ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

夢の中で会おう

「……んぅ? んん……んあ………………」
 威力を抑えたつもりは無いが、流石に過去のアルドを真似しているだけはあって、エルアは一時間と経たないうちに意識を覚ました。
「―――あれ、ここは?」
「お前が生やした木を有効活用させてもらっている。それにしても風が気持ちいいな、緑の匂いがするよ」
 燦々と照り付ける太陽の下に、気絶した彼女を放置する訳には行かなかった。家に戻っても良かったが、何故かこの木の下には影が出来ていたので、せっかくという事でここに居る。
 それにあんな狭苦しい家にいるよりかは、風の通る日陰に居た方が良いだろう。アルドとゼノンは木の幹に背中を預けている。日が遮られて、風も通って、背もたれがあって……中々良い。
「……私、負けちゃったの?」
「稽古に負けも勝ちもあるのか? 稽古とはお互いを研鑽し合う行為……まあ、それなりに殺す気でやったが、勝負ではない」
 彼女の真似のレベルが存外に高く、感情が高ぶってしまった事は反省している。途中で冷静になったから良かったものの、あのまま感情が最高潮まで達していたら、持久戦の果てに使用武器の差で彼女を殺していたかもしれない。
 ……リスド攻略時はもう少し冷静沈着だった覚えがあるのだが、いつからこんな風になってしまったのだろうか。ナイツ達は声を揃えて『クールぶっていない今の方が好き』と言っていたが、クールぶっていたつもりなど……無い。と思う。
「むー……やっぱり真似じゃアルドには勝てないんだね」
「勝負ではないと言っているだろうが……まあ、仮に勝負だったとしても、私は負ける訳には行かない。たとえ私の決断が更なる戦火を引き起こしたとしても、その先の結末を掴み取る為に、私は戦い続ける」
「アルドは休みたいんじゃないの? 戦い続けて疲れたんじゃないの?」
 ゆっくりと傍らのゼノンに視線を向けるが、彼女は両手を目の前で振って否定する。アルドの体が既に限界寸前である事など言った覚えがないが、どうやら彼女が漏らした訳ではないようだ。考え続けても答えは出ないと思うので、取りあえず彼女の疑問に答えよう。
「休みたいさ。私という者が変わった時からずっとそう思っている。戦いの無い世界で永久に過ごしていたいと思っている。そんな世界が無いのなら、いっそ死にたいとすら思っている。しかし、それは私の我儘だ。私は魔王であり、英雄だった存在。私は私が思っている以上に周りに必要されているからな。それ故に、休むわけにはいかないのさ。私が必要とされなくなるその時まで、それこそ永久にな」
 そう語ったアルドの手を、小さな両手が握りしめた。エルアは心配するような表情を浮かべながら、アルドへと身体を寄せる。決して意図した訳ではないだろうが、その行動は生きていた頃の『皇』―――リシャと、全く同じモノだった。
「私じゃアルドを休ませられない? 私、アルドやリシャ、ゼノンに助けられて……ずっと思ってたの。何かお礼が出来ないかなって」
「何度も言うが、休むわけにはいかない。しかし、ふむ―――」
 もう何度やったかも分からないぎこちない笑顔。影人でも使わなければ自然に笑う事すら困難を極めたが……今度ばかりは自然に笑えた。
「……いいかエル。私は戦わなければならない、お前達が笑って暮らせる世界を手に入れる為に。しかし、誰も彼も私の事を必要としなくなったとき、私からは戦う理由が消えてしまう。誰も私に期待しなくなったとき、私の存在理由は無くなってしまう。だからお礼がしたいと言うのなら、お前はこのまま元気に生きて、そして私の無事を願っていてくれ。そうすれば私は、少なくともお前の為に戦う事が出来る」
「…………」
「私は―――もう手遅れなんだ。強い奴との戦いを望む事もあれば、戦いなど大嫌いだと心の中で嫌悪して。この無限の苦しみから解放されたいと思う事もあれば、私を大切に想ってくれている者達の為にも死にたくないと思ったり。矛盾だよ矛盾。私は、本当の私は今何がしたいのかなんてとっくの昔に分からなくなった。全部嘘かもしれないし、全部本心かもしれない。それでも共通している事は、大陸奪還は私にしか出来ないという事だ。カテドラル・ナイツも、私だったから集められた。リシャも、私だったから魔王になってほしいと言った。だからこれだけは真実だ―――たとえどんな矛盾した思いを抱く事になろうとも、アルド・クウィンツは大陸奪還を成功させなければならない。大陸奪還の与える影響は大きい。少なからず、お前にも影響するだろう。だから私は絶対に戦いを止めない」
「……絶対に、やめる気は無いの?」
「自分にしか出来ない事があるのにやらないのは怠慢だ。仕事を休みたいと思っても、仕事を休む大人は居ないだろう? 勿論生活の為ってのが大概の理由だろうが、それも言い換えれば『自分の生活を守る』という行為。そしてそれは、自分にしか出来ないだろう。自分の生活を守る事が出来るのにやらないのは死に直結する。それと同じようなモノだと思ってくれればいい」
「―――そう」
 何か冷たく暗い影がエルアの表情を覆った。彼女の両手の力は、先程よりも強くなっていた。遠まわしの拒絶をした事には心が痛むが、嘘を吐く訳にはいかなかった。彼女もそれは理解できている筈。しかし受け入れられないのだろう。アルドの決意は、そしてそうしなければならない現実の過酷さは、一人の少女には重すぎた。
「ね、ねえアルドー。そういう重い話はそこまでにしとこうよ……遊ぶんでしょ?」
「……おっと、そうだったな。さてエルア、稽古は終わったし、休憩ももういいだろう。次は何をする?」
 ゼノンには感謝しなければならない。このまま暗い雰囲気が続いてあの狭苦しい部屋に戻った場合、アルドはきっと地獄を見ていた。後でお礼を言っておこうか。
 エルアは先程の話など無かったかのように、弾けんばかりの笑みを浮かべた。
「……ん、うーんっとね! 次は、鬼ごっこしたい!」
「鬼ごっこ? ……ふむ、では鬼は私がやってやろう。ゼノン、お前も逃げろ」
「え、私も?」
 突如として会話に出てきた事に、ゼノンは驚きを隠しきれていなかった。そして驚きが過ぎたのか、阿呆みたいな顔を浮かべている。
「当たり前だ。言っておくが手加減はせんぞ。全力でお前達を捕まえてやる。尤もこんな草原では隠れるも何も無いだろうから、三分間の猶予をくれてやる」
「やったー! じゃあゼノン。早く逃げよ!」
「えぅ、うえっ! ちょ、ちょっと待ってってばー!」
「ダメダメ! 鬼ごっこの後はかくれんぼやって、だるまさんやって、とにかく一杯いーーーーーっぱい遊ぶんだから!」
 遠ざかっていく二人を眺めながら、アルドは思考を巡らせる。やはりあの時の冷たい影は気のせいか。度重なる異常現象で感覚が麻痺でもしたのだろう。遠目からとはいえ、エルアはとても愛らしい笑顔を浮かべて、ゼノンの手を引いて走っている。不穏な気配は感じない。どう考えても気のせいだ。
「……いぃぃぃぃぃぃぃち! にぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! しぃぃぃぃぃぃぃ―――」
 さて、三分間の猶予がどれだけ自分にとって不利になるのか。  










 












 

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