ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

真相、そして

「あの日の……真相?」
「ええ。真相、即ち真実です。クウィンツさんがどんな思いで国を出て行ったか。その間に何があったか。私以外にそれを知るモノが居るとすれば、それは―――王だけでしょう」






 クウィンツさんが火刑に処されてから、私は自身の部屋で貴方と共に隠れていました。『変に関係性を疑われて、お前達も処刑されては溜まったモノでは無い」というクウィンツさんの配慮からです。まあ、これは貴方にも聞かせた事なんですが。
 ですが、皆が寝静まった頃―――私はどうしてだか、クウィンツさんの死体を見て見たくなったんですよ。野次馬のような理由ではありません、あの人を助けられなかったんですから、せめて何処かで静かに眠ってもらおう―――そう思っていました。ですが。
『ア…………アアッ…………!」
 その身を焔で焼かれたとしても尚、クウィンツさんは死にませんでした、死のうとしませんでした。余程強い心残りがあったんでしょうか、まあそれは後で分かる事になりますが。
 クウィンツさんは自力で縄を解いて、脱出しました。そしてそれから―――あの人の神経を疑いますが、クウィンツさんは城へと向かったんです。灼けた皮膚は爛れて。骨は剥き出しになりながら。それでも手足が動くのならと、あの人は城へと歩き出した。あの人が歩いた後に残った血と臓物の道は、今でも忘れられません……
 私は後を追いました。クウィンツさんが何をしたいのか気になった訳です。だってそうでしょう? 見捨てられたと分かっている筈なのに、それでも尚クウィンツさんは城へと向かうんですから。大した忠誠心、いや、それだけ信頼を寄せていたと言う事なのでしょう。
 彼は城内に入り、王の私室へと入っていきました。流石にこの辺りはばれるとまずいので、私も環境迷彩魔術を用いて透明化し、王の私室へと入っていきました。
「王…………………よ。わた……………………どう、て……うらぎ…………ったのですかッ……!」
 王はまだ、眠ってはいませんでしたが、その表情はまるで死神を見たかのように引き攣っていました。
「ア、アアアアアルドッ! 何故貴様……!」
「答…………てくださいッ! 王……よッ」
 クウィンツさんは血反吐をぶちまけながらも必死に尋ねていました。全身を震わせながら。王を睨みながら。
 王は防衛反応からか、寝床に忍ばせてあった短剣を手に取り、クウィンツさんへと突き立てました。肩の辺りでしたかね。大して痛くは無かったと思いますよ、気にしてませんでしたし。
「王……私はッ、私は国、ため、戦って……!」
「五月蠅い黙れ! 大罪人! 私は最強の王だッ! 貴様のような化け物等……必要ない!」
 何度も何度も刃が突き立てられる。それでもクウィンツさんは訴えを止めませんでした。
「わた、人間……人間…………………ですッ!」
「―――化け物め! 貴様など人間では無いわ!」
 埒が明かないと思ったか、王はクウィンツさんを突き飛ばした後、転信石を使って、衛兵を呼ぼうとしましたが、
「―――――――――――――――――――――――――ああああああああああああッ!」
 クウィンツさんに砕かれました。
「ぎゃあッ!」
 私の角度では視えませんでしたが、クウィンツさんはそれこそ化け物みたいな形相で、王を睨んでいたんでしょうね。王は腰でも抜けたか、凍ったように動きませんでした。数秒の後、クウィンツさんは身を翻し、再び歩き出しました……今度は城の外へ。そして二度と戻る事は無かった―――




「王も途中でクウィンツさんが死んだと思っていたでしょうし、周辺の捜索こそしましたが、追手は差し向けられませんでした……これが真相です」
「それが……真相?」
 聞く限り、兄に悪い要素など無かった。兄あっての勝利を自分の強さと勘違いした 愚かな王にしか非は無かった。
「クリヌスさんはどうしてお兄ちゃんを止めなかったんですか?」
 クリヌスの力が在れば、止めようと思えば止められたはずだ。それがこの国に仕える騎士としての……義務で在る筈。だというのにクリヌスは……
 間違っているとは思わない。クリヌスが止めていなかったからこそアルドは生存できたのであり、そうでなければ一体どうなっていたか……
「確かに。私だって忠誠心はありました。この国と共に滅びゆく事も悪くないと考えていました。ですが……あまりにも勝手、あまりにも傲慢。クウィンツさんの手柄を自分の手柄とする横暴な王を助ける道理などありません。クウィンツさんは別に王に危害を加えていませんでしたしね」
 むしろ危害を加えていたのは王でしょう、ともクリヌスは言った。確かにその通りだ。裏切られても尚アルドは危害を加えようとしていない。するつもりが無かったのだろう。たとえ裏切られていたとしても、それでも自分が仕えていた主君だったから。
 王は……愚かだ。こんなにも忠義に溢れた騎士を……斬り捨てるなんて。
「あ……そう言えば、お兄ちゃんが通った痕によって出来た道はどうなったんですか?」
「私が掃除しました。及ばずながら、クウィンツさんの逃走の手助けをさせて頂いたという訳です」
 その笑って見せるクリヌスの顔つき。査問会議では言っていないのだろう。クリヌスが生きている事が何よりの証拠だ。
 しかしながら、イティスには分からない事があった。兄が居なくなるまでの真相に気を取られていたが、こちらの方が重要である。
「順を追って話すと言いましたよね。ではどうして、それがクリヌスさんが死ぬって案件に繋がるんですか?」
 こちらの心配何て気づいてないかのように、クリヌスは軽い口調で話し続ける。
「ああ、そう言えばそういう話題でしたね。では改めて―――その件についてですが、少し言い直しましょう。『勝利』を二人も手放すのは不味い、というのは語弊で、正確には『勝利』を冠れるほどの強さを持つモノを手放すのは不味い、というのが正確です」
 まるでどうでも良い事の様にクリヌスは言っているが、自分事と理解しての発言か。ならば正気を疑うしかない。自分が死ぬ、という事を瑣末な事とする何て、クリヌスの思考は本当にどうかしていると思う。
 その発言に恐怖すら覚えつつ、イティスは話を繋げる。
「……どういう事ですか?」
「実はクウィンツさんが逃げた事は想定外だったんですよ。本来、フルシュガイドはある目的―――まあ、ありふれた目的だとは思いますが―――の為に、クウィンツさんの死体を利用するつもりでした。王がクウィンツさんを殺そうとしていたのも、おそらくはこの為でもあったのでしょう。ですが結果としてクウィンツさんに逃げられた。それだけならばまだ良かった。アジェンタ大陸の方に代替品が居ましたから―――確か、名前はダルノアと言いましたか。半神の彼女さえいれば、その霊格の高さから、とりあえず安心だったんですが……何と不幸な事に、ダルノアは輸送中に海賊に襲われて、居なくなったらしいです」
 最初に利用しようと思っていたアルドに逃げられ、代替品だったダルノアにも姿を消された。フルシュガイドの目的への道は、完全に詰んだのではないか―――
「ここで問題です。半神という器が消えた。地上最強と呼ばれる至高の肉体も逃した。―――さて、次に狙われる人は誰でしょう?」
 半神と呼ばれる存在がその辺りに居るとは思えないが、地上最強―――いや、『勝利』ならば後継が存在する。『勝利』とは最強の象徴でもあり、権威……
 イティスの視線がこちらに向けられると、クリヌスはゆっくりと頷いて見せた。「そういう事ですよ」
 クリヌスの姿勢は凄く落ち着いていた。確実に死ぬという事を理解している者の姿勢とは思えない……いや、むしろ逆なのか。死ぬと分かっているからこそ、ここまで落ち着ける。結末を知っているからこそ……何も感じないのかもしれない。
 本の終わりだけを読むようなモノだ。最終的にそうなると知っているから、途中にどんな事があろうと、驚きはしない。何をどう足掻こうと、最後は結局そうなってしまう。クリヌスの心境を例えるならば、こんな所だろうか。
「……クリヌスさんも、国を出て行けばいいんじゃないですか?」
 その言葉に食い気味に反応するクリヌス。
「何てこと言うんですか、聖女イティスさん。私が死ぬのは只、間が悪かっただけですよ。そんな不幸としか言えないような事態から逃れる為に、いつどんな怪物に攻められ、命を落とすかもしれない民を見捨てる訳には行きませんよ。何より、私も後継を育てなければいけない。……私が死ぬ、たったそれだけの事を回避する為に、他のモノを捨てる事は出来ません」
 そこにはいつものおふざけはない。正真正銘、疑いようも無くクリヌスの本心だった。自己犠牲の精神というか何というか。自分が勘定に入っているのだろうか、この人は。
「私はクウィンツさん以外に殺される気はありませんが、死ぬ事に関してはどうでもいい。願望と現象は違う。例えばの話ですが、もし貴方を生かす為に死ね、と持ちかけられれば、私は喜んでこの身を捧げましょう―――それが約束ですから」
「ふざけないでください!」
 思わず、怒鳴ってしまった。だが怒鳴らずにはいられなかった。クリヌスの発言なんて、聞くだけで不愉快だ。
「約束約束って、お兄ちゃんとの約束がどれだけ大事なんですか! 私はもう身近な人に死んでほしくないだけなのに……どうしてそうやってッ、どうでも良い事みたいに語るんですか……」
 止まっていた涙が再び漏れ始める。どうして。どうして自分の周りは死に対して恐れなしというか、無頓着というか……。
 そんな筈があって良い筈が無いのに。どうして。
「……すみませんね。只、私を含めたクウィンツさんの弟子は、皆似たような気持ちを持っていると思いますよ。私達はそれくらい、あの人に救われたんですから―――」
 イティスの頭を力無く撫でた後、クリヌスは立ちあがって、扉のノブに手を掛けた。
「……何処へ行くんですかッ?」
「……騎士団を脱退した事で面倒な仕事や、サヤカなんかに縛られる事は無くなったので、クウィンツさんを捜しに行くんですよ」
「だからどこへ行くんですかッ?」
「……そうですね―――」
 クリヌスはこちらに振り返ると、意味ありげな笑みを口元に浮かべて、呟いた。




「差し当たっては、レギ大陸にでも行くとしましょうか。縛りから解放されたんです。クウィンツさんが見つかると……いいですよね」




 

「ワルフラーン ~廃れし神話」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く