっこの鬼をアルドにしてしまったのは、ある意味失敗だったのかもしれない。遊びだからと言って舐めていた節もある。だが遊びだからこそ、アルドは本当の意味で容赦をしなかった。草木への潜伏は当たり前。いつの間に作ったのか知らないが、落とし穴からスプリングスネアまで至る所に仕掛けてある。「面白ーい!」とはしゃいでいるエルアと違って、ゼノンは軽く後悔していた。エルアが面白がっている理由については察しがついている。アルドの仕掛けた罠は敢えて大人だけが引っかかるように作られているのだ。だからエルアのような子供が掛かると、空打ちする。即座に破壊して脱出するとはいえ、ゼノンはしっかりと引っかかる。
 落とし穴に関してはそのような配慮は無い筈だが、何故かエルアは落とし穴に引っかからない。ゼノンはしっかりと引っかかる。一体どうしてなのだろうか。
「ほらほらほらほら!早く逃げないと、捕まえるぞ!」
 言いつつ短剣を投擲してくるアルド。これは既に鬼ごっこではない。この短剣……狙いを考えるに、動きを封じる気である。
「ちょっと、アルド―! これ遊びなんだけど!」
「知っている! だが遊びだからと手抜きをするような真似はしない。これは鬼ごっこ、私は鬼だ。ならば、お前達を捕まえるのが仕事であろう!」
 話が通じない。完全にアルドは鬼になり切っている。捕まえる以上の事はされないであろうが、その気迫……鬼迫は、こちらを全力で逃げさせるには十分すぎた。
「どうしたのゼノンッ、早くしないと捕まっちゃうよ?」
「分かってる、分かってるんだけど……!」
 隠れ場所も無い、高低差も無い。そんな場所でアルドが何でもありのルールを適用して追いかけまわしてくる事もそうだが、それ以上に予想外だったのは、彼女の身体能力だ。
 アルドの真似というにはあまりにも完璧すぎる模倣。身体能力からそのスタミナに至るまで全てが同じなど。特異体質を疑うレベルだが、彼女は既に『災憑』なので、それはありえない。これは正真正銘彼女の技能である。
「言っておくけど、これ以上遅く出来ないよ? 流石にアルドに追いつかれちゃうもん」
 遅く……してた? これで? 仮にもゼノンは『猫』の魔人。身体能力の高さにはそれなりに自信があった。だがこんな少女に負けるなんて……正直、少しだけショックである。
―――そういえば、エルアは何の魔人なのだろう。自分は耳と尻尾が特徴的な『猫』の魔人だが、エルアは見た限り普通の人間だ。だがファルソ村は魔人の村。人間であった場合、エルアは迫害を受ける事に……
「ねえエル―――」
「伏せて!」
 手を引かれて体勢を崩す。刹那、二人の上空を通過したのは、両手を伸ばしたアルドだった。アルドは空を掴むと分かるや、受け身を取って身を翻した。
「ふむ……惜しいな。後少しでゼノンを捕まえる事が出来たんだが」
「危なかったねーゼノンッ。後少しでアルドに胸を触られる所だったね」
 アルドがそんな事をしないのは良く分かっている。だがこれも性だ。反射的に胸を遮ってしまう。
「なっ……そんな事をする訳が無いだろう。大丈夫だ、避けられなければ、先程は腰を掴むつもりだった」
 自分を信じていたためか、その行動を見たアルドは、珍しく露骨に動揺していた。その反応に気分を良くしたエルアは、時間稼ぎも兼ねて、アルド弄りを続ける。
「ふーん……ゼノンってへそ部分丸出しだけど、そこを掴むなんて変態だねー」
「違う、違う。 確かにゼノンの格好は猛毒だが、違うんだ。そういう意味じゃなくて……というか、そんな事を言い出したらへそ出しは反則だろ! 私は何処を掴めばいいんだよ」
 たとえ服を着ろと言われても着る気は無い。この方が動きやすいし、何よりこれはアルドへのアピールなのだから。
「うーん、首?」
「首は駄目だ。折ってしまったらどうする」
「じゃあ胸? ほら、ゼノンの胸って、貧しいし」
「貧しかろうとそうでなかろうと胸は駄目だ。さっきの反応を見て、改めてそう思った」
「じゃあ頭?」
「髪は痛いだろう。お前達は女性だ」
 男性でも髪は痛いと思うのだが……後ひどい事を言われたが、気のせいと思う事にしよう。年の離れた少女に貧乳と直球で言われたなんて、そんな事実を認識してしまえばゼノンの精神が持たない。
「じゃあ掴まなくていいでしょ!」
「どんな鬼ごっこだよ! 掴むのが駄目ってどうすればいいんだよ」
「知らない! とにかく、体の一部分を掴むのは駄目ね。私も含めて!」
「お前は目に毒な格好はしていないだろうが! 何で…………ああもう分かったよ。そのルールを適用してやる!」
 子供の頃によくやった、ゲームルールの自由改変。それを適用する道理などないのだが、この遊びはエルアを楽しませるためのモノ。自分をエルアと同じ側にしたのはこういう事か。確かにこんな面倒な負担は背負いたくない。
 掴まずにどうやって二人を捕まえればいいかを考える為、アルドはその場に座り込んで目を瞑った。
「ゼノン、今のうち!」
「え、ええええええ!」
 この時、アルドも。はたまたゼノンも気づいていなかった。掴まずに人を捕まえる方法、それが引き起こす事態に……






 掴まずに捕まえる方法か。縄を使えばそれは掴んでいる事にはならないだろう。だが先程からトラップに引っかかり続けているゼノンが居る以上、直ぐに切られる事は自明の理。届く前に切断されるのが精々だ。
 そうなるとこの身を使うしかないわけだが、それは必然的に掴むという行為になる訳で。何故かエルアにも適用された『何処も掴んでは駄目』というルール。いや、正確には『体の一部分を掴むのは駄目』というルール。
 メグナであれば下半身を使えばいい。そして全身に巻き付いてやれば、身体の一部分を掴んでいるとは言えなくなる。
―――これしかない、か。
 鬼ごっこという遊びである以上、鬼にも勝ち目がなければつまらない。だからエルアはこれ以上のルールは追加してこない。そう信じるならば……
 二人との距離はかなり離れている。アルドの姿が見えようと見えまいと、彼女達は足を止めない。自分が潜伏している可能性を捨てる筈が無いから。だから彼女達に追いつくには、走るしかないわけだが、掴むことは出来ない。
―――不本意、というか何と言うか。
 飽くまでこれは遊びだと言い聞かせなければ、躊躇いが生じる。大丈夫だ。これをするのは保護対象のエルアと『猫』のゼノン。やったとしてもスキンシップとして成立する。仮にこれがナイツ女性陣のいずれかであった場合色々と取り返しがつかなくなるが、大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
「……やはり、恋に対して何も分からないというのは問題だな」
 ナイツ達とのデートも超えて、それなりに慣れてきたと思ったのだが―――女性経験が皆無という特性は、その程度では乗り越えられないという事か。




―――フェリーテ。ここにお前が居たらと今日ほど思ったことは無いよ。






 

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