この美少女達俺の妻らしいけど記憶に無いんだが⋯⋯

プチパン

一話 黒髪少女(弟子?)との初下校

「何でエルと師匠が別のクラスなんですか!」


 学園の入学式が終わり、寮に帰る途中の一本道に少女のよく通る少し高めの叫び声が響き渡った。
 ここは十年前突然世界の三箇所に出現した巨大空中塔の一つ、その下に作られた都市シャガルト、ここでは世界で決められた条約により如何なる国家権力も無力、どこの国にも属す事なく独自の政策がなされている。
 そして都市の中心、空中塔の真下に存在するのがここ、第二空中塔アムラト育成機関、シャガルト学園だ。
 この学園では、一万人に一人の逸材である、デフラム神の欠片を扱えし者のみが入学を許される。
 学園の生徒は選ばれし者、アムラト神への挑戦者として、日々戦闘訓練中心の生活を送り、己の能力を高め、塔攻略の為の知識を学んだりする。
 そんな学園に己龍 湊きりゅう みなとは入学した。


 周りには同じく帰宅途中の新入生が数名散らばり、一人で居たり、二人三人とそれぞれ。
 少し普通と違う点を上げるなら、目に入る生徒全員女子という事だろう。
 それが隣にいる少女の叫びで一斉にこっちに目を向ける。


「俺に聞くな、俺が知ってるわけ無いだろ」


 湊は後方から聞こえる幼げのある声に振り返る事無く素っ気なく対応する。
 湊にはあまり普通というものがどういうものか分からない、たが大抵の人は多くの視線が自分に集まる事を不得手としてるだろうと思う。
 つい一ヶ月ほど前まで、日の目の浴びないような生活を送っていた湊には特にこういう時どんな対処をすれば良いのか分からない。
出来る事なら後ろの奴の口を塞いでやりたい所なのだが場所が場所だ。
 慣れない視線に自然と身体が萎縮してしまう、それでも湊は平然を装い、若干歩みを進めた。
 が、直ぐに後ろを振り返る。


 そこには視線を集める原因となった一人の少女、シルクの様に艶やかな黒髪を背中まで伸ばし、眉毛ほどで切り揃えられている前髪とぴょんと伸びたアホ毛が特徴的で、同級生とは思えないほどの小柄な身体つきはまるで小動物の様な印象を受ける。
 今の姿の印象はこんな感じだ。
 そして、恐らく今期の新入生の中でも五本の指に入るほどの美少女⋯⋯なのだが⋯⋯。


「いや、これは⋯⋯師匠が私と離れるため学園に⋯⋯しーしょーう!」


 両手の爪を立て猛獣が狩をするときの様な構えでじりじりと近づいてくる少女(弟子?)を、湊は無視し、周りからの視線を感じる中再び歩き出す。


(ただでさえ目立つっていうのに⋯⋯)


 湊は心の中で悲痛の叫びを上げた。
 この学園で男子は貴重だ。全校生徒3000人を超えるこの学園では男子生徒は200人ほどしかいない。
 その理由には、デフラムを扱う事が出来る者の殆どが女性を占めており、男性のデフラムは珍しく、貴重な存在なのだ。
 デフラムというものは、十年前、世界の常識が覆された日、全人類の中に生まれた謎の精神的エネルギーそれをデフラムと言う。
 簡単に言えば魔法、異能その類の物でそれを様々な形で行使する事によって戦闘を行ったりする事が出来るのだが、どうしてか圧倒的に男性の方がデフラムを使う事が出来る者が少ない。
 それにデフラムを扱える男性には様々な特別な能力があり、それは今や全世界が目標だったとしている塔攻略に必須とされている事から重宝されている。
 まぁ、そんな感じで男子生徒は注目されやすいのだ。
 道の脇には見事な桜の木が植えられており、続く道全てに太陽の光を受け更に鮮やかに輝く桜の花弁、天候も晴天、清々しい気分になる、はずが湊は疲れたようにため息をついた。


「仕方ねぇだろ、そんなの俺じゃなくて学園側に言ってくれ」


 湊が至極だるそうに答えると、湊に追いつく為かエルは小走りをし、追い越し、くるりとこちらを振り返る。
 そして「そうですけど、そうですけど⋯⋯」とやりきれない様子で俯いてしまった。


「どうしてそこまで俺と同じクラスになりたがるんだよ。会えなくなるわけでもあるまいし」
「心配だからに決まってるじゃないですか! 師匠にもしもの事があった時私が居無かったらどうするんですか? そこをしっかり考えてください!」


 エルは可愛らしい顔をリスの様に頬を膨らませて、サファイアの瞳でじっと湊を見つめる。
 湊はそんなエルの言い分に顔をしかめた。
 自分がエルの居ない時に怪我をしてしまうと大変な事になる⋯⋯のは確かなのだ。
 それでも仕方がないものは仕方がないと割り切らなければいけない。


「なぁ、エル」
「はい?」


 むすっと目元に涙を浮かべたエルが不満感丸出しで、首を傾げ見上げてくる。


「俺がそんな簡単に負けるとか思ってるのか?」
「いえ、師匠は絶対に負けません! 師匠は最強のアムラトですから!」


 エルは身体の割に成長している胸を堂々と張り、「常識でしょ」と言わんばかりにそう断言した。


「どうして堂々とそんな事言えるかね。今日ようやくなれたってのに」
「だって師匠は私の恩人で、強くて、尊敬する人で、大好きな人だからです!」


 湊はエルのにこっとはにかんだ笑顔を見て、思わず高まってしまう自分の胸を右手で強く掴む。


(俺は復讐者。俺は己の復讐の為なら自分をも殺す──。俺はこんな事をしてる場合か? 俺は何の為にこの学園に入ったんだ?)


 湊は自分の弱い心を消し去るように、自問自答を繰り返す。
 それは10歳の時、全てを失った湊が誓ったもので自分の弱い心への戒めの言葉なのだ。


『なぁ、湊坊。せっかくの学生なんじゃぞ? そこまで自分を抑え無くても良いのじゃないかのぉ。⋯⋯あぁ、それとお告げが出たぞ』


 突然湊の脳内に老婆風の声が響くが、湊は特に驚くわけでもない。
 今だに「酷いですぅ、酷いですぅ、神様の意地悪ですぅ」と、駄々を捏ねているエルを無視し、桜舞う道を湊は歩き出した。

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