ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

帝都陥落 始

 先に来るつもりなど毛頭なかったが、事態が事態だったためにアルドが先にこちらへと来る事となった。それからナイツ達が来たのは十数分後の事。フェリーテは公私混同するような事が無いのは安心としても、メグナやファーカの辺りから妙に鋭い視線が。自分の失言のせいなのは分かっているが、混同されるのは困る。
 アルドが困ったような、気まずいような微妙な顔をしていると、それが目に入ったのか、ディナントがいつものような口調で言う。
「オマエ……達、公私、ワ……ろ」
 言葉が以前の速度に戻っているのは、神尽を復活させた影響だろう。誰が復活させたかはディナントのみぞ知る事だ。カテドラル・ナイツに鍛冶師は居ない。だからそんな剣を復活させようとするとする者が居るとすれば……剣の所有者ディナントとか。
 言いたい事は『お前達、公私を分けろ』なんだろうが、心なしか以前よりも酷くなっているような気がしてならないのは、果たして自分だけか。
 件の二人は微妙な表情を浮かべているが、侵攻が先だと言う正論に抗える筈も無く、暫くして漸く二人は折れてくれた。
 ―――感謝するよ、ディナント。
 いい加減本題に入りたかったのもあって、助かったのは事実。感謝しよう。
 さて。
「我々の目の前に聳える国はフルノワ大帝国ことアジェンタ大陸の首都だ。ユーヴァンの焔の御蔭でもはや崩落しているも同然だが、それは私達の手でやる事だ。どんなに間違っても、他者の手で行われるべき事ではないし、自然的に終わるモノでもない。それを前提として、改めて宣言させてもらう」
 心臓はいつものように鼓動を奏でて、血液はいつものように廻り流れる。動揺は無い。されど刺激も無い。 元来繰り返されてはいけない禁忌の行為。停滞を潰してしまう行為。平和を踏みにじる行為。
 だというのに。今のアルドはいつもよりもずっと、落ち着いていた。
 興奮も無く、悲しみもない。在るのは只、やらなければならないという決意だけ。
 自分の最大の障害であり、壁で在り、心の支えで在り、アルドを形成した大切な記憶。いつかはやらねばと分かっていた。だからこそ心は修羅で在りたかった。
 しかし―――その時は予想していたよりずっと早く、自分の目の前に聳え立った。自分は斬らねばならない。いつものように、当たり前に。
「私はこの国を落す。そして過去と決別する」
 決意は覚悟を持って固められ、かくして侵攻作戦は始まりを告げた。いつの日も別れは唐突で、理不尽。
 それでも―――アルドは進まなければならない。自らを欲した魔人達の為に。魔王になってはくれないかと頼んできた―――皇の為に。






「くそッ! 駄目だ。応援を寄越せ、この大人共を殺してやるぞ!」
「この大陸は本当にクソガキしか居ないのね。全く困ったモノだわ」
 メグナの下半身が子供の首を締め上げる。その骨は余りに脆弱で幼い。間を置かずして子供の首は反対側に捩じり砕かれた。生きているはず等ありえなかった。
「貴様も幼少の頃は十分なクソガキだった癖に、何を言ってんいるんだ」
 呆れ気味に呟くは骸の魔人ルセルドラグ。二人は流石に同郷と言う事もあって、場違いながら昔話に花を咲かせていた。
「はあ? てめえもクソガキ……ああ……幼少期なんてなかったな」
「ふん。『骸の魔人は生まれたその瞬間こそ大人である』。成長など有り得んさ。むしろ貴様らの年齢昇華基準で言うならば、今こそが幼少期という奴だ」
「クソガキじゃねえか」
「誰がクソガキだ、糞ビッチ」
 二人は楽しそうに会話しているが、ここは現在戦場。二人は数百人の兵士に囲まれているのだ。本来は絶望すべき状況で、まして会話する暇など生じる訳も無いのだが……彼等はカテドラル・ナイツ。凡兵が百人千人居ようとも、彼等に傷を付ける事は叶わない。洗練された兵の群衆ならば彼等の対応もまた違ったモノになるが、敵は子供おとなで技は平凡。巧い戦い方でもなければ力に任せた戦い方でもない。一言で言えば未熟な戦い方しか出来ない奴らなのだ。そんな彼ら相手にナイツが全力を出す筈も無い。リスド攻略時、或いはそれ以下の力程度ですら戦えているのが、何よりの証拠だ。
「何でッ、攻撃があたらねんだよ!」
 子供の一人が持つ弓は影弓『珀薔ひゃくば』。射られた弓に不可干渉属性を付与するという武器だ。つまり矢を掴んだり防いだり。そう言った干渉を一切許さないという武器である。彼は攻撃が当たらないと嘆いているが、何の事は無い。別に矢に必中性が無いのだから単に彼の力量不足というだけである。
 無論ナイツに充てられるだけの技量を持つモノ等、その辺りに居て良いはずが無いが。
「良い弓も射手の技量によってはゴミとなるん。良く覚えておくのだな」
「えっ、だれ……ガッ」
 二人は囲まれていると言ったが、実質ルセルドラグは捕捉されていない。只恐ろしく広範囲に降り注ぐ
矢の雨を躱しているだけだ
「何者だッ、何処にいるッ?」
「はいはい。私から眼を離してんじゃねえよクソガキがッ」
メグナの下半身による鞭で子供数人の首がねじれた。ルセルドラグに慌てればメグナに殺され、かといってメグナに気を配ればルセルドラグに殺される。
 数百人がどうあがこうと、この二人相手では詰んだも同然だ。この二人を相手にするときは、最低でもルセルドラグは感知できるようになっていないと、詰む。無論彼等にそれを知る術は無いし、考える知恵も無い。
 もとよりこの勝負は無謀だった。否、勝負と言えるかすら危うい。勝ち負けは既に決まっているのだから。
「私達を舐めんじゃねえぞクソガキ。大陸の特性でさぞかし温い所で育ってきたんだろうが……それじゃあ、私達には勝てねえ。戦いの年季ってのが違うんだよ」




「っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはッ! お前達は変わらないなあ! 相変わらず幼稚で稚拙で……俺様と戦ったのに、まるで強者との戦いを熟知しちゃあいない! 格上殺しなんて出来ないよお前達には!」
「ユーヴァン……調子に乗りすぎ」
「いいじゃないか、いいじゃないかヴァジュラ! 国は滅んで、大陸は我がものに! これから消えゆくモノたちに、どうして敬意を払わねばならない!」
「……ねえ、ユーヴァン。何か機嫌悪くなってない?」
 子供の振り下す剣を捌くと同時に喉笛を噛みちぎるヴァジュラ。誰が見ていても感じるだろうが、かなり余裕そうだ。
 ユーヴァンの爪がふるわれると同時に、直線状にあるあらゆる物体が灼熱の鋭爪によって切り裂かれた。子供達の作り上げた魔術防壁も、或いは物理的な防壁も、まるでその役目を果たさずに崩された。子供とは言え防壁そのものは上位。そう上位だ。ナイツは容易く破ってしまっているが、本来は同じ位の魔術を何発も放ってようやく崩れる代物。百人の兵が突っ込んできても絶対に壊れない程に堅固な代物なのだ。
 それをたった一振りで……子供達の顏が絶望に染まる。
「俺様の攻撃を防ぎたいなら終位の防壁でも張るんだな! それが出来ないってんなら魔術に頼らず防いで見せろ。俺様の大得意な相手は―――魔術師なんだぜぇ?」
弓兵は居ないようだが、居ても無意味だろうし、偶然だろうが、その判断は正しい。発火物になりうるモノを武器に使うなんて、ましてやそれをユーヴァンに向けるなんて無謀も良い所だ。無力でしかない。
 そんな彼を手に負えないと悟ったか、子供達は優先的にヴァジュラを狙うが、それこそ二人の思うつぼだった。
「隷魂、『時限』」
 ヴァジュラは既に篭手を装着しており、その言葉と同時に飛び出てきた鎖は、いつものとは違って、黒く腐食した鎖だった。無論生物に対しての効果は健在。ヴァジュラに接近した子供は、そのあまりにも醜い鎖に体を取られてしまった。
「なんだっこのっ『炎鎌ファイアサイス』ッ!」
 魔術を当てようとするも、それは無駄な努力だ。焔系統の魔術に対して絶対支配権を持つユーヴァンが居るのだから。
 ヴァジュラへと放たれた焔は明後日の方向へと吹き飛んで、仲間を焼き尽くした。本意でない攻撃にしろ、仲間を攻撃したと言う事実は、子供の心を深く傷つけた。
「うっ、嘘だぁ」
 大人を奴隷同然として、その強さを見なかった子供に勝てる道理など在る筈が無かった。子供達は蹂躙されていく。一切の躊躇なく、無慈悲に。
 それは彼等が大人こどもたちにしてきた所業に酷似しているのだが、彼等がそれに気づく事は、たとえ死んだとしても有り得ないだろう。




「……甚だ不愉快なモノだ。ユーヴァンのせいか御蔭か何て、どっちでもいいことだが―――」
「本当。有難迷惑よね。まさか兵士が少なすぎるあまりに、私達の出番が無くなるなんて」
 チロチンの背に乗り上空から戦場を見つめるファーカは不服とばかりに愚痴をこぼした。
 それに合わせて宥めるようにチロチンが呟くのは、最早通常運行としか言いようがない。
「今回はリスドの時とは違う。ユーヴァンがどうして焔を吐いたか何て分からないが、弱らせるつもりだったのかもな。それはこの国が滅却されていない事から普通に分かる事だ」
「……? どうして弱らせるの?」
「ヴァジュラがせっかちなのは知ってるだろ。過去から生じた性格故に仕方ないが、ユーヴァンはアイツが大好きだから、それに合わせたんだと思われる」
 ユーヴァンは元々あんな性格では無かったなんて、今でも信じられない事だ。じゃあ元々の性格は何なのかという話だが、それは流石に知り得ない。ヴァジュラに聞いても適当に誤魔化されるし、本人に置いては『俺は俺だ』などと訳の分からない事を繰り返しており、情報収集能力に長けたチロチンと言えど、ユーヴァンの昔までは知る事は出来なかった。
「ほーんと、ヴァジュラの事大好きよねアイツ。その恋が叶わないのは知ってる筈―――」
「口が悪いぞファーカ。ユーヴァンはそれを承知で動いているんだ。それを知った上で彼を侮辱すると言うのなら―――ちょっと、どうかと思うけどな。」
 チロチンに与えられている役目は実は情報収集では無い。情報収集は飽くまでそれをするにあたっての行動であって、本来は内部に存在する裏切り者の調査だ。
 裏切りモノはまだ出ておらず、今の所は平和だが、それでもいずれは出てくるかもしれない。アルドは魔人を信じている。裏切りなどありえないと確信している。
 それがアルドの弱点で在り、裏切者が出れば、まず間違いなく後れを取ってしまう。おかしな話だが、アルドはそれを、まるで他人事のように語り、チロチンに託したのだ。
 それを栄誉と感じたからこそ、チロチンはこの任務に非情で居る。たとえ自分と同郷のモノだろうと、裏切るならば……と。
ファーカが裏切るとは思えないが、思えないからこそ疑ってしまう。信じるからこそ疑う、という奴だ。
「……ごめん。何か―――いらついちゃった」
「俺に謝るのは少し違ってるな。お前に謝る気が在るならば、後で本人に謝るんだぞ」
 仲間を侮辱する事が裏切りと直結するとは限らない。だが信頼関係に亀裂が入るのは確実だ。彼女に裏切る気がないのならば、亀裂が入る前に修復をするだろう。
「……うん」
「ああ、それでいい。それにしても……私達は本当にやる事が無いな」
 戦場を観察してみても、その状況はあまりに一方的だ。介入の余地は無い。
「そう言えばフェリーテ達はどうしたの?」
「ああ、アイツ等なら―――」




「こういうのも、中々風情があるのう」
「どこ……ガ……?」
 フェリーテ達がいるのはフルノワ大帝国より少し先に聳えた小山。二人は手ごろな石に腰を預け、崩壊する国を眺めながら何処からか取り出したお茶を呑んでいた。
「命の終焉に立ち会う事が出来ると言うのは、とてもとても悲しい事じゃが、同時に幸運でもある。それに、妾達の出番は何処にも無いのじゃ。ならばせめて、見届け人となって結末を見る事にする。そうは思わんか、ディナント」
「おも……わなイ」
「主様の過去は主様が乗り越えるべき『壁』じゃ。それを乗り越えて初めて主様は強くなれる。人間だった頃を捨てて、魔王になる事が出来る。それを妾達が補助する事は出来ん。英雄アルド以前の話に、妾達は干渉できない。本来はこうやって―――見守る事しか出来んのじゃよ」
















 

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