ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

仰ぎ見た空へ

「分かった。ユーヴァンさんの頼みなら俺、フルシュガイドと戦うよ」
 間髪入れずに答えたのはツェート・ロッタ。我が最愛の魔王アルドの弟子であり、そしてヴァジュラに恋心を抱く少―――失礼。もう既に青年か。
 ツェート・ロッタはいずれアルドを超えてヴァジュラに告白する気でいる。当のアルドはそれを楽しみとして見逃しているし、ヴァジュラも満更ではないらしいが……はっきり言って自分は気に入らない。何というかその……気に入らない。とにかく気に入らない。
 だが気に入らないのはその行動であって、決してツェート本人は嫌っていないという事を理解してもらいたい。だからこそユーヴァンは一人の男として、この青年に助力を求めたのだから。
 尤も、返答が早すぎるが。
「え……っと、そんな簡単に頷けるような言葉だとは思えないのだけれど」
 そこの女性の言う通りである。言葉こそ短いが、その規模は規格外。自分は要は、『国と戦え』と言っているのだから。頷いてくれるのは素直に嬉しいが、そこまであっさりと了承されるとこちらも困惑を隠せない。
 女性の言葉に、何故かツェートが首を傾げ始めた。
「え、何でだ? 戦うだけだろ? 政治とか経済とかそういう小難しい事を頼まれたらちょっと考えたかもしれないけど、戦うだけとか分かりやすいし」
「戦うだけッ? 相手は国よ、一人や二人とは訳が違うわ!」
「何人でも変わらねえよ。どうせ戦う事に変わりはないんだし、ユーヴァンさんが俺にお願いしてきたって事は、俺が拒否したら困るんだろ?」
「……まあな」
 恐らくチロチンはこう思っている。自分に仲間を説得できるほどの力はない、と。しかし自分は強力な味方を連れていくと言ったのだ。言った以上はやらなければならない。有言不実行はユーヴァンの望むものではない。
 それにツェートを連れて行けば、戦況は覆せずともアルドが来るまでの時間をまだ延ばせる筈。頼もしい事に変わりはない。
 アルドの弟子というだけでも、十分に連れていく価値はある。
「ほら。ユーヴァンさんが協力を求めるって事は割と大変って事だ。だから助けないと」
 至極単純な理屈を述べてツェートは笑っているが、その規模を理解している人からすれば、その態度は信じられるとか信じられない以前に、ありえないものだった。戦いの基本は数による圧倒。そして戦いでいう有利とは基本的には数が大きいか小さいか。多勢に無勢という言葉があるように、数を揃えるという行為は簡単で、確実だ。
 フルシュガイドは『勝利』を保有する五大陸最強と言われている国(アルド曰く、『勝利』を数に居れなくても十分に強力)。数云々の話を抜きにしても、そのフルシュガイドと一緒に戦ってくれと言われて『はいわかりました』と即答できるような人間はそう居ない。ツェート一人だけとは言わないまでも、そんな事を言えるような人間は十人も居ないだろう。
「……本気?」
「馬鹿な事を言ってるのは俺なりに分かってるつもりだ。でも馬鹿な事ってのは本気で言わなきゃ馬鹿とは言わねえ。それこそこんな事、冗談じゃ言わねえよ」
 いつのまにか、その表情は間抜けな笑みではなく、懐かしいものへと変わっていた。アルドからどうにか一本を取らんとする時の表情。死に物狂いで勝利を求め、その手に掴まんとする剣士の表情……一言で表すならば、そう。
 二代目『勝利』の弟子として相応しいものになっていた。
「それに、ほら。ユーヴァンさんそっちに戻る当てがあるのか? そりゃ飛べばいつかは着くだろうけど―――」
 ツェートは親指を自らの体へと向けて、得意げにウィンクした。
「俺が居ればもっと早く辿り着けるだろ?」
 ツェートの能力はよく知っているが、そうか。今ではもう大陸間の距離すら容易く移動できてしまうのか……
「で、俺に問題は全くない。ユーヴァンさんは俺に協力してほしい。何か問題はあるかな?」
「……無い、な」
 女性は呆れ切ったような表情で二人を見据えている。もう説得しても無駄、とでも悟るように。男二人が集まるとやっぱり馬鹿になる。そう諦めているかのように。
「決まりだ! 俺はもう準備は出来てるからロ……じゃなくてレンリーが起き次第、向かおう!」












 ツェートが好き。ツェートを愛している。そんなの一時の恋だって言われても、それでも自分はツェートが好き。
 彼のたくましい腕が好き。自分を守ってくれる、抱き締めてくれたそんな腕が好き。
 彼の大きな瞳が好き。何者にも怯まぬ鋭い瞳は、きっと自分を見つめ続けて離さない。
 彼の性格が好き。言葉こそきついかもしれないが、その言葉一つ一つには愛が溢れている。
 彼の背中が大好き。背負ってくれる事はそう無いけれど、背負ってくれた時だけは、自分と一つになったように感じる。
 彼が好き。彼の全てを愛している。彼の全てに恋している。そんな気持ちは抱くことはないと思っていた。男なんてそんなものだと思っていた。
 でも彼だけは……彼だけは違う。酷い事をしたのに自分を愛してくれる。愛を知らなかった自分に会いを教えてくれた。
 彼は騎士だと言ってくれた。幸せになるまで騎士だと言ってくれた。それはきっと告白。自分に対する愛の表明。
 この愛が一生続きますように。この恋が一生続きますように。願わくばこの幸せが―――永遠に続きますように。


















 レンリーが意識を取り戻した時、その体は宙を舞っていた。

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