ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

あの日交わした約束を

 ユーヴァンを助ける為に再び影人を使い、性質反転を起こしたアルド―――今はウルグナだが、別にこの状態で国が攻略できない訳では無い。超遠距離から終位魔術を間髪入れずにぶち込めば、取り敢えずは滅ぼせるだろう。
 だが、それはアルドの望む形で無い。それに、アジェンタの女王様とは面識があるのだ。これはアジェンタに関わらず全てに言えることだが、王とは一度会って、この手で殺したい。リスドの時も出張る必要は無かったが、人を束ねる王に一度会う事は、魔王として当然の事だと思っている。何故ならば、人でも魔人でも、王である事に変わりは無く、故に対等だからだ。……エヌメラはこんな事を考えても居なかったが、まあ自分は違う。
 何よりあの女王様とは約束したのだ。然らば、自分に会わないと言う選択肢は無い。問題は、会うと言う事は敵陣に入ると言う事。そんな時にこの近接戦素人のウルグナでは、殺される可能性がある訳だ。それは限りなく低いので理由に含めないとしても、この状態は非常に落ち着かない。何より実質は別人の為、彼女に会いに行っても他人と思われる可能性がある。
 アジェンタ大陸は今すぐにでも攻略すべきだと思っている。思っているが―――影人は一日経たなければ反転の反転―――即ちアルドに戻る事が出来ない。個人的な理由で申し訳ないとは思うが、侵攻するとすれば、それは明日からにさせてもらう―――旨の内容をナイツに伝えた所、特に批判や意見も無く、承諾された。というか、納得してくれた。その理由は自分とは違い、『オールワークが消耗している事』と、『自分の片腕がまるで治療されていない事』にあった。前者に関しては納得の理由で、アルドが侵攻開始の日を伸ばした理由の一端を担っているモノでもある。
 後者は、治療できればそれに越した事はないのだが、『救滅』を使った事、二年の喪失期間も相まって、反動というモノが出来てしまい―――簡潔に言えば、他の魔術が一切使えなくなった。そう、片腕の治療が出来なくなったのである。治療方法と言えば、侍女達が使える回復魔術を大人しく受けている事だけ。それこそ、鳳、蜩、クローエル含めた侍女の看病でも受けていなければ直らないのだろう。
 いずれにしても、一日は最低でも休息と言う形で休まなければならない。急ぐ理由はあるし、休んでいる暇なんてない程状況が変わったのは分かっているが、事態の整理をする時間は必要だったし、ここで取らなくてもいずれはそういう時間を取る事になる。
 ならば自分の治療にかこつけて、そういう時間を取ろう。アルドの真意は、むしろこちら側にあった。
 自己評価だが、自分は誰かを助ける事でしか存在に意味を付けられないような人間なのだ。その助ける側の善悪は置いといて。誰かなしに自分を保つ事が出来ない。そんな人間。影人が何だと言っているのも自分の為では無く、大陸を奪還したいと言う魔人の為。片腕の治療も、侍女やナイツが悲しむ顔を見たくないから。
 自室に戻ろうとアルドが腰を上げた所で、そういえばと気が付く。オールワークが柱に凭れて眠っているのだ。
 オールワークをここで寝かしておくのは酷だ。かといって彼女の部屋に入るのも抵抗があるので、自分の部屋にでも連れて行くか。




 オールワークは自分のベッドで穏やかな寝息を立てて眠っている。呼吸の旅に腹部が膨張し、また縮小し。呼吸に問題は無い。消耗しただけなので当然だが、念の為だ。
 さて、魔術が一切使えなくなっている上に、近接戦が素人。どう考えても雑魚になっているアルドには、彼女を直ぐに目覚めさせる術がない。トゥイーニーが侍女の統括を出来るとは、今の自分がフルシュガイドに単身乗り込んで無傷で勝利出来るくらいありえない……待て、その場合はむしろ敗北してしまうか……つまり絶対にありえないという事だ。
 かといってこんな風に眠っている彼女を叩き起こす訳にも行くまい。そんな事をしたら、まあ抗議はしないだろうが、間違いなく機嫌が悪くなる。御機嫌取り? 何とでも言うがいい。彼女には幸せで居てほしいのだ。起こさなければ世界が滅ぶなんて事が起きない限りは、絶対に起こすつもりは無い。
 どうしたものかと考え、すっかり自分の片腕の事を忘れていると、扉を叩く音。
「入れ」
 声に応じるように扉が開かれる。姿を現したのはフェリーテだった。
「……何か用か?」
「用が無くとも現れる事は暫しあるものじゃよ。用などという大それたモノは無い」
 オールワークが眠っているので、自分はベッドの端に座っている。フェリーテは雅やかな動作で歩みを進め、自分とは反対側の角に腰を下ろした。
「のう主様。妾達は主様に助けられた身じゃ。このからだも、この心も、全ては主様に捧げられた。―――だというのに、主様は所有物のような扱いをしない。一体、どういう事かの?」
「覚で分かるのに、聞くと言うのか」
「主様の口から聞いてこそ、意味があるのじゃよ」
 フェリーテが言っている事は……そう言えば皇にも言われたか。自分が何故カテドラル・ナイツに対して通常の対応とは違う事をしているのか―――
「私は王様に向いていないだけだよ。独裁的にはどうなっても出来ない。だって、私は元々誰かに仕えていた身だからな。身勝手な命令でどれだけ苦労するかは、私も良く分かる。それは全てを捧げたとかいう問題で解決されるものじゃない。そんなモノでお前達の自己を殺したくない―――お前達はお前達であり、その意思は、存在は、間違っても私が殺して良いモノじゃない。お前達が私に全てを捧げてくれるならば、私もまたお前達に全てを捧げる。だから私は、お前達にどんなに頼まれても、絶対に所有物のように扱わない。扱えない。……あんまり言えるような事じゃないが、これでいいか?」
 胸の内がすっきりするくらい吐き出せたような気がするが、原因はやはりフェリーテに在る。やはり何よりも、誰よりも。お互いに全力で殺し合って、愛し合った―――恥ずかしいが、事実である―――後にも先にも、カテドラル・ナイツ結成において、仲間になる本人と戦ったのは、ディナントとフェリーテのみ。そういう人物に真意を語るよう促されると、どうも弱い。ディナントが聞いても、結果は変わらないだろう。彼は武人であり、アルドは武人に対しては真摯な態度を取ってしまうからだ。
 だが包容力という点で言えば……もはや何の話をしているか訳が分からないが、とにかくフェリーテは魅力的なのだ。……頼まれれば、まあ断りにくい。
 分かり切っている様にフェリーテが微笑む。声は無い。一体この行為に何の意味があるのだろう。意味が無いとしか思えないが、何か意図でも……? 覚の無い自分には到底理解しえない話だ。
「……のう、主様。主様が妾に対して真摯に対応してくれると言うのであれば、話してくれぬか。アジェンタの女王と何があったのかを」
 ああ、そうくるか。まあそうなるか。ナイツは自分の交友関係を知らない。だがフェリーテならば、たとえ知らなくても知る事が出来る。自分に対して全てを捧げてくれたのならば、確かに交友関係を知る権利はある。
 何れはナイツにも話さなければならないか。いや、これから死ぬ彼女の事はまあどうでもいいとしても、自分の知る人物の大半は、ナイツを軽く超えうる存在だ。そう……例えば……自分の弟子……とか。
 彼等の事を知っておけば、少なくとも生還する確率は高くなる。アジェンタ大陸を落した後、語るべきなのはもはや自明の理だった。
 だからこれは飽くまで練習だ。過去を話す事に慣れていないアルドの、練習。たとえ今がウルグナでも、正確には別人だったとしても、精神だけは変わらない。
「フェリーテ。これはお前達と出会う前の話だという事は分かっていてほしい。だから……その、魔人を殺したり色々している。その辺りは勘弁してほしい」
「言わずとも承知じゃよ。ジバルに居た妾が知る由は無いが、それでも、その時代だけは聞いておる」
 理解が早くて助かる。流石に、常日頃周囲の思考を知る妖は違うと言うべきか。
「では、今回はアジェンタの女王との話を語るとしよう。まあ、大した話じゃないし、どんな関係にあったのか、話せるのはそれくらいだ。勘違いしないでほしいが、これで全てだ。過去のフルシュガイド大帝国騎士団の内情やらがダダ漏れなのはさて置いて、退屈な話なのは保証しよう―――準備は? そうか。ならば良し」
 語る事は好きでは無いし、得意という訳でもない。だが聞かれた以上は応えなければならない。言葉の端々に注意を払いつつ、語り出す。




 それは、処刑されるずっと前の話―――エヌメラを倒す以前の話だ。









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