ワルフラーン ~廃れし神話
投身虚影 中編
「君の連れは一目見たら分かるけど、間違いなく強い。この戦いに参加すればまず間違いなく、決勝まで辿り着くはずだ」
「はあ」
「そこで、まず本来当たるべきだった奴をこっちで拘束ないしは買収して、君が連れと戦って、方法は任せるが、とにかく引き分けるんだ。途中の試合なら、そりゃ俺みたいに失格になるだろうけど、でも決勝だ。そんな二人を逃す村長達じゃ無い筈。間違いなく洞窟までの護衛にはなれるはずだ。そこまでいければ―——何とかなると思うんだが、この作戦の欠点としては、君に戦闘能力が皆無だという事だけど……出来るか?」
「……何とかしてみます」
そうは言ったものの、キリーヤには自信が無かった。果たしてエリに理解してもらえるかどうか。
結局、どうすれば確実にエリに理解してもらえるか、思いつかないまま、ついに闘いの時が来てしまった。
エリの持っている槍はあの槍では無い様だが、それでも注意は必要だ。何故ならエリは槍の使い手、武器すら碌に使った事が無いキリーヤとは相性が最悪なのだ。それ故、お互い本気で戦って引き分けるという手は、もはや理想ですらなく、空想の域。理想は求めるが、空想だけは追う気にならない。そういう訳でこの手は有り得ないので、没。
やはりキリーヤの得意とする手段は話し合いだ。ついこの間まで恥ずかしがりやだった自分が、何を言っているのか分からないと思うが、ちょっと待ってほしい。キリーヤが苦手にしているのはあくまで他人だ。(まあそれも決意をしてから直ってきたが)少しでもその人の事を知っているならばその限りでは無く、むしろ積極的に話すだろう。
しかしこれにもまた欠点がある。この戦いにおいて重要な事は、エリの協力を仰ぎつつ、八百長試合をばれないようにしつつ、二人共に村長に気に入られる事だ。八百長試合に置いては、エリの協力さえ取り付けられれば、さほど難しくない、さらに言えば、村長に気に入られるためには、程々に命を懸けた戦いで引き分ける事が必要。だが、それもまたエリの協力があれば難しい事ではないだろう。
そう、最も重要な要素はエリの協力を取り付けられるかどうかなのだ。
『右に避けてください』
エリの声が聞こえたような気がしたので、反射的に右に避けると、キリーヤの頬を、刃が浅く切り裂いた。ちなみに石は首に掛けてあるので、よもやエリがそんな事をするとは思えないが、もし紐を切られた場合―――作戦は失敗。確実に積むだろう。
『キリーヤちゃん、どうしてここに?』
『少し訳があるんですけど……とにかく協力してもらえませんか?』
エリは槍を引き戻し、キリーヤと間合いを取る。観客たちは次の行動に興奮を隠せず、次第に喧騒が大きくなる。
『協力するのは吝かではありません。一体私はどうすれば?』
「おいおい、早く攻撃しろよー!」
二人の戦闘が停止した事で、次第に……と言っても、一分も経ってないが、観客が苛立ち始めた。確かに戦闘中に止まるのは不味いかもしれない。石も魔力反応で光るし、会話をしたいが為に停止していてはいずれバレるだろう。エリの協力を取り付けるならば、確かにこうやって会話をしていればいいのが最善。しかしそれでは―――
『全力で私を攻撃してきてください。その最中で説明しま―――』刹那、キリーヤの喉元目掛け、エリの槍が突き出された。そしてそれは、普通の槍とは違っていた。この槍は……聖槍『獅辿』……!
そしてキリーヤが出した命令通り、その一撃は確かにエリの全力だったのだろう。神速を体現したエリの刺突。アルドがこれを易々と受け止めていた事に驚きだが(しかもあの時は『影人』だった)、アルドと戦う場合は、まず前提としてエリを超えていないとだめだという事だろうか。
いや、今はそんな事はどうでもいい。この槍をどう避けるかが大事だ。
アルドがかつて言った事だが、槍の達人を相手取る時は見てからでは遅い。十手先を読みながら動かなければ、いずれ貫かれるだろうとの事。勿論キリーヤにそんな技量はない。なので―――
槍がこちらに突き刺さる直前、キリーヤは両の手の平で鎬を捕まえ、刺突を受け止めた。エリが驚いたような表情を浮かべるが、しかし、刺突の勢いだけは止められなかったようだ、キリーヤは凄まじい勢いで直線上に吹き飛び、観衆達を巻き込んで壁へとたたき付けられた。
『大丈夫ですか?』
『……ええ、まあ』
痛い。後頭部には感覚が無いし、意識も半分以上奪われ、体の制御がきかない。痛いとすら言えない激痛は、キリーヤにはまだ早い痛みだった。
石による会話では心配をしてくれているエリだが、この戦場では八百長とばれない事が最も重要。エリも理解してくれているらしく、大きく距離の開いたキリーヤに、ゆっくりと歩き出していた。
『さあ、次はどうすればいいんですか』
自分がこうして傷つかなければ、確実に八百長だとばれてしまうだろう。これがアルドならば何か案が思いついたかもしれないが、自分にはこれ以外の案が思いつかない。
だからと言って策も無しに傷ついていれば、いずれはキリーヤの肉体の方が崩れてしまうだろう。そうなってしまっては元も子も無い。自分はここで死ぬ訳には行かないのだ。
しかし今の力では……キリーヤの力ではこの状況を覆す事は出来ない。エリのような力が無ければ……きっと……
『攻撃を……してください』
動けぬキリーヤは遂にエリの間合いに入ってしまった。
『死ぬ気ですか?』
言いつつもエリは槍を上段へ構え、キリーヤへと狙いをつける。他の客からすればまさか二人が知り合いであるとは夢にも思わないだろう。何せエリは命令を遵守するような人間。そしてそれにベストを尽くすような人間だ。攻撃しろと言われれば全力で攻撃するし、何もするなと言われれば何をされても抵抗をしない。そんな人間の演技を見破れと言う方が無理なのだ。強いて言えば、石の存在と特性を知っていれば分かるかもしれないが……それでもまさか指示でああしているとは思うまい。
『……恨まないでくださいよ』
一瞬目を閉じた後、エリは全力の刺突をキリーヤへと差し向けた。
眼前にはアルドが居た。周りの風景を見ると、そこは見覚えが全くない場所だった。全く未知の場所で、そこに居るのはアルドと自分だけだった。
『アルドさん……』
『世話が焼けるとは聞いていたがここまでとはな。本当に馬鹿だ。本当にどうしようもない奴だ。阿呆すぎてこっちまで阿呆になりそうだよ』
自分の声が聞こえているかは分からないが、アルドは自分に言っているようだった。その顔はとても穏やかで、初めてアルドがリスド大陸に来た時と、雰囲気がとても似ていた。
『ほら、立てよ。お前にはまだやるべき事があるんだろ。だから』
景色はまるで閉じるように塗りつぶされた。そして―――
「な……」
最初に、息を呑むような音が聞こえた。では周囲はというと、先程の状況が嘘と思える程静まっていた。今この会場では何が起きているのだ。
一体、どうして自分は―――聖槍『獅辿』を持っているのだろうか。
「え…え……?」
『キリーヤちゃん、一体、どうやって……』
自分でも何故こうなっているかは分からない。した事と言えば、只魔力を自分に流し、軽い強化を掛けて躱そうとしただけだ。それなのに……一体?
実は心当たりが無いでもないが、それを考えている暇はない。ここは戦場なのだから。
『エリさん、全力で来ていただいて結構です。今の私なら……行けるかもしれません』
エリは言葉で答える代わりに詠唱。槍を生成し、上段に構えた。
本来なら持て余している筈の聖槍は、何故か手元にしっくり来た。
「はあ」
「そこで、まず本来当たるべきだった奴をこっちで拘束ないしは買収して、君が連れと戦って、方法は任せるが、とにかく引き分けるんだ。途中の試合なら、そりゃ俺みたいに失格になるだろうけど、でも決勝だ。そんな二人を逃す村長達じゃ無い筈。間違いなく洞窟までの護衛にはなれるはずだ。そこまでいければ―——何とかなると思うんだが、この作戦の欠点としては、君に戦闘能力が皆無だという事だけど……出来るか?」
「……何とかしてみます」
そうは言ったものの、キリーヤには自信が無かった。果たしてエリに理解してもらえるかどうか。
結局、どうすれば確実にエリに理解してもらえるか、思いつかないまま、ついに闘いの時が来てしまった。
エリの持っている槍はあの槍では無い様だが、それでも注意は必要だ。何故ならエリは槍の使い手、武器すら碌に使った事が無いキリーヤとは相性が最悪なのだ。それ故、お互い本気で戦って引き分けるという手は、もはや理想ですらなく、空想の域。理想は求めるが、空想だけは追う気にならない。そういう訳でこの手は有り得ないので、没。
やはりキリーヤの得意とする手段は話し合いだ。ついこの間まで恥ずかしがりやだった自分が、何を言っているのか分からないと思うが、ちょっと待ってほしい。キリーヤが苦手にしているのはあくまで他人だ。(まあそれも決意をしてから直ってきたが)少しでもその人の事を知っているならばその限りでは無く、むしろ積極的に話すだろう。
しかしこれにもまた欠点がある。この戦いにおいて重要な事は、エリの協力を仰ぎつつ、八百長試合をばれないようにしつつ、二人共に村長に気に入られる事だ。八百長試合に置いては、エリの協力さえ取り付けられれば、さほど難しくない、さらに言えば、村長に気に入られるためには、程々に命を懸けた戦いで引き分ける事が必要。だが、それもまたエリの協力があれば難しい事ではないだろう。
そう、最も重要な要素はエリの協力を取り付けられるかどうかなのだ。
『右に避けてください』
エリの声が聞こえたような気がしたので、反射的に右に避けると、キリーヤの頬を、刃が浅く切り裂いた。ちなみに石は首に掛けてあるので、よもやエリがそんな事をするとは思えないが、もし紐を切られた場合―――作戦は失敗。確実に積むだろう。
『キリーヤちゃん、どうしてここに?』
『少し訳があるんですけど……とにかく協力してもらえませんか?』
エリは槍を引き戻し、キリーヤと間合いを取る。観客たちは次の行動に興奮を隠せず、次第に喧騒が大きくなる。
『協力するのは吝かではありません。一体私はどうすれば?』
「おいおい、早く攻撃しろよー!」
二人の戦闘が停止した事で、次第に……と言っても、一分も経ってないが、観客が苛立ち始めた。確かに戦闘中に止まるのは不味いかもしれない。石も魔力反応で光るし、会話をしたいが為に停止していてはいずれバレるだろう。エリの協力を取り付けるならば、確かにこうやって会話をしていればいいのが最善。しかしそれでは―――
『全力で私を攻撃してきてください。その最中で説明しま―――』刹那、キリーヤの喉元目掛け、エリの槍が突き出された。そしてそれは、普通の槍とは違っていた。この槍は……聖槍『獅辿』……!
そしてキリーヤが出した命令通り、その一撃は確かにエリの全力だったのだろう。神速を体現したエリの刺突。アルドがこれを易々と受け止めていた事に驚きだが(しかもあの時は『影人』だった)、アルドと戦う場合は、まず前提としてエリを超えていないとだめだという事だろうか。
いや、今はそんな事はどうでもいい。この槍をどう避けるかが大事だ。
アルドがかつて言った事だが、槍の達人を相手取る時は見てからでは遅い。十手先を読みながら動かなければ、いずれ貫かれるだろうとの事。勿論キリーヤにそんな技量はない。なので―――
槍がこちらに突き刺さる直前、キリーヤは両の手の平で鎬を捕まえ、刺突を受け止めた。エリが驚いたような表情を浮かべるが、しかし、刺突の勢いだけは止められなかったようだ、キリーヤは凄まじい勢いで直線上に吹き飛び、観衆達を巻き込んで壁へとたたき付けられた。
『大丈夫ですか?』
『……ええ、まあ』
痛い。後頭部には感覚が無いし、意識も半分以上奪われ、体の制御がきかない。痛いとすら言えない激痛は、キリーヤにはまだ早い痛みだった。
石による会話では心配をしてくれているエリだが、この戦場では八百長とばれない事が最も重要。エリも理解してくれているらしく、大きく距離の開いたキリーヤに、ゆっくりと歩き出していた。
『さあ、次はどうすればいいんですか』
自分がこうして傷つかなければ、確実に八百長だとばれてしまうだろう。これがアルドならば何か案が思いついたかもしれないが、自分にはこれ以外の案が思いつかない。
だからと言って策も無しに傷ついていれば、いずれはキリーヤの肉体の方が崩れてしまうだろう。そうなってしまっては元も子も無い。自分はここで死ぬ訳には行かないのだ。
しかし今の力では……キリーヤの力ではこの状況を覆す事は出来ない。エリのような力が無ければ……きっと……
『攻撃を……してください』
動けぬキリーヤは遂にエリの間合いに入ってしまった。
『死ぬ気ですか?』
言いつつもエリは槍を上段へ構え、キリーヤへと狙いをつける。他の客からすればまさか二人が知り合いであるとは夢にも思わないだろう。何せエリは命令を遵守するような人間。そしてそれにベストを尽くすような人間だ。攻撃しろと言われれば全力で攻撃するし、何もするなと言われれば何をされても抵抗をしない。そんな人間の演技を見破れと言う方が無理なのだ。強いて言えば、石の存在と特性を知っていれば分かるかもしれないが……それでもまさか指示でああしているとは思うまい。
『……恨まないでくださいよ』
一瞬目を閉じた後、エリは全力の刺突をキリーヤへと差し向けた。
眼前にはアルドが居た。周りの風景を見ると、そこは見覚えが全くない場所だった。全く未知の場所で、そこに居るのはアルドと自分だけだった。
『アルドさん……』
『世話が焼けるとは聞いていたがここまでとはな。本当に馬鹿だ。本当にどうしようもない奴だ。阿呆すぎてこっちまで阿呆になりそうだよ』
自分の声が聞こえているかは分からないが、アルドは自分に言っているようだった。その顔はとても穏やかで、初めてアルドがリスド大陸に来た時と、雰囲気がとても似ていた。
『ほら、立てよ。お前にはまだやるべき事があるんだろ。だから』
景色はまるで閉じるように塗りつぶされた。そして―――
「な……」
最初に、息を呑むような音が聞こえた。では周囲はというと、先程の状況が嘘と思える程静まっていた。今この会場では何が起きているのだ。
一体、どうして自分は―――聖槍『獅辿』を持っているのだろうか。
「え…え……?」
『キリーヤちゃん、一体、どうやって……』
自分でも何故こうなっているかは分からない。した事と言えば、只魔力を自分に流し、軽い強化を掛けて躱そうとしただけだ。それなのに……一体?
実は心当たりが無いでもないが、それを考えている暇はない。ここは戦場なのだから。
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