ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

想い直しはしなくても

 目が覚めた時、ある違和感に気づいた。レンリーの姿が見えないのだ。
 というのも、レンリーはどんなに渋っても最終的には自分の隣にいる。今までがそうだった。野宿を渋っても、宿屋の待遇を渋っても、こちらが見放せば、何だかんだ最後には折れてくる。そんな事が何度もあったものだから、昨夜だって同じようにしたのだが……
 レンリーが居ない。
 肩の荷が下りた? 或いはうざったい奴が居なくなって清々した? いいや。肩の荷は下りた処か増えたし、清々どころかイライラしている。どうしようもないくらいうざい奴だが、あれはまだ自分の守るべき対象だ。
 だからと言って、レンリーの面倒を一生見る気は正直ない。ありえない。だがまだ彼女は自分に惚れている。然らばどれ程最悪の女性だったとしても、守らなければならない。自らに惚れてくれる女性を守るのは男性の役目であり、義務。それは師匠を見ていて気付いた事だ。
―――ごめんな、レンリー。お前を離さなきゃこんな事には。
 ……いや、よそう。今は彼女を見つける事がなによりも大事だ。何処の馬鹿か知らないが、勝手に攫ってくれやがって。
―――お前の事、迷惑だって何度も思ったけど、居なくても迷惑だとは思わなかったよ!
 まあその辺りの文句は彼女に言うとして……彼女には無事で居てもらわなくては。






 まずは聞き込み……と行きたいところだが、もしかしたらレンリーが本当に街中で一夜を明かした可能性もある。確実に無いとは言い切れないので、まずはそこから調査してみるとしよう。


『おめえ、美人な姉ちゃんと歩いてた男か? え、姉ちゃんが何処って……何だお前、喧嘩したのか? 恋人は大切にせんといかんがよ』


『やけに高圧的な女の子……? 見てないわね。ええ、貴方達は勿論見かけたけど、私はあの後宿屋に行ったし……』


『いやあ見てないかなあ。炭鉱の方にでも行ったんじゃないの? ほらあそこって魔物の住処にも繋がってるし、もしかしたら誰かがそこに』


 その後も何十人と聞いたが、決定打になるような情報は得られなかった。これらの情報を総合すると、レンリーはやはり街で一夜を明かしていない。推測だが、自分の所へ行こうとした時に何かに巻き込まれた可能性が高い。
 自分が隣にいる為か、彼女から以前の狂気は失われてしまった。あの狂気があれば誰に絡まれても面倒な事には……いや、あの時はツェートもネセシドも瀕死の状態だった。お互い万全であったのなら狂気に驚きはすれど蹂躙される事等無かった。
 それにあの狂気が前に出ていれば、翌日見つかったのは彼女の死体だったかもしれない。僥倖と思っておいた方がいいだろう。
 …………………ではどこに行ったのか?
 炭鉱の方にいったという可能性は高いが、確定的な情報が無い以上行くわけには行かない。行かずに情報のみを持ち帰れる魔術なんて修めていないし、果たしてそんな魔術があるのか。
 能力を使えば簡単に往復は出来るだろう。だがピンポイントでレンリーの所には行けない。以前レンリーの場所へ行けたのは、彼女の背中に魔力の印を刻み、自分の所有物としているからだ。だから魔力さえ放ってくれれば問題は解決するのだが……それが無いから今問題となっている訳で。
 …………そう、か。
 彼女との会話の中にそのヒントはあった筈だ。彼女はこの街に来て今まで何と言った? 何気ない発言だったとしても、そこにはきっと何かしらのヒントがある筈。明言していなくても彼女の事だ、何処で何をしていたかは想像がつく。
 次はそこに行ってみるとしよう。




「うん? 女の子? ……ええ、来たわよ、ウチに」
「やっぱりか……買いに来たのは勿論」
「媚薬よ」
 やけに色気のある女性が、これまた艶めかしく頷いた。彼女を見ていると妙に情欲を持て余すが、香水に媚薬でも混ぜてるのだろう。
 そんな女性が居るここは、炭鉱近くに存在する薬屋。只の魔力回復薬から、普通は規制されてるような薬まで販売している。……どうしてこんな事を知っているかって? そりゃ勿論、この人に隠す気が無いからだ。
「その女の子が買ったのは媚薬。それで間違いないな?」
「私はお客の顔をきっちり覚えてるから、間違いないわ」


 …………。


 まずレンリーは、話を聞かない事こそあれど、何もしないという事は絶対にない。行為の是非はともかく、とにかく何かしらの行動は起こす。
 そしてそれら全てはレンリー自身に都合が良い。レンリーは己の都合しか考えないそんな人間だ。その彼女は今自分に惚れているが、当の自分は彼女に好意の欠片も抱いていない。
 ここからは推理だが。そんな奇妙な距離感が続く内に、業を煮やしたレンリーはこう思った筈。
 『このままの距離感が続いていい筈はない。何か手を考えないと』
 この街に着いてから体の関係についてやたらめったら言ってきたのはそういう事だ(今までもそういった事がないではないが、頻度の問題である)。そしてレンリーは自分と別行動を取った時、宿屋を探すではなく、薬屋を尋ねた……肉体関係を持たせるのに、襲わせるのに回りくどい準備なぞ必要ない。媚薬の一つもあれば十分だから。


『あそこ汚すぎない?』
『おっさんばかりの場所に行くなんてアンタ正気ッ? 私が集団強姦を受けたらどうすんのよッ!』
『ここ狭くて一人しか入れそうにないわよ? 私が入れないじゃない!』


 あれは我儘などではなく、この薬屋から買った媚薬……例えば店主が使ってるような散布式のモノを買った場合、使えないからだ。
 周りに人が居れば、それこそ集団強姦を受けるだろうし。
 狭くて誰か一人しか入れないとなると、そもそも使えない。
 だからレンリーはずっと我儘を言い続けてきたのだ。
「その女の子が何処に行ったか知らないか?」
「うーん……知らないわねえ。でも確か男の人に……」
 男の人だと? 
「―――顔は覚えてるか?」
「覚えてるけど……一つだけ条件を付けさせてもらうわよ」
 「無理なものじゃなければ」というこちらの一言を受けて、店主は言った。「私自身が隠さないのも悪いんだけど……最近、規制がうるさくてね? だからもし衛兵なんかが来た時に」
 それは所謂、取引という奴だ。そしてその内容は決して正義の行いとは言えない。規制されるべき薬を、ひいては店主を守るなんて、そんな。
「手を出してくれ」
「……?」
 ツェートは差し出された手の甲に魔力で印を刻み込み、「これで大丈夫だ」と一言。
「魔力さえ出してくれれば駆けつけるよ。本当に不味くなったら呼んでくれ。ただし俺がここで薬を買う際には安くしてくれよ」
 正義の行いなど知った事ではない。大衆の正義を守っていてはレンリーなんて見つかる筈も無いだろうし、彼女の失踪をツェートは絶対に許さない。
 身近な人間も守れない正義何ていらない。それが悪だというなら、甘んじてそれを受け入れる。
「さあ、どんな顔だったか教えてくれ」

















コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品