ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

 救いへの道

 エリが自分を呼び捨てで呼んでくれたことはとても嬉しかった。べつに『ちゃん』付が嫌いという訳じゃないのだが、何だか子供扱いされているみたいで、複雑な気分だった。けど、それも今日で終わり。今日からはようやく、対等な仲間として付き合っていく事になるのだ。それがどれだけ嬉しいか。そしてそれが―――どれだけ助かるか。
 エリとの会話の後、パランナが下に降りてきたので、聞き忘れていた事を聞いた。村人や村人ですらない商人がどうして一人残らず消えたのか、という事だ。
 それはやはりカオスという人の仕業で、今まで人身御供という仕方なき慣習故に罰は下さなかったが、それが無くなったという事で、リゼルを連れて行くついでに、この村に滞在していた全員を奴隷として連れて行ったらしい。たとえこの事件や慣習になんら関わりがない外部の者も、例外なく連れて行かれている。一体外部の者が何をしたというのだ、とキリーヤは口に出しかけるが、それを読んだパランナが『関係なくてもその場にいたら関係者。それに王様のいう事にゃ逆らえんだろ』と一言。百聞は一見に如かず、とはアルドがかつて村を訪れた時に言った言葉だ。話に聞く限りでは、傍若無人の、人の上に立つ資格すらない屑だが、一度会えばもしかしたら―――いや、ありえないか。余計に印象が悪くなるだけのような気がする。凶暴だと聞いていた人が、実はかなり優しかったというのは良くある話だが、気持ち悪いと聞いていた人が、会ってみるともっと気持ち悪かったというのも、良くある話である。
 所でどうしてパランナはその事を知っているのだろうか。聞く限り、気絶もとい瀕死だったパランナが知れる筈などないというのに。それに関して言えば、むしろクウェイの方が知っているべきであり、不審な点だが、尋ねる気にはならない。それは恐らくクウェイの『色々あって』の部分を聞くという事であり、今聞いても恐らくはぐらかされるだけであり、時間の無駄だ。そんな事を聞く暇があるなら今すぐにでも闘技街へと出発した方が幾らか皆を救うまでの時間が短縮される。
 今は二人を説得するべきだろう。
「非常に申し訳ないとは思うんですけど……その―――」
「夢路の果てまで御供すると言ったでしょう? ……愚問ですよ」
「俺は関係ないからここで……って言いたかったけどな。カオスが出てきたって事なら話は変わってくる。喜んで協力させてもらおう」
 クウェイは何か訳ありなようだが、ともかく全員が協力してくれるらしい。有難い事だ。向かう所敵なしと言った所か。欲を言えばフィリアスにも協力してもらいたかったが、フィリアスはそもそも関係者で無く、クエイカーに依頼をされて同行をしていただけなのだ。一緒に向かってくれる筈も無い。彼が居れば正に心強かったのだが……また会う日を期待する事にしよう。
 キリーヤは今すぐにでも出発したかったが、出発は三日後となった。理由は至極真っ当。カオスはレギ最強だが、そんな人間と相対するのだから、自分の最強装備くらいは整えておきたい、というのが、パランナとクウェイの意見だ。急がば回れ、とも言うし、急いだところで状況が一転する訳ではない。三時間ほど悩んだ挙句、その意見にはキリーヤも納得した。そんな下らない事で三時間も悩むのかと尋ねられればそれまでだが、キリーヤは一刻も早くリゼルを。そして連れ去られた人々を助けたいのだ。
 だが、これはキリーヤ一人の問題では無い。取り敢えずは従う他無かった。
 キリーヤは特にやる事も無いので、辺りを散歩したり、素振りをしたりする他は特筆すべき様な事はしていない。そして何故か、クウェイとパランナの姿が見えない。一体どこに行ったのだろうか。
 二日が過ぎたあたり、クウェイが何処からか戻ってきた。その手には『ハイドラ』の他に一振りの槌が握られていた。その名は『オルトロス』。ハイドラと併用して初めて効果を発揮する武器らしい。いつもは大斧を武器としてるが、これこそがクウェイの本気の武装らしい。
 その数分後、パランナがこちらに戻ってきた。以前の『蒼光』と『刃鉄』は持っていない。代わりに持っているのは、鉄の塊としか形容できないほどの大剣と、以前とは違って、機動性が重視された軽鎧。それぞれ、緋剣『孑震げっしん』と殺鎧『滞犀鎧ライラブス』という名前だ。その能力の詳細を聞いた所、パランナ自身も『タイマンなら負けない自信がある』と自負するだけあって、恐ろしいモノだった。これならば……確かにカオスから取り戻せるかもしれない。
 パランナがついでに自分の家からくすねてきたらしい食料も合わせると、闘技街につくまでの食料なんかも十分だ。後は……自分達の動き次第。闘技街がどんな所かは見てみないと分からない。だが、キリーヤには仲間がいる。大丈夫だ、不可能な事なんて無い。アルドのようにたった一人で全てを背負い込むような事などしなくていい。仲間が居るのだ、大丈夫。出来る。
 そして出発の日―――






「勝手に使っちゃっていいんですか、これ」
「持ち主いなくなったし、大丈夫大丈夫。それにこれはあくまで借りてるだけだ、持ち主が帰ってきたらちゃんと返すよ」
「まあ……徒歩で行くわけにもいきませんからね」
 キリーヤはいつだったかアルドと馬車に乗っていたときの事を想いだした。あの時は大帝国に着くまでの時間が永遠のようで、大変退屈していたが、次乗るのであれば、以前よりは楽しめると思う。今度は三日何て長い期間乗っている訳ではあるまい。
「そういえば、どれくらいで着くんですか?」
「……そうですね。一日と半分くらいでしょうか」
 その間の犠牲だけは防げないのが、歯痒いというか何というか。キリーヤとしては一刻も早くたどりつきたいのに。
「さあ、じゃあ早速行くぞ。最終手段を使えば半日くらいは縮められるが、出来れば使いたくない。今から行けば使う事も無い筈だ。ほら、準備しろ。手綱は俺が引く」
 世界を救ってみせようとは言わないが、少なくとも無関係の人間だけは助けて見せたい。
 これはかつてアルドが言った言葉。魔人へと手向けられた終焉の警告である。
 さあ、救済を始めよう。







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