ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

戦神の力

 魔人と人間が争うこの世界。
 決して平和とは言えないような時代。
 相手の信頼を勝ち取るための、一番の手段なんてモノは決まってくる。それは―――戦闘だ。ディナントとは戦った事でお互いを認め合えた。フェリーテとは戦った事でお互いを愛し合えた。
 一流のモノ同士が戦った時、たとえ『覚』が使えずとも、心を通わせる事が出来る。アルドが狙っているのは、命のやり取りを通した信頼関係の構築だ。ワドフ・グリィーダの名を持つ少女がどれ程の強さを持ち、どれだけの意志があってここに居るのか。カテドラル・ナイツにはその眼で、体で感じてほしいのだ。彼女が敵では無く、味方であることを。
「ここは……?」
 自分達が別の世界に居る事に、ナイツ達は特段驚きもしない。当然だ。この程度で驚いてもらっては先が不安である……あるのだが……流石にナイツの前に初めて出した武具を使ったのだ。もう少し驚いてくれてもいいと思う。
 というか、ナイツ総員はやけに静かだ。いつもならば質問タイムなんぞ設けなくとも自発的に質問をしてくるはずだが……今日はどうしたのだろう?
「ここは反転世界。所有者―――つまり担い手の視る世界とは正反対の世界を作り出す。担い手は私で、作り上げられた世界がこんな風景になるのは―――まあ、仕方が無い事だ。そこは気にしないで欲しい」
 自分が世界をどんな風に見ているのかが周囲に知られる事がこの槍の欠点だが、まあそれはいい。
「ワドフ」
 アルドが投げつけた何かを掴み損ねる寸前でキャッチ。視るとそれは一振りの剣で、明らかに一線を画した存在感を放っていた。
「これは?」ワドフは呑気に尋ねてはいるが、その近くに居るナイツ達の視線は尋常なモノでは無い。それ程までにアルドの渡した物は―――渡すと言う行為と合わせて信じられないモノであった。
「そいつは死剣。特性に関しては使ってみた方が説明が早いだろう。……取り敢えず、ワドフ。本気で私を斬りに来い」
「……え、ええ? いいんですか?」
「まだ腕が鈍っているからお手柔らかに、とは言わん。全力で来い」
 攻撃するつもりはないが、死剣と打ち合うのであればと、アルドは王剣を取り出し、静かに構える。
 最早これ以上の言葉は要らないだろう。後は只―――死合うのみ。
「……分かりました。アルドさんがそこまで言うなら―――」
 ワドフから穏やかな雰囲気が消え去っていくのが分かる。代わりに剥きだされた闘志は敵意では無く、純粋な殺意だけに満ちていた。数年前の彼女とは明らかに違う。分かってはいたが……ここまで強くなっていようとは、アルドも驚きである。
「本気で行きます」
言葉が途切れると同時に刃が駆ける。アルドは刃の抜ける位置に剣を置こうとするが―――駄目だ。速すぎる。予測では間に合わない―――!
「ぬんッ!」
最早防御などしている暇はない。恐らくは自分の肩を両断するつもりであろう死剣の刃元を片手で抑えて防御。同時に王剣でワドフの首を薙ぐが―――容易に躱され、距離を取られてしまう。
 速度、巧さ、観察力。その殆ど全てが自分より上。であるならばこちらは経験で勝負するしかないのだが……困ったモノだ。経験だけの戦がここまで辛いとは。
 一転攻勢。受け身的では捌き切れないと判断したアルドは変則的な動きでワドフへと肉迫。彼女の動きが『視る』事に徹されている故に、狙っている行動がカウンターなのは理解できた。
 おそらくこのまま振り下ろしても彼女から重い一撃を貰うだけだろう。それではナイツへの示しがつかない。ナイツの前なのだ。引き分けくらいには―――持ち込まなければ。
 アルドは僅か数メートルという所で動きを止め、構えを変える。その行動に彼女の眼が見開かれた事を確認しつつ―――四連の刃を同時に放つ。
 だが彼女はそれすらも軽く往なした後、隙だらけのアルドに肉迫。相手のスタイルに合わせるが如く、こちらの顎めがけて掌底を叩きこんできた。
 あまりに鈍重な衝撃に意識を潰されつつ、アルドは一回転して受け身を取る―――のだが、次の瞬間にはワドフの前蹴りがアルドの鼻先に炸裂。受け身ままならず、無様に吹き飛んだ。置き土産的に彼女に斬撃を放つが、単調な攻撃は通じないようで、紙一重で躱された。だが体制を立て直す時間くらいは取れたので、一応は良しか。
 彼女の剣戟はあまりにも速すぎる。予測程度では躱す事は至難であり、完璧な予知でなければあの攻撃を完封する事など不可能である。
 この勝負、勝とうと思えば勝つことはできる。自分が王剣を使っている時点で、それだけは絶対的に変わらない。
 だがこの勝負は勝つための戦いでは無い。ナイツにワドフを認めてもらう為の勝負だ。
 勝ってもいけないし、負けてもいけない。只ワドフの強さを認めてもらうための戦いだ。
―――仕方ない。
 ワドフは再びこちらに肉迫し、今度こそ、この首を刈り取るだろう。防御は不可能。対処は姑息。結局の所じり貧であることに変わりはない。
 アルドは剣を両手持ちに切り替えて、肩に掛けるように構える。まさかこんな所で剣術の原点に戻る事になろうとは。
 だがよく考えれば当然の事だ。自分がワドフに勝っている点。それは経験だけだと先程語ったが、実はもう一つある。
 愚直に剣を振り続け、遂に剣を極めた男、それが自分。
 ワドフの左足に力が入り、直後に爆発。数十メートルの距離を一瞬で詰めてくる。
 そんな自分が、彼女に勝るもう一つの部分―――
 死剣が振り払われアルドの首を落さんとする正にその時―――何かに弾かれたように死剣が吹き飛んだ。
「え―――」
 アルドが素早く身を屈めた後、王剣によって死剣の鎬を持ち上げるように吹き飛ばした―――その事に気づいた時には既に、ワドフは数百メートル以上吹き飛ばされていた。斬撃でも何でもない、只の風圧でだ。
―――これが、勝利と呼ばれた男の実力。
 あらゆる面で勝っているだけではアルドには勝てない。ありとあらゆる全ての面でアルドに勝らない限り……勝つことは、出来ない。
 瞬間的にそんな思考が浮かんできた。頭を振って素早く否定。自分は今アルドより強いと、本人に言われたのだ。ならば勝たねば。全力で来いと言われたのだ。勝たねば。
 ワドフは立ち上がって、何故か手元に落ちている死剣を拾い上げる。アルドは追撃などとせこい真似をするつもりは無いとでも言うように、じっとワドフを見据えていた。
「……ッ」
 無駄な動きを極力減らし、最適且つ最速の動きで素早くアルドに迫るが―――先程のように圧倒する事は出来なかった。一見して隙だらけの彼に対し、ワドフは攻め切る事が出来なかった。
 攻めようと思えば反撃を貰い、守ろうと思えば攻めてくる。かといってカウンターを狙いに行けば、カウンター返しをされて対応される。
 一体アルドの何が変わったと言うのだ。ワドフの視た所、アルドは両手持ちに切り替えただけで、何かをしたわけでもない。なのに、どうして。
 それでもワドフは剣戟を振るい続ける。いつかできる隙に必殺の一撃を叩きこむ為に。只勝つために。
「……ハッッ!」
 武器の特性的に回避できない僅かな穴に、ワドフは刺突を滑り込ませる。行動に完璧は無い。如何にアルドが勝利と言えど、斬撃せんを防ぐために斬撃せんを使っているのでは、刺突てんの攻撃は防げない―――!
 肉を穿つ音がした。同時にアルドの動きが、止まった。






 ナイツの反応は予想通りのモノだった。ワドフの実力に皆驚きを隠せておらず、ディナントにおいては武者震いをする始末だ。
 ワドフの実力は切り札抜きで言えばナイツに匹敵する。その事実を誰しもが理解していた。ナイツの中でアルドに傷を付けられるモノは少ない。というか、居ない。切り札を使う前提であればまだしも、なしの状態では始祖状態のフェリーテくらいだろう。
 であるならば、理解は早い。ワドフの持つ死剣がアルドの片腕を貫いている時点で、その強さは誰もが認めていた。―――本人を除いた、全員が。
「―――どうして……」
 ワドフは驚いていた。致命傷を狙った刺突が片腕に防がれている事に。片腕ごと、であればまだ良い。 だがアルドは初めからそうするつもりであったかのように、片腕に刃が通るや否や、腕を掲げて死剣の動きを強制的に止めた。ワドフは本能からか剣を離さんとしていたが、そのせいで剣ごと身体が持っていかれ、何とも隙だらけの体勢に。当然アルドがそれを見逃す筈も無く、ワドフの首元には、王剣が当てられていた。
 結果だけを言えば、誰が見てもアルドの勝利であった。
「フルシュガイドの騎士の基本、その五。一度使うと決めた武器は片手両手の切り替えを行えるようにせよ……クリヌスなんかには絶対に通じないだろう戦法。独学で剣を学んだお前が相手で、そして基本を極めた私だからこそ行えた、奇策だよ」
「……」
 アルドは尚も剣を離そうとしないワドフを見て、静かに語る。
「この戦い。殆どの面でお前が勝っていた。だからこそ、私はお前に負けない他の部分で戦うしかなかった。例えば……心理戦とかな」
「心理……ですか?」
「死剣を一度弾き飛ばしたアレだよ。あれはお前に、もう弾かれる訳には行かないと言う無意識を植え付ける為の伏線だ。ちなみに斬らなかったのは手加減じゃない。仲間を殺す訳には行かないだろう? この剣は生物を斬れば、傷の浅い深い関わらずに即死させるから、お前に使う訳には行かなかった。だったらこんな剣を使うなという話だったが、それはお前の剣に合わせただけだから気にしないでほしい」
 ……完敗だ。ワドフは剣から手を離し、静かに一礼。
「………………参りました」
 ワドフの言葉を聞き届けた後、アルドは突き刺さったままの死剣を素手で引き抜き、ナイツを見遣る。
「さて。私との戦いを見ていたモノならば彼女が如何に信頼できるか分かるだろう。それでも尚信頼出来ないって奴は今戦ってみるといい。……切り札なしじゃ、きついぞ?」
 先程まで死合っていたとは思えない程に穏やかに笑うアルド。
「……ヤバいわね」
「アル、様……に」
「……お見事、と言っておきましょうか」
「ははははははははははははははッ! 心強い仲間が増えるのはいい事だ! いい事であろうとも! そうであろう、そうであるべきだ、なあヴァジュラッ? アルド様に手傷を負わせられるほどの仲間ッ! それ程のモノが加わるなんて―――そう! これはまさにアルド様の人望を現しているのではないかッ。そうは思わないか、ヴァジュラッ?」
「えっとさ……僕に全部振るのやめてよ」
色々(主にユーヴァンが)言葉はあるだろうが、異論はないようで、安心した。
 アルドはワドフの方に向き直り、芝居がかったように両手を広げた。
「ワドフ・グリィーダッ。今日よりお前は我が部下となる。故に、改めて歓迎しよう。―――ようこそ、魔王城へ!」
 思えばおかしな話だ。デュークの残した契約から始まった奇妙な縁。アイツはもしかすると、こんな事になる事まで予測していたのか……?
 だとするならば恐れ入るが、同時に感謝している。目的に一歩近づいたのだ。アルドの行動は―――決して無駄では無かったのだ。







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