ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

只一人の

 クリヌスは協力を承諾してくれたが、それでもクリヌスの連れがこちらに攻撃して来ないとは限らない。フィリアスには引き続きこの結界を維持してもらう事にした。もっとも、アルド程魔力がある訳では無いので、結界も持って残り五分、最長三時間らしい。随分と振れ幅があるような気がしないでもないが、曰く、「三時間も持たせる事自体、本当に切り札中の切り札だからクリヌスには見せたくない」らしい。何でも、クリヌスのような強者に一度仕組みを悟られた場合、次回からは確実に対処されるからだそう。一度見ただけで仕組みを見破るクリヌスと、それに気づいてるが故に、最大限の警戒をするフィリアスに、キリーヤは絶句せざるを得ない。戦いは戦う前から始まっているとは言うが、こういう事だったのか。
 ともあれ、クリヌスは協力を承諾。有難い事に、この場だけでなく、困っているなら用件だけでも聞く、と『転信石』までくれた。これでキリーヤの所持する石は二つになり、首の辺りが大分重いが、クリヌスの協力を考えるならば、対価とも言える。
 基本的に協力するが、例外として、アルドの味方をした場合は、容赦なく斬り捨てるらしいが、これに関しては心配いらないとキリーヤは言った。何故なら、キリーヤの目指す所は、それこそ何度も言うが魔人と人間の共存。アルドとも衝突する事が無ければ、協力する事も無い。個人的な出会いと繋がりは別として、の話だが、少なくともクリヌスを裏切るような事にはならない。
 アルドと個人的に出会う事に、クリヌスはあまり快い表情は浮かべなかったが、それでも元魔人だからという理由で見逃してくれた。人間絶対至上主義とはクリヌスの事だが、それでも融通が利く辺りは、他の過激派とは比べるべくもないだろう。この辺りも、アルドから引き継がれているような気がしてならないのは、キリーヤだけだろうか。
「……そうですか。カオスがそんな事を」
「不甲斐ない事に、私達の中ではカオスさんに比肩するような実力を持つ方はおりません。あっ、フィリアスさんは別で。そういう訳で、クリヌスさんには、カオスさんの相手を頼みたいと思っているのですが」
 クリヌスは力強く頷いた。
「彼の相手は苦手ですが、『勝利』として、頑張ってみましょう」
 自信に満ち溢れていたクリヌスの顔が僅かに曇ったのを、キリーヤは見逃さなかった。クリヌスが別方向に話を持って行かない内に、急いで突っ込む。
「……カオスさんって、一体どんな手段で戦うんですか?」
「……私やクウィンツさんが技の巧さで戦うのに対して、彼は特殊です。技巧さでは私の方が上なので、有利を取れるはずなのですが―――彼は二刀流な上に、左右の手で戦い方が違うんです。左手の方の剣は力で。右手の方の剣は私と同じく巧さで戦う。世界広しと言えど、あれ程器用な人間は彼以外存在しないでしょうね。それに、その二振りの剣の内、一振りは異名持ちでして―――ええ、こんな情報をお教えするのは、もし貴方達の所にカオスが来てしまった時の為です。いいですか、その剣の名は、偽剣『昇洞』。その特性は―――」
 クリヌスがここまで親切に教えてくれる辺り、キリーヤ達程度の実力では事前情報なしにはカオスに勝てないという事なのだろう。地上最強のクリヌスにここまで言わせるカオス。レギ最強の名は伊達では無い様だ。
 二人は結界が解けた事にも気づかず、情報を共有、或いは譲渡し合った。二人の会話が終わったのは、それから三十分後の事だった。






「……ん? 結界はもう解けたんですか」
 クリヌスが独り言のように呟いてから、キリーヤもようやく結界が解けた事に気づいた。フィリアスが何も言ってくれなかったせいだとは思うのだが、何も言えなくなるくらい疲弊しているフィリアスには感謝だ。彼が居なければ、ここまでクリヌスと話す事は出来なかった。それどころか、斬り捨てられていた可能性すらある。本当に彼に―――アルドに感謝しなければいけないだろう。彼の計らいでフィリアスが来なければ、自分達は確実に死んでいた。その動機については分かりかねるが、アルドの事だから、何かしらの計画の為に、この計らいは必要だったのだろう。
「クリヌスさん、有難うございました」
「いえいえ、頼もしいとは言えませんが、味方が増えるのは良い事です。私としても損な事はありませんし、お礼を言う必要はありませんよ」
 キリーヤはアルドの味方にもならなければ、クリヌスの味方にもならない。だが、クリヌスの言う味方とは、自分の敵にならない者を指すので、間違ってはいない。キリーヤ達は飽くまで中庸なのだから。キリーヤが魔人だったのにクリヌスが寛容なのは、この立場の御蔭でもある。
「そういえば、クリヌスさん達は、何をしにここに?」
「ん……魔人を、ですね。追っていたんですよ。話を総合するに、カテドラル・ナイツの方と思いますが」
 数秒、沈黙。カテドラル・ナイツを追っていた? という事は、フルシュガイドには、既にリスドが略奪された事は伝わっているのか。し
かしそれにしては動きが無いような……
 キリーヤが考え込んでいると、クリヌスが静かに呟き始めた。
「やれやれ。情報は漏洩しないという約束ですから、貴方から教えてもらった事は、王にお教えできませんね……あーそういえば、カテドラル・ナイツには透明な魔人も居るんですね。あ、そういえばつい最近捕らえた魔人も、透明でしたね……。透明な魔人なんてそうそう居ませんし、同一人物と見て間違いないのでしょうが、それをナイツと知っているのは、私と」
 そういえばの使い方の、なんと下手くそな事か。
 クリヌスが振り返って、サヤカを見たが、サヤカはどうやら向かいのフィリアスと視殺戦を繰り広げているらしく、全くこちらの話を聞いてはいなかった。
 無言で視線を逸らして、ため息。
「クリヌスさん……」
「私だけです……キリーヤ。もし貴方が他のナイツの方達に出会ったなら、この事を伝えてくれて構いませんよ。いや、伝えてください。そうすればきっと、クウィンツさんも我が国に来てくれる筈ですからね」
 キリーヤの頭を二、三回叩いた後、クリヌスはサヤカの所へ戻っていった。女性がする顔とは思えない恐ろしい形相で視殺を試みるサヤカの頭部に拳を落し、正気に戻す。
「痛ったッ! 何すんのよッ」
「戻りますよ、サヤカ。彼等は敵ではありません。ここは別の場所へ行くとしましょう」
「クリヌス、一体何を……してた……」
「内緒…………約束……らね」
 五人は来た道を戻っていき、角を曲がって、姿を消した。どうにかこうにか事態は最善の方向に動いている。このまま最善であり続けられればいいのだが、そう上手くは行かないだろう。
『ああ、言い忘れてました』
 突如、クリヌスの声がどこかから聞こえてきたので、キリーヤは反射的に辺りを見回してしまうが、居るのはフィリアスだけで、クリヌスは何処にもいない。数秒後、それが石から送られてきた言葉だと理解する。
 キリーヤは石を軽く持ち上げ、口元に近づけた。
『何ですか?』
『奴隷市場近くの貧民街には、少なくともあなた一人では近づかない方がいいですよ。さっき十人くらいに回されながら犯されてる子供も居ましたから。まああまりに不快でしたから全員の局部を切り裂いた訳ですが……ともかくッ。本当に気を付けてくださいね。貴方、結構男好みの体つきですよ』
『へ?』
『まあ、カオスから人を取り返そうなんて勇ましい行動を取れる貴方ですから、勿論貴方はカオスの場所に見当が付いてる筈。そう信じてますが……もし見当が付いてなくて、カオスを捜すために貧民街に行きたい場合は、私を呼んでくれれば同行しますよ』
 随分と親切な忠告の中に、クリヌスの容赦のなさが窺える言葉があったが、気にしたら負けという奴だろう。
 キリーヤは複雑な気持ちを抱えながら、石を下した。
 いろいろと衝撃的な発言を聞きすぎて、心はすっかり動揺してしまっている。一旦、情報を整理しよう。
 まず、クリヌスが協力してくれた事、しかも、もし困っているならば場合によっては助けてくれるようになったというのは、本当に大きい。少なくとも、共存実現には欠かせない一歩だという事は確かだ。アルドの態度は何だか変だったが、何となく分かる。共存を否定している訳では無いが、既に諦めているから、何だか否定的だったのだ。なので、もし実現した場合は、アルドはきっと受け入れてくれるだろう。その時の当面の問題はクリヌスだったのだが、そのクリヌスも、いざ話すと、けっこう優しかったりする。きっと受け入れてくれるだろう。
 つまりは、クリヌスとの個人的繋がりを得た。これでキリーヤは、おそらく歴史でも類を見ない程強運で恵まれた環境。即ち、魔王と勇者。二人の地上最強との個人的繋がりを得た事になる。アルドはいつか会える程度だが、クリヌスとは連絡だけならいつでもできる。リゼルを救う事だけが目的だったが、狙ってもいないのに一番の収穫を得られるとは、なんと皮肉な事か。目的にさえしなければ簡単に手に入るなど、皮肉であり侮辱だ……が、幸運だ。
 二つ目は、カオスの力。聞く限り、どう考えても多対一を得意とした武器で、何も知らないならまず集団で叩くという戦法を、キリーヤは取るので、その場合は相性は最悪。確実に負ける。
 だがカオスと戦うのは、予定ではクリヌス、こちらに来た場合でも、パランナ。どっちと戦っても、相性はこちらに都合が良い意味で最悪。カオスを完封する形となる。
 手段は十分整っている。後はカオスを……恥ずかしながら見当が付いてないので、見つけるだけである。
 最後に……透明な魔人。キリーヤの思いつく限りルセルドラグしか居ないが、まさか彼が捕らえられたと言うのか。確か彼は、ナイツ最強の魔人だった筈。そんな彼を捕らえる……キリーヤは今更ながら、フルシュガイドに存在する何かに戦慄した。今までナイツを超えるような人間は居なかった。アルドもそう言っていた。だが、アルドすら知らぬ人物が、しかもナイツ最強を打倒しうる人間が居るなど、信じられなかった。
 クリヌスは伝えても良いと言ったし、裏切りにはならない。ナイツ達からすれば有益な情報で、結果的に中庸は保っている。
 キリーヤは確かに、アルドやクリヌスと対峙するつもりはない。キリーヤが目指す地上最強とは、そういう事では無い。どっちかを捨てないで、どっちも救う。そういう最強だ。だから、キリーヤが勝利しうる前提条件は、魔人と、人間サイド。どちらも潰さないように飽くまで均衡を保つこと。その間にキリーヤは英雄として、仲間達と共に名声を上げていき……この辺りはまだ具体性は無く、漠然としているが、それはその段階になってから考えても間に合うだろう。今はともかく、二つの勢力を保たせる事だ。もっと具体的に言えば、アルド達がフルシュガイド大陸以外を統治下に置くまで。アルドの行動は、リスドを略奪した事から考えるに、他の大陸も自分達の統治下に置くという方針だから、リゼルの救済が終わったなら、キリーヤは取り敢えず、アルドの統治下に置かれた大陸から、共存派を増やしていこうと考えている。勿論、荒波が立たないなんて事はないだろうが、現在の方針はそんな所だ。
 その方針を崩さない為にも、今はクリヌスの言う通り、ナイツに伝えた方がいいだろう。しかし、ナイツの場所なんてキリーヤは一切―――
「フィリアスさんッ、エリと交戦している人って、誰か分かりますかッ?」
 フィリアスは大変疲弊していたが、確信があるように言った。
「分かるぞ。一人は肌が真っ黒の襤褸切れ男。もう一人は白黒が芸術的な仕上がりになってるドレスを着ている幼女だ」
 やっぱり。言い方はともかくとして、間違いなく『烏』と『雀』だ。何故戦ってるかは知らないが、あの二人相手にクウェイとエリが太刀打ちできる訳が無い。パランナが入ったとしても、事態が好転するかどうか。
「フィリアスさん、行きましょう」
「……どこに」
「決まってますよ。パランナさんの所にです!」
「ええー」
 フィリアスは凄く嫌そうな顔を浮かべたが、それでも仕方ないと割り切って、地面に手を突いた。
 直後。三百六十を超える術式が、陣を紡いで、キリーヤ達を囲った。




 



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