ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

姿無き主より

 ナイツ達が目を覚ました。視界に広がった瓦礫は見覚えのある風景で、城に戻ってきたことを彼等に理解させた。体を起こし、周辺の様子を窺う。皆重傷ながらも、それなりには動けたし、死者は居なかった。
「目覚めたか、お前等」
 城の奥からカテドラル・ナイツが一角、チロチンが姿を現した。その手には幾つかの『霊薬』が握られており、目を覚ましたモノは、それぞれ小瓶を受け取った。
「そいつを飲め。ゆっくりでいい。取り敢えずは回復するはずだ」
 それぞれのペースでナイツ達は小瓶の中身を飲み干す。すると、魔力共々傷が塞がり、体は忽ちの内に回復した。この薬をエヌメラに持ち去られなかったのはアルドの御蔭だ。下手をすれば碌に回復すら出来なかった。そういう意味では、アルドがあの時駆けつけてきてくれたことは、非常にありがたい事だ。
「ねえチロチン。フェリーテが何処に居るか分からない? さっきから姿が見えないんだけど……」
 メグナの何気ない質問に、チロチンは悲痛そうな表情を浮かべた。久々に晒されたディナントの素顔も、苦い表情を浮かべていた。
「え、何?」
「フェリーテ……あっちの部屋で泣き寝入りだよ」
 チロチンが向いた方向は、アルドの私室だった。ヴァジュラが疑問符を浮かべる。
「えっと……アルド様に慰められたって事?」
「違う」
「アルド様といちゃいちゃってかッ?」
「そうだったら良かったな」
 その言葉に理解が出来ないナイツ達だが、その意味は間を置かずして理解する事となった。
「アルド様は消息不明だ」
 その言葉を、平淡に、そして冷静に言い放つチロチン。刹那、チロチンの足に鞭のような一撃。足元を掬われたチロチンが倒れ込むより先に、それは彼の全身を締め上げた。チロチンは多少驚いたような顔をするが、実行犯を見るや、落ち着いた。
「メグナ。痛いぞ」
「うっさいわね! そんな事が信じられる訳無いでしょッ、アルド様が死ぬなんて―――そんなッ」
 その言葉にチロチンが疑問を浮かべた。
「死ぬ? 貴様はアルド様が死んだと思っているのか」
 メグナが動揺すると同時にチロチンは空間外に逃走。少しして、チロチンはディナントの横に出現した。
「私は消息不明と言っただけだ。何も死んだとは言っていない。そうだろう、ディナント?」
「あ……あ。オレ……も、分かって、ル。アルド…………様、シンで、ない」
 ディナントは無言で折れた神尽を掲げた。
「それって……確かディナントの」
「ファー……カ。コの剣……知っテル。アルド様……ジブン達の為……戦っテた」
 この剣にはそんな特性は無い。だが、武人であるディナントだからこそ、この剣に残る記憶が、理解できる。
 たとえ死んでも自分達を助けようとしたその想い。それはこの剣が確かに刻んでいた。自分達への愛、悲しみ、エヌメラへの憤怒。そこに曇った感情は一切ない。澄み切った感情。既に刃折れの神尽は、アルドの残した想いそのものだ。
「フェリーテはお前達とは違ってアルド様の体が動かなくなった所を見たらしいから……幾ら死んでなかったとしても、心労は相当なモノだろう。暫くはあの部屋から出てくるまい」
「……ねえ。チロチンはどうして、そんなに冷静で居られるの?」
 幾ら死んでなかったとしても、自分達の傍にアルドが居ない。ディナントのような、戦における生死に慣れている者でもない限りは、深い悲しみに包まれるのが通常。チロチンは武人では無い。ならば何故、ファーカ達のようにならないのか。それを尋ねるのは当たり前の事だ。
「『たとえ私が戻らなかったとしても、変わらず大陸の奪還を進めてくれ』。直前でアルド様に言われた事だ」
 全員が目を見開いた。アルドは最初から死ぬ覚悟で、自分達を救ったのだ。アルドが居なくなったことに気づき、悲しむ事を想定してまで。
 アルドは死んでいない。そう信じるのはナイツの役割だ。だが、アルドがこうまでして保険を掛けていると、その想いはやはり揺らいでしまう。
「私は誓った。如何なる状況でも優先させると。私はアルド様が必ずお戻りになると信じているのだから、ならば障害など在る筈が無い。お前達はどうする? アルド様が居なくなった事で人間に恐れをなすか? アルド様がお戻りになられる事を信じて戦うか? 前者を選んでもいいが、そんな奴はナイツには必要ない。故郷に帰る事だな」
 チロチンが初めて苦言を呈した。同郷のファーカでさえ、聞いた事が無い程に鋭く、同時に自分達を想う警告だった。
 最愛の主を信じられぬならば帰れ。そんな奴は待つ資格すらない。要約すれば、そういう事だ。
「ねえ……チロチン。アンタ何時からそんな偉くなったのよ」
「偉くなったつもりはないが、課題が山積みの現状、誰かが指揮をせねば困るだろう。未だルセルドラグは捕縛されているだろうし、まだアジェンタの首都は落としていない。それに魔人がリスドを侵略した事を、まだばらす訳には行かない故に、隠蔽工作も残っている。この城の修復だってある。私が上に立つような存在で無い事は承知だが、情けないお前達よりは幾分かましだろう」
 ディナントが立ち上がった。久々に兜の取れたディナントを見るが、やはり恐ろしいの一言だ。見た目自体は、人間と何ら変わりがない。角がある事が『鬼』の特徴らしいが、ディナントにはそれが無い。チロチンはいつだったかアルドにディナントの過去を聞いたことがあるが、アルドはいつも、『初恋が成せる奇跡』としか言わなかった。
 それ以上は聞かなかったが、詰まる所、ディナントは元『人間』。その『人間』が、他の魔人よりも早く立ち上がったのだ。
「オレ……戦ウノミ……」
「ディナント―――そっか。そうよね。チロチン。警告ありがと。私もアルド様が戻るって信じてるから、戦うわ」
「……僕も戦うよ。死んだなんて、信じる訳には行かないし」
「俺様も戦うぜ。流石に今回はふざけてられないがな……アルド様が帰ってくる事は信じている」
「アタシも戦うわ。チロチンに諭されたみたいで癪だけど、言ってることは正しいし」
 ナイツの想いは同じだった。もしかしてと不安を抱いた自分が恥ずかしいが……なにはともあれ、意志は固まった。
 アルドが帰るその日まで、自分達は命令に従う。それが自身を賭して魔王と戦った、我らが魔王アルドへの、最大級の返答だからだ。
「ルセルドラグ程の奴ならまだ大丈夫だろう。取り敢えずは城の修復を始める。お前等手伝え。アルド様がいつか帰ってくる場所だ。気を抜くなよ!」






 ナイツが城の修復を始めるのを確認した後、チロチンは一人アルドの私室へと向かった。扉を開け、ベッドを確認。布団が大きく膨らんでいるのを見ると、まだフェリーテは籠って寝ているらしい。
「フェリーテ。大丈夫か?」
「………チロチンか?」
 フェリーテは布団から徐に顔を出し、こちらの存在を確認した。散々泣いたのだろうか、今は落ち着いているようで何よりだ。
 チロチンはベッドの端に腰を下ろし、語り掛けた。
「フェリーテ。私達はアルド様が帰るその日まで命令に従うと決めた。私達は、通常通り世界奪還を目指して行動する」
「……そうか」
 お前もそうしてほしいという言葉が脳裏に響いたが、チロチンの言葉は、そんなありふれた言葉では無かった。
「そこでお前に頼みたいのは―――アルド様の捜索だ」
「―――む?」
「アルド様が自力で戻る確率は私の見立てではかなり少ない。だからお前に、捜してきてもらいたいんだ」
 チロチンが次に紡ぐ言葉がまるで分からない。一体どんな感情で、どんな言葉を出すのか、まるで見当がつかない。原因は分かり切っている。そして、その瞳の色から、チロチンもまた、フェリーテのそれを分かっている。
 だからこそ、なのだろう。自分だけにアルド捜索の行動を許可するのは。
「―――お主、気付いておったのか?」
「私は情報収集を主に活動していたのだから当然だろう。だからお前に言っているんだ」
 フェリーテはアルドに負けたその日から、呪いとも言うべき契りを、交わさざるを得なかった(アルドのせいではない)。
 要約すれば、番と共に居れば居る程能力の制限が解除され、子を孕んだその時契約は完了。制限の一切が消え去るというモノだった。一見何のデメリットも無いが、番―――つまりアルドが離れていればいる程、フェリーテはその力に制限を受ける。チロチンの心内が一切読めないのは、そのせいで『覚』すら使えなくなっているからだ。
 そして離れていても能力が持続していたのは、アルドがフェリーテを憶えているが故。その補正が今、入っていないという事は、即ちアルド自身に重大な問題が発生したと言う事。だからフェリーテは弱体化した。
「もし、アルド様とどこかで会う事が出来たら、その抱えてる問題とやらを解消してほしい。というか、それまで帰ってくるな。弱いお前など見たくはないからな」
「……全く。お主は厳しいのう。承知した。主様は必ず妾が見つける。じゃからお主は……ルセルドラグを」
 すっかり元気になったフェリーテを見、微笑んだ後、チロチンはマントを脱いで、フェリーテへと差し出した。
「マフラー代わりだ。浴衣マント何てださい格好よりはましだろう―――貸しておいてやるから、それ使って行け」
「……すまぬ」
 フェリーテはそれを首に巻き付けた後、刹那の隙に、姿を消した。空間外に移動したのだろう。きっと今度顔を見せる時は、アルドと一緒に違いない。そうでなくては困る。
「チロチンッ! 背が届かないから代わりにやってくれないッ?」
 外の方でファーカの声が聞こえる。何をしているかは知らないが、身長の問題で何も出来ないらしい。
「全く……ハイハイッ、今行きますよ!」
 手は尽くした。後は時間とフェリーテが解決してくれるだろう。思い残す事はない。自分達は只、アルドの命に従うのみだ。いつかアルドが帰ってきても、立派に胸を張れるように。



























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