ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

立ち合い 後編 

 何故ネセシドが生きている。首は呼吸をするにあたって大事な器官。穴が穿たれれば、普通は死ぬ筈だ。アルドはどういう訳だか、心臓を破壊されても死なないが、それは例外としておいて、ネセシドがそれである筈がないのだ。それは自分の剣戟に反応出来なかった事からも分かる。だが、矛盾するようで悪いが、ネセシドは生きていた。先程までの傷はまるで『無かった事』になっているし、首への刺突も勿論、その魔力量から察するに疲労も消えているだろう。
 自分の腕が吹き飛ばされている。これは緊急事態だ。命の危険と言っても差し支えない。では何故こうも冷静になれるのか。
『危険こそ好機と知れ。お前が危険に曝されたその時、相手もまた危険に曝されているのだ。別領域での攻撃はありえない。お前が危険で相手が安全だと誰が証明できる? 不測の事態はいつだって起きるし起こせる。恐れるな』
 相手が魔力解放を起こしたという事は、逆に考えれば相手はそこまで追い詰められているという事。悲観的に考えてはいけない。気持ちで負けたその時、本当の意味でツェートは負けるからだ。
 狙っていたのだろうが、切り離された腕は、丁度剣を持っていた腕だ。片腕を殺がれ、武器も失う。アルドが何処で見ているかは知らないが、きっと今はこう思っている事だろう。『さて、ツェータはどうやってこの危機を乗り越えるか』と。アルドにまた過小評価を下されるのは、さすがに耐えられないので、ここはどうにかして耐えなければ―――いや、越えなければならない。
 片腕を吹き飛ばされた事で重心が傾き、ツェートはそのまま地面へと倒れ込むが、それは僥倖。鼻先を巨大な剣閃が掠め、ツェートは一命をとりとめたのだ。しかし安心もまた一瞬。地面に倒れ込んだ時点で殆ど負けのようなものなのだから、問題はここからどう相手を殺すかだ。
 振りぬき後の隙など殆ど感じない速さで剣を戻し、ネセシドはこちらに刃を振り下ろしてきた。そういえばさっきもこんな状況だったような。いや、あの時とはあちらの剣速が数倍以上に速く、重くなっている。只横に躱しただけで避けられるとは思わない方が良いだろう。
 ネセシドの凶刃がツェートを両断する寸前、斬られた方の腕に握られていた剣をこちらまで飛ばし、剣と肉体の僅かな隙間へと滑り込ませる。剣はネセシドの凶刃に僅かに食い込み、見事に攻撃を受け止めた。
「……ッ!」
「狂戦士になってる訳じゃあるまいし……いい加減喋りやがれ!」
 ツェートはネセシドの背後へと飛び、前蹴り。前に重心が傾いていた事もあって、ネセシドはそのまま前へとつんのめり、体勢が崩れた。
 そこからは剣戟の応酬である。
 相手が振り返るよりも早く、ツェートはすかさずネセシドへと斬りかかった。
しかしながら、敵も然る者。流石の反応速度で身を翻すと同時に一文字に薙ぐが、それこそツェートの狙い通り。常に懐に潜り続けているので、たとえ命中したとしても剣身の根元なので軽傷である。
 それを相手も理解したからか、それからはツェートの剣を弾き、躱す―――防戦に徹するようになった。
 互いの剣戟が高速で交差し合い血腥い金属音を奏でていく。本来ならツェートが不利な剣戟の打ち合いは、位置関係により解消されている。相手が幾ら強大な力を持っていようと、その力が十全に発揮されなければどうという事は無い。これもまたアルドの教えてくれた教えである。
『戦いというのは実に面白い。間合い一つ変えるだけで、無謀とも思える戦いを制する事が出来るのだからな。お前がもし相手との力量差を感じ取った場合、それを念頭に置いて戦うのも一つの手段かもしれんぞ』
 しかしながら魔力解放をしてくれたのは幸運な事だ。剣戟の打ち合いは現在進行形で数十分にも及んでいるが、その濃密な時間で、ネセシドは一度たりとも魔術を行使していないのだ。勿論ツェートが懐に潜り続けている故に唱える暇が無いという可能性もあるかもしれないが、一応根拠はある。先程までネセシドは頻繁に魔術を使ってきたのだ。唱えられるのならば、唱えようという試みは行うと性格から予想できるので、それをしないという事は、即ち唱えられないという事である。
―――螺旋撃ッ。
 攻撃が防がれる事に業を煮やしたツェートは、アルドの技の模倣でしかないが……全く同時に放たれる三連一突の剣技、螺旋撃を放った。それも敢えてネセシドが防げるように心臓を狙って。
 その狙いに誤りなく、まるで誘導されるようにネセシドが反応。鎬で防ごうとするが———局地的破壊を引き起こす絶技えせの前では無力で、剣は耳をつんざくような金属音と共に、半ばからへし折れた。
 しかしこちらの剣も技には耐えられなかったようだ。ネセシドの武器が破砕すると同時にこちらの剣は全壊。双方武器を失う結果となったが、怯む事無く、ツェートはネセシドを押し倒すように掴みかかり、馬乗りになる。ネセシドに対して有利になる事が出来たので、今までの御返しを掛ける事にする。
 ありったけの闘気を込めて一発。頬骨に命中し、ネセシドの口から血液が溢れてきた。二発目。骨が折れるような音が聞こえ、ネセシドが僅かに呻いた。
「……どうだ」
「……効かないな」
「あ?」それまで沈黙を守っていたネセシドの第一声がそれだった。その言葉に驚き、ツェートは思わず動きを止めてしまった。
 すると、それを待っていたとばかりにネセシドが微笑み、ツェートの左胸へと掌をあてがった。
「『極鐵グラディーデッド』」
 直後、掌を起点として、局地的大爆発が発生。密着状態にあった左胸も、周囲の部位を巻き込んで欠片も残さず爆散。それによって吹き飛んだ血液はまるで血の絨毯のように伸びている。
「……ァ」
 自らの体を統制できなくなったツェートは、ゆっくりと背後に倒れた……



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