ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

決着

 地形変化によって作られた道を抜け、地下へと足を踏み入れる。人が長年出入りしていないからか、牢獄の冷たさはたとえ触れなくとも分かった。キリーヤが耐えられるような代物ではない。こんな牢獄に入るくらいならどんな事でもしてみせるとすら言ってしまうかもしれない。牢獄に入った事が無い故の想像補正かもしれないが、牢獄に入りたくはないので、生涯このままだろう。
 左右を確認すると、敵は居ない。背後を振り返って、大丈夫だと伝えると、程なくして三人も地面を踏みしめた。
「とりあえずは成功か」
「……」
「こういう構造ですか。ならカオスは最下層に居ますね」
 訳がわからんとばかりにクリヌスに視線を送ると、一度咳を払って、周りに語るように言った。
「最深部に籠れば、そこにたどり着くまでに私達は消耗しますからね。有利になるんですよ。只、ここで気を付けてほしいのが、カオスが居ると思われる可能性が高いのが、飽くまで最下層であって、そのリゼルという人やエリさんまでが最下層に居るとは限らないという事です。つまり……虱潰しに探す他ないという事です」
 戦術や罠にも疎いキリーヤにはよくわからないが、最下層に一番強い人がいる―――それはつまり、目的の人もそこにいるという、浅はかな先入観を利用して、戦っている間に、最下層でないどこかの層に居る人質を移動させるという戦法は、良く使われるらしい。カオスと戦う事になった場合の割り振りも、もしかしたら無駄になるが、なった方が良い。こっちもあんな人間と戦いたくはないのだから。
 道は自分達が出た所が半端だったのもあって、左右に分かれてしまっている。地図は無いので、どちらかを行った場合、入口に戻ってしまうという、如何ともし難い事態が発生してしまう。
「どうします?」
「……では私が左に行きましょう」
 率先して行こうとしてくれる者はクリヌスだった。こんな所でキリーヤ達の中でも最大戦力であるクリヌスを行かせたくはないのだが、キリーヤ達の向かう方向が実は……という場合があるし、どっちもどっちだ。全員に意見を求めるが、誰も意見を出さないので肯定とみなす。
「もし左が入り口側だったらどうするんですか?」
「どうするかとはまたおかしな質問ですね。道が無ければ作ればいい。それだけです」
 視線を剣の方に移動させ、一人で納得。アルドの弟子ならばやりかねない、というより、やれるようにならない限りはアルドに傷一つ負わせられないのだろう。フィリアスもそうだが、アルドの弟子に常人は居ないようだ。誰もかれも、みな変人か超人だ。アルドがそういう方向に育てた訳ではなく、元々そういう素質を持っていたという事は分かるのだが、それでもアルドが関わってる人物がこんなのばかりだと、流石に何かの運命を感じざるを得ない。
「パランナさんはどうしますか?」
「俺は反対側を行こう。リゼルが心配だ」
「じゃあ俺はクリヌスに付いていくぞ」
 クウェイ、クリヌスが左、自分とパランナが右か。理解できた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい。じゃあ―――」
 キリーヤが振り返った時、既にクリヌス達の姿は無かった。余程早く終わらせたいか、はたまた顔も知らぬリゼルを助けようと言う思いが強かったからか。後者であると願う。
「……じゃあ、私達も行きましょうかッ」
「ああ! あいつに寂しい思いは一秒たりともさせたくない。キリーヤッ! 駆け足で行くぞ!」










 どうもおかしい。明らかにこちらの情報が洩れてるとしか思えない。
 キリーヤは内心動揺しながら、眼前に居る猛者の集団を睨む。持っている武器は様々。棍棒、メイス、三節根。どれもこれも素人が扱えるような武器でなく、敵が相当な手練れである事が窺える。
 何故こんな危機的な状況に陥ってしまったのか。
 道を暫く駆け足で進んでいると、向こう側から足音が。足を止めて待機していると、無数の筋肉が視界に入り込んできたのだ。それが敵だという事、筋骨隆々の男の塊であった事。本能が拒否したが故に思わず叫び声をあげてしまったことで、あっさりと気付かれ、やむを得ず対峙。今に至るという訳だ。……緊張感のない失敗だとは理解しているつもりだ。この作戦がもし失敗した時、まずは全力で謝る事を心に誓うキリーヤだった。
 いつまでも引きずるのは戦闘にも影響を及ぼすので、それは一旦忘れて―――
 待ち伏せはあると思っていた。だが、結果はその斜め上で、むしろあちらがこちらを捜索していたという状況には、まだ経験が浅いからかもしれないが、動揺せざるを得ない。この作戦は、宿屋に居たクリヌス、パランナ、キリーヤ、クウェイ、クリヌス、フィリアスしか聞いていない筈。魔術での盗聴なら致し方ないが、クリヌスでさえ大丈夫と言ったのだ。だというのに、何故。
 無双出来ない事は確実。ここに居るはパランナと自分の二人のみ。絶望も絶望。希望など見いだせはしない。
 物理で攻められても終わり、魔術で攻められても終わり。正攻法で挑むは愚の骨頂。
 ならば正攻法で挑まぬが、弱者の理。
「パランナさん、地面に罅って入れられますか?」
「愚問だッ!」
 パランナは渾身の一撃を地面へと放ち、この階層全体まで響き渡る程の轟音と共に、物体の強度に綻びを発生させる罅が、周囲に発生。それを不味い事と瞬間的に判断し、襲い掛かってきた男達には、流石と言わざるを得ないが、それは一歩遅いと言う他無い。
 魔力……良し。自身の魔力を追加し改善。
 魔術……良し。規定値を超える事は無い。只一つの魔術を除いて、全ての魔術をそぎ落とす。改悪。
 筋力……自身の筋力も追加して改善。
 キリーヤは瞬間的にしろ慣性を無視した驚異的な瞬発力で飛び出し、男達の足元に手を付いた。
「決別せよ! 『剥鳥イストレンジメント』!」
 『剥鳥』。地属性下位魔術。罅やら乖離やらを広げ、物質の強度を下げるだけの魔術だ。些細と言えばそれまでだが、この階層全体に罅が広がっているのなら、話は別だ。何故最初からこの方法を取らなかったのか。この方法さえ思いついていれば、左だ右だと考える必要は、無かったのだ。
「着地は任せます!」
―――階層ごと落としてしまえば、左も右も無い。大胆な考えだが、今はこれが最『短』だ。
 罅は広がり、やがて乖離となる。乖離した物体は早く助けに行けとばかりに下へと落下。他の者達を少々巻き込みつつ、階層を下った。既に色々打ち合わせと違う気がするが、結果は良しだ。
 ……降りたその先に、カオスさえ居なければ、良かったのだが。






「やれやれ。キリーヤさんも無茶をするものですね」
「……全く同じ意見だ。階層ごと落とすなんて豪快な考え、本当にあの子が思いついたのか?」
「立てますか?」
「ああ」
 地面が突如崩壊した事には、クリヌスも少しばかり動揺したが、瓦礫の反発性能が最悪だったこと以外は、何の問題も無い。一方のクウェイは、何故か瓦礫に埋もれていたが、無事な様だった。
「どうやらこっちが正解みたいだな、じゃあこのまま左に―――」
クウェイが瓦礫を踏みしめ、左へ歩き出したと同時に、人とは思えない力で後頭部を持ち上げられ、そのまま壁へと叩きつけられた。
 クウェイに攻撃した人物は言わずもがなクリヌスである。
「―――なっ」
 叩きつけられた反動で跳ね返るクウェイの体に、クリヌスは拳打の応酬。両者の実力はかけ離れすぎているため、クウェイは一発たりとも避ける処か、全て致命傷である。
「裏切、のかッ!」
 クウェイの胸倉を掴み、クリヌスは地面へと引き倒した。
 抵抗の間は無論、与えない。追加とばかりに一発。折れた歯が口内に刺さり、血が出た。
「裏切る? とんでもない。カオスがあちらにいるのは好都合ですよ。相手をするとは言いましたが、ね? こうも計画が筒抜けだと、こちらもイレギュラーな行動を取らざるを得ない。ああ、心配はいりません。貴方を少しばかり緩衝材にさせて頂くだけですよ」
 クリヌスは僅かに溜めるような動作をした後、瀕死のクウェイの腹部を渾身の力で踏みつけた。
 刹那。いともたやすく床が崩壊。破壊の化身と化したクリヌスの力はまだ飽き足りないのか、その次の、次の―――次の階層まで、大穴を穿ち、ようやく消滅した。
 周りに大した被害も無く降下出来たのは、それこそクウェイが緩衝材になっていた御蔭だろう。
「ここが最下層ですか。意外と近く感じたのは、やはり近道あなたの御蔭でしょう……ん?」
 足元を見ると、既にクウェイの姿は無くなっていた。
「はあああああああッ」
 崩壊によって発生した砂煙に紛れて、不意打ちを狙うのは良いが、そこまで殺気を溢れさせて襲ってくる馬鹿に、態々一太刀分の隙を与えてやる気は無い。クウェイの一撃を掻い潜る動作と振り返って剣を薙ぐ動作を一呼吸の内に重ね、同時に行って見せる。手ごたえは十分。斬ったのは首の辺りだろうか。
 あまりに素早い一薙ぎは、砂煙を一瞬で晴らす程の剣風を巻き起こした。クウェイの全身像が露わになる。
 その姿は……まるで罪人のようだった。
「……なんですか、その姿」
 左胸に杭を刺し、右手で槌を以て歩く様は、磔に処されてもなお足掻く屍が如く。首に切り傷があるが、出血の様子は見られない。
 理屈は既に見破っている。おそらくあの杭には魔力を遮断する効果のようなモノがあり、それを体内に差し込む事で、自然放出される魔力を遮断。体内に膨大な魔力を残す事で、治癒能力を再生能力にまで昇華させているのだろう。
 別に驚くようなことをしている訳では無い。魔力と生命が直結している事を理解した上で、そういう事が出来る武器を持っているなら、絶対とは言わないが、大抵の人は思いつく。
「リゼルの所には行かせんぞ」
「ようやく自白してくれたみたいで、有難いですよ。裏切者さん」
「……いつ気づいた」
「気づくも何も、不自然すぎるでしょう。悉く作戦に対して対策を打たれている。それにカオスの言葉の裏を考えるに協力者がいる事は分かってましたし、やれ伝わっているだ、やれ聞いているだ、カオスは随分と貴方を隠す気が無かったんですね。ああ、貴方と決まったのは只の消去法と……貴方が妙に会話に入らなかった事ですね。連絡を取ってると考えれば、作戦が筒抜けだったのも納得です」
 カオスに大分隠す気が無かった御蔭だ。それこそ本気で偽装されれば、クリヌスといえども気付けなかっただろう。
「……まあ、そういう関係だからな」
「ふむ。まあこれ以上深くは聞きませんよ。聞いても無意味だ」
「それは有難いな。全部察したって事か?」
「事情何て聴くだけ無駄でしょう。変な情でも湧いたら困りますからね」
 クリヌスが剣を構えた。
「言葉なんてじれったい。貴方にどんな重く、譲れない事情があるかなんてのは、斬り合いこれで分かる事です」
 人の範疇を超えた一閃が、再び放たれた。




 状況を整理しよう。
 キリーヤが階層を落して強制的に下りた後、目の前にはカオスが居た。瓦礫が直撃したのは確かだろうに、傷を負っているような感じは一切見受けられない。
 こちらの戦力は二人。キリーヤと、そして自分。タイマンでは負けない(といっても、搦め手で来られた結果、普通に負けた訳だが)自分は置いといて、キリーヤの実力が未知数だ。クリヌスを引き受けるとは言ったが、正直な話、見栄である可能性も……いや、ありえないか。彼女はそんな事をする人間では無い。あれだけ強気で出たのだから、何か策があるのは間違いないだろう。
「ふむ。手加減はしてやったつもりだが……何故我に挑む。こざかしい能力で致命傷は与えられなかったが、実力の差は歴然であっただろう?」
「こざかしい能力? ―――ああ、鎧の事か」
 パランナの鎧の特性は、簡単に言えば、『一歩を踏み出す』能力だ。一見して地味な能力だが―――想像してほしい。
 敵に攻撃を仕掛けた時、敵が即座に反応。カウンターを返される事は確定的に明らかだと知った時、既に両者の間合いが詰まっていた。勢いは止められない。普通ならば、確実に相手が勝利するこの状況。だが、パランナの殺鎧『滞犀鎧ライラブス』。滞犀というのは古代言語で、幻想。この鎧を着用した者は、任意のタイミングで一歩を踏み出す事が出来る。つまりは、特性さえ知らなければ、明らかに物理法則を無視した動きが出来ると言う事だ。前につんのめっていると思ったら、急に後ろに仰け反っていたり、間合いが遠すぎて攻撃が当たらないだろうという時も、強引に距離を縮めたり。
 欠点としては飽くまで一歩なので、連続使用は不可能。どれだけ早くとも一歩おきになってしまう事だが、それでも地上戦に置いては無敵の機動性を発揮できる故に、パランナは自信を持っていたのだ。
「今宵は二人のようだが、少女を加えただけで、勝機があるとは思わん事よ」
 カオスの弱点。それは、自分も知らないキリーヤの力を、舐めきっているという事である。カオスは強さを把握するのが実に上手い。だからこそ、弱い相手はとことん見下す。自分もキリーヤから強そうな雰囲気は感じた事が無い。敵を騙すならまず味方から。だからカオスも気づかないのだろう。
「キリーヤ。予定通りお前がアイツと戦うって事でいいのか?」
「……別に構いませんが、取り敢えずここを抜ける為にはパランナさんにも協力してもらわないと」
「この鎧の能力があれば抜けるのは容易いとは思うがな。……協力上等。自由に命令してもらっても構わないぞ」
「作戦会議はもう終幕か。一体何を……まさかとは思うが、私を差し置いて最下層に行くわけではあるまいな」
 今の発言で、リゼルが最下層にいる事が明らかになった。ならば尚更、何が何でもパランナを逃がさなければならない。
 カオスの右の剣が動いた。

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