ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

温かな団欒

 その日の食卓は、いつもより賑わっていた。ツェート・ロッタ、メイザ―・ロッタ、アルド、フェリーテ、ユーヴァン、ヴァジュラ。本来ならば二人しかいなかった食卓はきっと生涯に無いだろう賑わいを見せた。
 その賑わいの原因の一端として、料理の豪華さが挙げられるだろう。ツェートに聞けば、普段の料理は緑脱草の御浸しと岩蜥蜴の干し肉(やたら水分を奪う癖にあまり味がしない肉)だそうだが、今回は違う。緑脱草は大好物との事なので残っているが、メインだった干し肉は、乳魚のみぞれ煮(柔らかさと美味しさから女性に人気がある)と、獣肉の浅焼(焼き込みが少なく塩や胡椒の揉み込みを多めにしている料理。大体の大陸ではポピュラーな料理として伝わっている)へと変化している。これはナイツ達が料理を手伝っただけでなく、食材も提供してくれたおかげで完成した料理であり、本来はこんなに豪勢な料理は整わない。食卓は今光り輝かんとばかりに綺麗である。
 ツェートがその光景を見た時、今回初めて見る事になる、他の大陸にとっての歳相応の反応を見せた。
「うおおおおッ、何だこの料理! 俺見た事ないぞ!」
「他の大陸の料理だからな。お前が見た事ないのも仕方が無い事だろう。―――だが、これを食すにあたって、一つだけ注意をしておこう」
 予め釘を刺しておかないと、ツェートは何をするか分からない。
「何だ?」
「食事とは一種の美だ。芸術だ。それ故、その美を穢すような行動は、何があろうと絶対に赦さん。食事中に暴行、暴言などもっての他だ……分かったな?」
「分かったぜッ!」
「うむ」
 ツェートの動向に警戒しながら、アルドは席に着いた。








「それでは頂こう」
 まず頂くべきはこの家自慢の御浸しだ。アルドより先にツェートが食いついているが、気にはしない。こんな所で作法など求めるべきではないだろう。いや、ここで作法を指摘するようなら他の敬語の部分だって指摘をする。それにこの少年に出会った時から、アルドは敬語に対して諦めがついている。
 別に敬語で接してほしい訳では無いし、敬語云々の指摘はそれこそ美への穢れとなるだろう。
 一口頬張ると―――慣れているからか、やはり味は相当なモノだった。緑脱草にはかなり青臭さがあるのだが、この御浸しはそれを見事に消している。アルドは決して食材に詳しい訳では無い為何を使っているかは分からないが、知りたいものだ。
「これは何を使っているのでしょうか」
「師匠。こんな奴に敬語を使う必要はないぞ?」
「……ツェータ。異文化への理解はあるに越した事はないぞ」
「何でだ?」
「色々楽だし、友人だって簡単に作れる。お前には今、私はいるが、それでも私はいつかいなくなる。それまでにその一文化に囚われた頭を直しておく事だ―――で、メイザーさん。これは一体?」
「ええと……これは……」
 メイザーは少し戸惑っている様子だった。この文化と照らし合わせると、今のメイザーはこちらの文化で言う奴隷みたいなもの。本来は客人の顔すら見る事が叶わぬ存在。それがいきなり客人に質問を投げかけられれば、当然戸惑うだろう。
「ああ、今でなくとも結構です。私は暫くこの村に滞在する予定ですので、それまでに教えてくだされば、私はそれで」
「は、はい……」
「アルド様、何だかんだで食事を楽しんでいますね」
 ヴァジュラがにっこりと笑うと、口元の両端にある鋭い歯がきらりと光る。アルドは、その笑顔に癒しを覚えてしまった。ヴァジュラ限定という訳では無いのだが、何というか、暖かいのだ。ずっと忘れていたようなそんな暖かさ。
「分かるか?」
「うん。えっと、大聖堂アソコに居る時よりもずっと楽しそう」
 そういえばナイツ達全員と食事を取った事は無いな。
 影響を受けやすいと言えばそれまでだが、これからは全員と食事でも摂ろうか。ここまで素朴さは無いだろうが、今までよりはずっと暖かい空間が築けるかもしれない。もしかしたらあの二人も仲良くなるかも―――ありえないか。
 まあともかく、今までより会話は増えるだろう。食事とかに媚薬を仕込まれたりしないかが唯一の心配だが、給仕係は確か―――クローエルだった筈だ。彼女は洞察力にやたら優れているため、そんな薬を仕込まれる事は無いだろう。
 毒薬の心配? 生憎、死とは縁が無い為、毒が来ようがこちらの体に異常はない。
「ナハハハハハハハ! いやあ、女性陣は料理が上手いじゃあないか! その技量、一体誰の胃袋を掴むためにあるのやら―――もしかして、俺様……」
「……お主、死にたいのか?」
「……身の程を弁えなよ」
「おう……ごめん……」
 ユーヴァンはムードメーカーというより騒音人サウンドメーカーだ。食事中にしては五月蠅いが、こういう食事も悪くないだろう。暴言でもないし、いつもの事だし。
「なあ、そこの……えーと、フェリーテとヴァジュラだっけ? 二人って、師匠とどんな関係なんだ」
「大切な者達だ」
 この二人に答えさせるととんでもない誤解を招きそうなので、間髪入れずにアルドが答えた。二人は不満げな顔をしつつ、獣肉を口へと押し込む。
 アルドも気づいたように肉を一口大に切り、口へと放り込んだ。
「ツェート」
「あんだよ」
「楽しいなら笑え。お前はまだ若い……いや、この大陸じゃ後三年しかない訳だし、少し危ないか。だけどまあ、楽しいなら笑っていろ。でないと―――いつか自分の感情が分からなくなるぞ]
 それを冗談と受け取るかはたまた親切な警告と取るかは個人次第。ツェートがどう取ったかは知らないが、これで少しでも異常性が薄れる事を期待しよう。
 こうしてツェートが弟子になってから、一日目が終わりを告げた。






 特に何がある訳でもないが、気が付けばアルドは目を覚ましていた。今は睡眠が必要な体ではないため、別に一日三ヶ月一年百年眠れなくとも、自分の体調にはなんら変化はないが、相手の油断を誘うためと一応睡眠は娯楽で、アルドも人並みには娯楽を楽しむので、やはり睡眠は必要だったりする。
 時刻は深夜。特に起きるような予定はない。一体何故起きたのか―――
「そういえば、ワドフを連れてきてなかったな」
 最近どうも何かを忘れる事が多いような気がするが、気にしないようにする。
 ここは別にアルドの一人部屋ではなく、全員が寝ている。ナイツ達からすればかなりの幸運かもしれないが、アルドからすれば自分の無防備な姿を見せてる事になる為、あまり気持ちの良いものではない。
 アルドは皆を起こさぬよう『音を消しながら』家の外に出た。




「っふ、っは、っふ!」
 玄関口に立った所で、庭の方から声がするのに気が付いた。おかしい。ツェートは先程の部屋で気持ちよさそうに寝ていたので、明らかに違うし、毎日素振りをするようなナイツも居るとは思えない。
 では一体誰なのか。
 扉をそっと開け、庭の方へと向かうと、その正体は直ぐに分かった。わざと音を立てて、こちらの存在に気づかせる。
「アルドさん……」
「何をしているんだ、ワドフ」
 ワドフはアルドの部屋に立て掛けられていた剣を振っていたようだ。地面の擦り具合から、実戦を想定した素振り―――もはや素振りとは呼べないかもしれないが、随分とやっていたようだ。それはワドフの心拍数から明らかである。
「……勝手に置いてきたのは謝るが、勝手にこちらに来るのは感心しないな」
「すみません。でも何か……」
 ワドフは視線を左右に動かしながら、何やら言い辛そうに体を揺らしている。それは別に後ろめたいとかそう言ったものではないだろうが……一体?
「どうした?」
「……実はアルドさんがツェート君を訓練している時から、見てたんですけど、その……私にも教えてほしくて」
「何? 武術をか」
「いえ、剣術を」
「理由は聞いても?」
「アルドさんは、私の為に私を助けたと言ってましたよね?」
 嘘を言う意味は無い。アルドは小さく頷いた。
「理由は教えてくれなくても良いです。けど―――お礼だけはしたいんです!」
 つまりアルドの為にアルドを助けたい。その為には強さが必要だから、剣術を教えてほしい、という事だろうか。良い事をしているようにも感じるが、『本末転倒』な気もする。自分を助ける為に自分から教わっては、結局自分で自分を助けているだけではないか。ワドフが介入する余地などどこにもありはしない。
 断っても良いが……それではワドフをわざわざ連れてきた意味が無い。
「―――分かった。弟子を同時に持つなんて久しぶりの事だが、お前の為だ。承諾しよう。……ただし、夜の間だけだ。昼はナイツ達も起きている。お前の存在は相変わらず説明が面倒だからばれてほしくはないんだ。この条件で良いなら今からでも稽古をつけてやるが、それで良いか?」
 ワドフは首肯した。
「じゃあまずは……そうだな。太刀筋を鋭くするために、私が今考えた内容をやってもらう―――」
 訓練の内容を説明している最中、アルドは心の片隅で疑問に思う。
 睡眠の必要がない私はともかくとして、ワドフは人間の筈だ。行動時間からして合う訳がないのに、どうしてそんなに嬉しそうな笑顔が出せるのだろうか、と。
 それは強がりでも何でもない。だが、アルドがそれを知る事になるのは、もう少し後の話である。





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