ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

英雄としての資質

 キリーヤという少女は、馬鹿げた考えを持つ愚か者だ。魔人と人間の共存。幾千もの歴史が紡いだその乖離は、それを不可能だと語っているにも関わらず、尚も彼女は諦めない。失敗の歴史を踏み越えてこそ成功があるのだと。
 現実を知らないと言えばそうなのかもしれない。だが現実を知らないからこそ志せる事もあるし、そんな彼女をサポートする為に仲間が居る。彼女とエリを一緒に流したのはその為だ。現実的な思考のエリと、比較的理想主義に寄った考えを持つエリ。あの二人こそが人に語り継がれるべき永久の英雄であり、自分のような穢れた騎士とはわけが違う。
「こちらです」
 エリに案内されたのは灯りすらも無い廃屋。どうしてここに居るかは知らないが、ここ数日は籠りっきりらしい。この廃屋は里からかなり離れているし、一人になりたいという表れだろうか。自分で抱え込む所なんて、実に自分に似ている。
 だが……彼女には自分のようになってほしくない。彼女は一人になりたかろうが何だろうが、こちらまで出向かせてもらった以上、やる事はやる。
 アルドはドアノブに手を掛けて回す……が、カギが掛かっているようだ。尋ねるように、エリの方に視線を向ける。
「壊してもらって結構です」
 アルドは虚空から死剣を引き抜くと同時に十字に両断。四枚の板切れを蹴っ飛ばし、部屋の中へと踏み込んでいく。
「キリーヤ……久々だな」
「……アルド様」
 部屋の隅で蹲っていたキリーヤは、疲れ切った表情をこちらに向けた。自分が来ても特に驚かないのか、それだけでも彼女が如何に変化したかが分かる。
 アルドは剣を虚空に納めた後、キリーヤの眼前で胡坐を掻いた。
「理想。それだけを追い求める事が出来ればどれだけ楽か。それだけを追求し、それを叶える事が出来ればどれだけ楽か。お前は分かるだろ?」
 キリーヤの目に光は無い。その目は虚空に囚われている。
「……私は、世界の平和の為に、動いていた…………」
「ああ、そうだな。お前は魔人と人間の共存の為に動いていた。お前はその馬鹿げた理想を掲げて動いていた。お前はきっと信じていたんだろう、自分を、相手を。皆はきっと理解してくれると信じていた。だからお前は動いていた。……………現実はそう甘くないがな」
「……どうすれば、良かったんでしょうか……」
「英雄なんてものは独善から生まれた愚か者だ。どうすれば良いとか、こうすれば良いとか。ハッキリ言って、そんなモノはこの世に存在しないぞ。『俺達』は全能では無いからな。結局の所、俺達は自分の価値観のみで動かなければならない―――だから俺に聞くな。それはお前自身に聞く事だ」
 答えにはなっていない。只その問いにアルドを示しただけ。 英雄は唯一無二でなければならない。英雄は、個でなければならない。
 ―――だからキリーヤの問いには絶対に答えられない。
「なあ、キリーヤ。私はもう一度だけ問おうじゃないか。お前は、誰に拒絶されようと、誰に裏切られようと―――たとえ一人になったとしても。それでもお前は理想を追うか?」
 彼女の意志が。彼女の価値が。彼女の正義の真贋が―――問われる。








「―――――――――私は……」










「アルドさん、どうでしたか?」
 廃屋の入り口には、未だにエリが立っていた。
「……二人はどうした?」
「私達と同じ宿の方に案内をしておきました。今ここに居るのはアルドさんと、私だけです」
 成程。他の奴らに聞かれている、という事は無い訳か。謠やワドフが居ても話が拗れるだけだし、有り難い事だ。
 念のために五感を澄まし、周囲を感知。……ふむ?
「キリーヤは、自分を見失いかけている。年相応の精神故、仕方ない事ではあるが、あれではとてもとても共存を目指す事などやってはいけないさ」
「……大丈夫、なんですか?」
「大丈夫な筈がないだろう。自分を見失った奴は何をしでかすか分からない。それこそ自暴自棄になる可能性だってある。放っておいたら路地裏にある娼婦館にでも行きそうだぞ」
「……そうですか」
 抑えてはいるが、エリは愕然とした表情を浮かべていた。信じられないとでも思っているのだろう……ああ、それはこちらも同感だ。
 しかしそれはおかしな話ではないだろうか。キリーヤは只の少女である。そんな少女が分不相応な夢を抱き、そしてそれを打ち砕かれた時、自暴自棄になるのは当然の帰結。
 英雄は、英雄になろうとしなかった人から無意識の期待を寄せられて、孤立する。
 一人で背負い続けても何も変わらない。それはアルドが一番良く知っている。
「エリ。俺はキリーヤを立ち直らせるために、ある所に向かおうと思う。エリ。お前に重荷を背負わせるようだが、キリーヤの為に一緒に来てほしい。来てくれるか?」
「……私よりも、フィリアスさんや、パランナ―――いえ、レヴナントが行った方が、戦力的には問題ないのでは?」
 確かにフィージェントが来てくれたほうが戦力的には安心できるだろう。エリの言葉通りならパランナ―――レヴナントもそうなのだろうが、だがそれでは駄目なのだ。
「エリ。お前が来てくれなければダメなんだ。俺は一人で背負い続ける事の苦しみを知っている。だが俺はそれでも一人で背負い続けた。背負い続けてこうなった……お前達は確かに敵だ。だが、かつての英雄として言わせてもらうならば……一人で背負う事程愚かなモノはない」
「……」
「お前の国を滅ぼした。こいつを守らせるためだけにお前を追放した。俺は敵だ。怨敵なんて言われても言い返す事は出来ない。こんな事を言える立場ではないだろうさ、だがッ。それでも俺はお前に頼みたい。キリーヤの隣には、絶対にお前が必要なんだ!」
 キリーヤはまだ幼い。その思想が如何なものであれ、それだけは変わらない。だから彼女には彼女と行動を共にする仲間ではなく―――思想を共にする友人が必要だ。彼女が悩めば共に悩み、彼女が苦しむならば、その苦しみを共に味わう。
「先程の言葉は取り消そう。戦力の問題なんてこの際関係が無い。エリ、一緒に来てくれ。いや、来い。今までもこれからも、アイツにはお前が必要だ」
 気づけばエリの肩を掴み、顔を寄せていた。魔人にでも見られたら信用を落としかねない程に真剣に、英雄としての側面を最大限に。
 エリの瞳に写るその表情は、紛れもなく本心である事を理解させた。アルドは本当に、キリーヤの事を想っているのだ。
「……キリーヤの隣に私が居なければならない―――アルドさんの言う通りですね。確かに私とキリーヤは親友同士。キリーヤの隣に居なければならないのは、私以外にはありえなかった」
 エリは大きく頷いてそう言った。その言葉を聞いたアルドは―――感謝するようにほほ笑んだ。彼がエリに見せた、初めての笑顔だった。
 エリの肩から手を放し、アルドは廃屋を離れていく。その背中を追って、エリもまた廃屋を離れる。




 キリーヤには気づいてほしい。真の英雄に必要なのは決して強さなどではない事を―――。













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