ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

英雄問答 Ⅰ

  ナイツ達が寝静まった頃、アルドはベッドから降りた。
 今日はレギ大陸に行く日。二大陸に行った侵攻、および調査ではなく、珍しく只の旅行である。いや、それも語弊があるか……正しく言うならば、キリーヤを励ます為だけにレギ大陸に行くのである。
 元魔人とはいえ、今は人間。そんな彼女に会いに行く時点で大分お人好しである事は自覚しているが、エリにあそこまで必死に頼まれては断れない。彼女だって自分が敵と分かった上で頼み込んできたのだ。理性あるモノなら絶対断れない程有利な条件を付けてまで。
 大陸侵攻には絶対に干渉しない。それでも尚断るならば、自分の首を持っていけ。
 玉聖槍を持つ彼女を消せる事は、敵方としてはこの上ないメリット。自分がお人好しであれ外道であれ、断れるはずはなかったのだ。エリ・フランカ。人を釣る事に関してはかなりのやり手。やはり彼女にキリーヤの護衛を任せて正解だった(本人からすれば半ば強引に流された訳だが)。
 エリ本人の人柄に関しては、アルドはかなり気に入っている。フルシュガイドの騎士よか彼女の方がよっぽど騎士なのだ。種族差別の件は仕方ないとして、それでも彼女の性格は気に入っていた。だからこそ、キリーヤの護衛を任せた。
 ギクシャクしてるとは聞いてたけど、仲良くなってるじゃないか。
 やはり腐っても同性。何かを切っ掛けに仲良くなったのだろう。まあその辺りはキリーヤの力が試されるが、あれだけ仲が良くなった所を見ると成功だったのだろう。良い事だ。
―――まあ、アイツから元気がないからって俺を頼るのはよくよく考えれば不自然ではあるが。
 言葉の限り他にも仲間が居るようだが、揃いも揃ってポンコツなのだろうか。まあフィリアスフィージェントはポンコツだが、他の奴らは? まさか真っ先に自分を頼ってきたなんて事は、エリが自分に対して一定の評価を下していなければ起きない事であり、おそらく一縷の望みとして自分を頼ってきたのだ、とは思うが……まあ、その辺りは後で問い詰めるとしよう。今はそんな事より、もっと重大な問題がある。
 アルドは今回、一人でレギ大陸に行くことになる。『謠』に関しては数に入れていない故、一人だ。ナイツを連れて行かない理由については、察してもらいたい。ナイツ全員から反感を買うのもわかっているが、だからこそアルドは一人で行くのだ。……理由については偽装している。姑息な手段だが無いよりはましだ。仕方あるまい。
黒い外套を羽織り、アルドは静かに扉を開ける。今日に関してはルセルドラグには退けてもらっている。自分の命令という事もあり、少しばかり怪訝な様子(それでも骸骨だから表情が全然読めない訳だが)を見せたが、彼は納得してくれた。
 いつも感謝しているが、ここまで従順でいてくれると逆に罪悪感が芽生えてくる。こんな自分なんかに従順でいていいのかと、少しばかり疑問に思ってしまう。
 だが……良く考えれば、ナイツは最初こそこちらが誘ったとはいえ、最終的にはあちらから頼み込んできた形だ。自発的、という意志を見せたかったのだろうが、普通に成功している。それを含めると、そんな疑問は何のその。むしろそんなくだらない疑問を抱いた自分を刺したくなってくる。
 ナイツがそこまで忠誠を誓ってくれているのだから、自分も相応の主にならなければと、本来はそう思うべきだ。
 アルドは目を瞑り、無念無想の境地へと至った後、足音を立てないように静かに城を出ていく。足跡に関しては事情を察してくれたオールワークが処理してくれるので、大丈夫だろう。
 黒衣の魔王は闇に紛れて消えていった。開け放たれた扉からは、もう何も見えない。










 謠は既に船に乗り込んでおり、後はアルドが乗り込むだけだ。特に忘れ物もない。見落としもない。尾行も……無い。
 これよりレギ大陸に向かう訳だが、その前に……
「アイツは大丈夫か?」
「アイツ……ああ、彼女の事かな? 大丈夫じゃないけど……でもそれがいつもでしょ?」
 アルドが指しているのは過去……正確には何処の時間軸にも存在しない話だ。エインの警告だけでアルドは国を裏切ったのではない。むしろエインの言葉だけでは国に留まっていた可能性すらある。全てを決定づけたのはやはりあの話……フェリーテでさえ知らぬ未来むかしの話だ。彼には感謝しなくてはならない。いや、こんな言い方は普通におかしいのだが。
「実質は他人なのに、心配するんだ?」
 謠は意味深な表情を作って、首を傾げる。
「他人なモノか。私が私である限り、彼女は他人ではない」
 だからこそ、アルドは精神的にいつも疲労している訳だが、そんなモノは何でもない。何でもないのだ。
「今はキリーヤの心配をしないとさ。彼女―――嫉妬しちゃうよ?」
「アイツとはそんな間柄ではないだろう。そんな勘違いはむしろ迷惑だ」
 キリーヤとは王と臣の関係である事は、説明するまでもないだろう。彼女は子供、という理由もないではないが、それは恋心の有無には関係がない。誰かを好きになる事に年齢なんてモノは気にする必要はないのだ。好きなものは好き。そういうモノだとアルドは思っている。
 だが、キリーヤからは恋慕のようなモノは感じられず、感じられるのはむしろ親と子のような愛だけだ。言い換えれば師と弟子。キリーヤもアルドも、おそらくこの感情ばかりは共通している。嫉妬とか憎悪とか、そういう間柄では、断じてない。
 謠が身を翻した。
「冗談だよ。でも、昔よりかは今を見ないと。キリーヤからあの得難い意志が無くなったら……それこそ、君は二の轍を踏む事になる。同じ轍を通りたくはないでしょ」
「そうだな。だから私は―――」
「そういう話は船でどうぞ。ほら、早く乗らないとナイツの誰かしらが来ちゃうよ」
 そういえばそうだった。謠に促され、アルドは船へと乗り込んでいく。
―――キリーヤ。お前の意志は、絶対に間違ってない。自信を持てよ。
 およそ魔王らしくないが、それは確かにアルドの真意だった。






「はい、どうぞ」
「有り難くいただこう」
 謠から紅茶が差し出されたので、口にする。
「……」
「ありゃ? お気に召さなかったかな」
「―――どうして最近の周りの奴らはやたら紅茶を淹れるのが上手いんだ」
 美味い。普通に美味い。こんな状況でなければ全力で叫んだ所だ。ワドフもそうだが、本当に何でまたこんな……無駄なスキルだと言うつもりはないが、習得に時間を掛けるべきモノとは思わない。
「皆、アルドの事が好きだからでしょ?」
「お前もか?」
「うん。愛してるよ」
 紅茶が喉に詰まり、咳を生んだ。そのまま二、三回咳ばらいをした後、周囲には紅茶が飛び散っていた。
 言う事は慣れていないが、言われる事はもっと慣れていない。フェリーテ何かに言われるならば、いざ知らず、こうもあっさりと、まるで普通デフォルトのように言われては……この発言に動揺しない奴が果たして居るだろうか。
「おっおま……そういうのはもっと……ッごはッてはッ」
「どうかしたの?」
 いや、失礼。確かに彼女がアルドを愛している事は知っている。それがどういう経緯であれそういう感情を抱いているのは知っている。
 だが、唐突すぎる。
「お前はアイツの事が好きだった筈だがッ」
「……いやいや? アルドを愛してるよ。あれ、ひょっとしてアルドじゃない?」
 本人なのは自明の理だが、その上で本人確認をされるなんて初めてだ。
 ……少しだけ落ち着いてきた。
「ほ、本当に勘弁してくれ。そう当たり前に言われると、俺が戸惑う」
 若干の疲労を隠せないアルド。謠が悪戯っ子のような可愛らしい笑みを浮かべた。
 表裏一体。その笑顔の裏が極悪である事は、長い付き合いのアルドにはよくわかっていた。
 ため息を吐いた後、アルドは紅茶を口に運んで、表情を誤魔化す。
「悪趣味だな」
「うーん、アルドの色んな顔を見られるのは役得だね」
「何が役得だ。お前って奴は―――」
 これ以上は言っても無駄だ。諦めよう。
「じゃあ、もう一つ言ってもいいかな」
 謠が改まったように切り出してきたが、その表情は真剣そのもの。こちらも身を乗り出して応じるべきだろう。
「何だ」
「アルド……同行者が居るんだったら伝えてくれないと困るよ」
 謠は悲しそうな表情でこちらを見据える。信用してないの? とでも言っているようだ。
 ……待て?
「何を言っている? 俺は尾行されていない筈―――」
 そこまで言ってハッとする。そう。アルドは確かに尾行されていない。だが、思い返してみればおかしな点はあった。
 例えば、夜に起きたとき、アルドは一人しかいなかった。そう、本来なら。あそこにはもう一人いないとおかしいのだ。
 五感を研ぎ澄まして、船を探知。自分の呼吸は紛らわしいので、完全に止めた。謠は元々呼吸をしていない。……呼吸音が一つ。
 目線だけを樽に向けて、問い詰める。
「何故お前がこの船に乗っているんだ―――なあ、ワドフ?」













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