ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

崩落の足音

 日は過ぎ去って、翌日の朝。『影人』を再び行使し、ウルグナはアルドへと戻った。片腕の治療は未完了とはいえ、九割方は完了しており、戦闘にはなんら支障が無い。強いて言えば、全力で戦った時には支障が出るくらいで、アジェンタにクリヌスは居ない筈なので、全力を出す事も無い。
 仮に全力を出しかねない事態が起こったとしても、自分は一人では無い。そういう時こそナイツの出番だ。一応励ましたとはいえ、ルセルドラグなんかはかなりその件を引きずっているので、むしろそういう機会に恵まれた時は彼を出してやるべきだろう。仮にも彼はカテドラル・ナイツ最強(フェリーテが始祖としての力を制限されている場合)なので、見せ場自体は作ってやるべきだ。それこそ他のナイツが羨むくらいには必要だ。
 見せ場なら侵攻後の大陸の経済を回す事もそうと言えるが、生憎、正体を勘付かれないようにしつつ、人間と貿易をしつつ、さらに益を出せるのはヴァジュラとフェリーテだけであり、ルセルドラグはそういう役回りにはなれない。居ても必要がない。
 ……どういう訳かはしらないが、クリヌスからの反応は無い。あそこまで派手にやらかした以上、アルド達の存在は皆の知れる所となってしまった―――少なくとも妹と騎士団長には生存を知られてしまった―――だというのに、未だ何の動きも無いのは、流石に不自然だ。クリヌスが何かしたのか、或いは……
「いや、考えるのは後だな」
 今はアジェンタ大陸攻略に専念するべきだ。この行動がたとえどんな悲劇と不幸を運ぶことになったとしても、それはそれであり、今気にするべきではない。攻略後に考えるべき事案だ。
 アルドはコートを羽織って、部屋を去る。
 さあ、攻略開始だ。




「現在、アジェンタ大陸はどうなっているか。これはユーヴァンが良く分かっているとは思うが……ユーヴァン。どうなんじゃ?」
「ほう! ほうほうほう! 俺様にその説明を―――ああッ、分かっているとも。簡潔に話せ、だろう? ならば応えようではないか! アジェンタは現在俺様の焔によって半焼。兵士もまあ八割はえたッ……ついでに城も灼けた! まあそれはそうなんだが、王女様の部屋は終位の魔術が三重に掛けられているらしく、只『竜』になった俺様じゃあ破る事は叶わなかった。以上だ!」
 無駄に芝居がかった動作でユーヴァンが語る。皆いつもの事とばかりに流したので、大して面白みも無かった。
 実際いつもの事だが。
「……ねえ、そんな状況なら、別に作戦を練る必要はないんじゃ?」
 ヴァジュラが尤もな事を訪ねてくる。確かにそれは皆の思っている。そこまで弱っているのならば、別に作戦何て考えずとも国を滅ぼせるのではないか。むしろ無駄に作戦を練っている事によって侵攻を遅らせてしまうのではないか。ヴァジュラが意見する事自体珍しいモノだが、その言葉には何処か焦っているような節が。
 ……まあ、無理も無い。彼女の過去の過ちの起因するのだ、その言葉は。焦らなかったが故に、彼女以外の種族は滅びた。今も焦っているし、きっといつでも焦っている。本来はアルドの片腕の治療の時間なんかに掛けている時間なんて無いと思っている筈だ。
 しかし。それでも彼女が攻略遅延を承諾したのは―――利用している訳では無いのだが、自分への好意故だろう。急いだが故に自分を死なせてしまっては本末転倒。きっとそう割り切って、承諾した。
 それは有難いとしても、普段の彼女の気持ちはこんな感じなのだろう。
「うむ。それは尤もなのは承知しておる。じゃが、今回は……主様、すまぬが妾の口から言わせてもらうぞ」
「構わない」
「うむ。これは……以前より決まっていた事では無いのじゃが、アルド様は今回の首都も『皆殺し』という方針を取る事にしたのじゃ」
「あれ……? リスドは特別だっただけで、他の大陸は、抵抗する奴だけを殺すという方針なんじゃ?」
 ファーカが驚きを隠せずにそう言って見せる。アルドと話している訳では無いので、言葉は改まっていいない。
「語弊があるの。正しくは、子供を皆殺しじゃ。もはや子供の奴隷となっている大人どれいは都合が良いので、そのまま使役するとの思考じゃ」
「それと王の所へは同行しないでほしい。事情は各自フェリーテに聞いてもらうとして、これは私の過去との決別だ。私が一人で向かわなくてはそれは達成できない。だから……フェリーテも、ヴァジュラも、ファーカも、メグナも。お前達は子供おとなを殺す事に専念してくれ」
「つまり……私達は」
「ああ。私のサポートに励んでくれ。流石に余所者に邪魔をされるのは気に食わないからな」
 メグナと会話する事が最近少なくなっているような……攻略後は彼女と過ごすべきか。いやいやしかし―――
「作戦決行は今から三十分後。大陸まではフェリーテに任せるから今回フェリーテは作戦には作戦出来んぞ」
「すまんのう、主様。妾の今の力では、大陸転移は一度が限界なんじゃ」
「大陸をその辺りに創造して転移されるよりはマシだろう。それに、私の子、子供に戦いを知って欲しくないからな。『勝利』は……クリヌスの代で打ち止めだよ。この戦いが終われば戦争も無くなるだろうし、必要のない肩書だからな」
 何気ない言葉のつもりだったのだが、次の瞬間、ナイツの半数―――主に女性陣が動きを止めた。動きを止めたというより、止まった。止まらざるを得なかった。止まらない筈が無かった。
「……主様? 或いは妾の耳が壊れているのやもしれぬが、今、稚児ややこが云々……宣いはしなかったか?」
「アルド様……今何と仰いましたか?」
「……私は、死んでいたのかしら」
「えっと―――え?」
 女性陣は困惑をしているようで、一部女性は何を言っているか分からないが、今何かおかしな発言をしただろうか。
「フェリーテは子供を孕まなければ全盛期には戻れない。全盛期に戻れば3日と経たずに大陸奪還は可能だろうさ。私の疲労すらも取り除けるか……は分からないが、ともかく奪還出来るのは確実だ。では何でしないか。今こんな所で子供が生まれてしまえば、戦争を知ってしまう。命の脆さを知ってしまう。殺しを知ってしまう。私はそういう未来を望まないからこそ、今ここで魔王として君臨している。何かおかしな事、言ったか?」
「……だ、誰の子供を……?」
「えっあ……うん、それは……ああ―――さあ、フェリーテッ! 大陸に移動しようか」
 無理やりを超えて、もはや誤魔化しでは無いが、仕方ない。我ながら軽率な発言だった。その裏にあるだろう意味をまるで考えていなかった。
 フェリーテの目線が険しくなる。誤魔化しは効かない。彼女は思考を読む。
 ―――言えと?
 フェリーテが頷く。どうやら言ってくれるまで転移させる気は無い様だ。まるで考えていなかった事は知っているだろうに、まさか今考えろなどと外道じみた行為を強要してくるとは。
「―――仕方ない」
  アルドは立ち上がると同時に、虚空に死剣を納めて代わりに王剣を手に取った。
「チロチン、外に」
「了解しました」
 チロチンが第二の切り札を発動。ナイツの行動の一切を封じアルドへと接近。切り札が発動しきった頃には彼は既にアルドの眼前で直立していた。
 こんなくだらない所で使われる切り札とは一体。ナイツ達が行動を開始するよりも早く、アルドの姿は掻き消えた。
 空間の外へと出たため、ここでは五感が死んでいる。もはや彼女達の声は届かない。
 非常に申し訳ない逃げ方だが……姑息でも良い。今は何かをいう時では無い。いつかは答をださなければならない。正妻が誰だ、とか。誰が最初に子を孕むとか。
 しかし今だけは……勘弁してほしい。今だけは……





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