ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

創夢の世界

 村が見えてきた頃、周囲の景色はアルドの知るモノとは全く違ったものになっていた。現実味の感じられぬ藍色の空に浮かぶ虹霓。一向に動かない太陽と雲。何よりおかしいのは、地上に影が無いという事だった。光源が存在するのであれば、必然光の当たらぬ場所……例えば家の裏や森林の中には影が生まれるモノだが、それがない。光が物体を貫通しているのか知らないが、何にせよおかしな事だ。異常気象と一括りに出来るモノではない。これはもう異常現象に入る類の光景だ。
「……何、これ」
「ゼノン。お前が最後にアイツの元を訪れたのはいつだ?」
「うぇ? うーん……二日前ぐらいだったかなー」
「ではその時に景色はこんな風になっていたか?」
「なってないよッ。人が攫われている事に目を瞑れば普通の景色だった。影だってあったし、こんな空じゃなかったし」
 ではたった二日でこんな事に……? 考えられないことは無いが、影響力の広がり方が尋常ではない。ここまで現実との差異が広がっているとなると、ここはもう現実ではなく亜現実。結界と言っても良いだろう。
「お前達、何か体に違和感とかは感じる―――」
 振り返って、アルドは言葉を失ってしまった。先程まで一緒に居た三人が、忽然と姿を消してしまったのだ。
「―――何?」
「……え、何どうしたの? って―――」
ナイツに匹敵する実力を持ったオールワークが居る以上、下手な魔術では誰一人として転移は出来ない。それどころか転移を反射されてこちら側に引きずり出されるのがオチなのだが、実際はそれすらも起きずに三人が同時に姿を消している……一体どういう事だ?
「……ゼノン。何でもいいから魔術を使ってみてくれ」
「え、いいけど」
 ゼノンが指先に火を灯そうとして人差し指を立てた……
「あ、あれ?」
「どうした」
「点かない! 魔力が外に出せないよ!」
 意味も無く指を振って、どうにかこうにか火を灯そうとするが、待てど暮らせど一向に火は点かなかった。しかしながら魔力だけはきっちり消費されているようで、暫くするとゼノンの片腕から力が抜けてしまった。
「もう無理―――なんかおかしいよー。何もしない分にはさっきと何も変わってないけど、魔術を行使しようとすると魔力だけ持ってかれる……只指に火を点けるだけでこんな魔力を消費する訳ないのに……」
 彼女がそこまで言うからには、これはもう魔力濃度の濃淡で片付くような問題ではないのだろう。魔力を持たない自分にはまるで関係のない事だが、魔力だけ喰われて魔術が発現しないなんて聞いた事が無い。以前も言ったが、魔力濃度が薄かろうと魔術が使えない事は無いのだ。上位までは何の問題も無いし、それ以上にしても体内から魔力を多めに使う事になるから使うような馬鹿は居ない、というだけで使える事は使える。
 魔術が発現せずに魔力だけ消費される訳では決してない。そんな事はたとえ魔力濃度がゼロであろうともあり得ない。
「――――――もしかして、この場所」
「……え、何? 何か分かったの?」
 常識を捨てて考えろ。そもそもこの場所は亜現実。現実の常識が通用する道理はない。現実ではあり得ないような事も、この場所ではきっとあり得てしまう。逆に考えろ。現実であり得ない程、この場所においては最もあり得るのだと。
 影のあるべき所に光があり。動くべき物体は静止している。導き出される結論は一つしかない。
「魔力濃度がマイナスなんじゃないか? いや、それだけじゃない。そもそもこの世界、性質が反転してるんじゃないか?」
 そう考えればこの景色にも消えた三人にも説明がつく。影があるべき所に光があるのも、動くべき太陽と雲が静止しているのも、そこに居るべき三人が居ないのも、全ては反転しているから。先程の魔力濃度の変化などはこの亜現実の性質の影響を受けつつあったのだろう。
 つまり影響を受けた三人は反転。アルドとゼノンは共に影響を受けない例外だったので、結果として三人とは別れる形になってしまった。こんな所だろう。
「性質が反転してるなら存在するべきアイツらが消えたのも頷ける。そしてアイツらの視点から見れば、私達二人が消えた様に見える訳で」
「……つまり?」
「この騒動を解決しないとアイツらとは永久に出会えないという訳だ」
 魔力消費で疲労しているゼノンに目配せをしつつ、アルドは記憶から『災憑』の情報を手繰り寄せる。


『災憑』。魔神召喚の儀式により呼び出された悪魔を体内に宿した者の別称。儀式自体は悪魔を体内で制御して、力を得るという目的から行われることが大半だが、大抵『災憑』は悪魔を御しきれずに体を乗っ取られて暴走してしまう事が大半である。


 ではエルアはというと、『災憑』には珍しく悪魔と共存する事に成功した貴重な魔人―――正確には、悪魔の力をアルド達が削いだので、悪魔が『共存』という形で妥協しただけだが―――で、病弱であることもそうだが、彼女自身が生まれた時から『災憑』だったという事もあって、彼女は村から出る事を許されていない。あの村がそれを許していない。一言で言えば、彼女は特別な『災憑』という事だ。
 厳しい? いやいや、悪魔との共存とはそれ程までにありえない事例。むしろ優しすぎるくらいだ。あの村は彼女を縛ろうとしているのではなく、守ろうとしているのだから。
―――この反転世界までもが彼女の望んだ事だとは考えたくない。きっと悪魔が力を取り戻して……いや、それも考えられないか。王剣で斬りつけた以上、悪魔の力が戻る事はない。そうなるとやはり。
「……アルド、痛いッ」
 思考に意識を奪われていた。ゼノンと繋がった手には必要以上に力が入っており、彼女の華奢な手からは骨が軋むような音が鳴っていた。
「……! すまない」
 直ぐに手を離そうとするが、力を緩めた瞬間に彼女の方がこちらの手を力強く握り返してきた。何のつもりかと思いゼノンの顔へと視線を上げる。
「…………」
 しかし当の彼女はそっぽを向いており、その表情を確認する事は出来なかった。ひょっとして不安なのだろうか、二人きりで村へと入る事が。
 確かに剣しか能のない自分と二人きりでは多少なりとも不安だろう。何せ、一度戦いが始まれば、アルドはこの手を離しかねない。だから離れたくないという意思を示すために強く握り返してきた。そんな所だろう。そうに違いない。
 まるで信頼されていない事は傷つくが、この状況に不安を感じるのは当然の事。であるならば、これから事態がどのように転がるにしろ彼女のこの手は離さない。
 彼女の不安は、全て自分が追い払う。






―――アイツらは今、どうしているのだろうか?







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