猫神様のおかげで俺と妹は、結婚できました!

プチパン

七話 五年ぶりの兄妹下校は心地よい

「ったく、今日は初日から散々だったな」


 俺は左右にそこそこ綺麗な家が立ち並ぶ住宅街である帰路について、今日の学校の愚痴を垂れこぼしながら一人で歩いていた。
 少しずつ高度を落とす太陽を背に、伸ばす影を見つめため息を盛大に吐く。
 あの後、職員室に連れていかれて担任、割と本気で俺らの関係について聞いてくるし、冷奈は凄く不機嫌で目を合わせないどころか、明らかに俺を避けてたし⋯⋯。
 はぁ⋯⋯。
 そしてもう一度わざとらしくため息、それで誰かに問われたり、心配されるわけでもなく、普段と違う静かな下校に自然と独り言が溢れ出た。


「なんだかんだ言って、一人で下校するのは久しぶりだな」


 え? 友達もろくにいないくせに一人で帰るのが久しぶりっておかしいって?
 まぁ、確かにそれは矛盾しているんだけど。
 普段は光が必ず付きまとってくるんだわ。
 それでもあいつがいないと本格的に俺、ぼっちになってしまう訳で、そういう所では感謝しないと──。


「──っ!?」


 突然の強い衝撃。
 それは後方から背中に放たれたもので、耐える事も叶わず吹っ飛ばされた。
 数回転がったのか視界がぐるぐると回り、何か硬いものにぶつかり静止した。


「痛ってて⋯⋯いきなりなんだ!」


 な、何があったんだ?! まさか衝突事故⋯⋯? の割には俺ピンピンしてるし。


「あぁ、すいません間違って当たってしまいました」


 打ち付けた反動で未だにぼやけている脳がその声で一気に覚醒する。


「れ、冷奈!?」
「名前を呼ばないでください、気持ち悪いです」


 顔を上げると、その目に飛び込んだのは妹、冷奈の姿だった。
 どうしてこいつが? あぁ、とうとう死刑の時間帯が来てしまったというのか?


「どうして居るんだ?」


 俺は一番の疑問を素直に口にした。


「私が帰宅してはダメなんですか?」


 半眼で投げやりに言い捨てる冷奈。


「いや、そういうわけじゃ無いけど、友達と帰らないのって珍しいなぁと思ってな」
「何を言ってるんですか、知った様な口を叩かないでください。知りもしないのに」
「いや、それくらい知ってるよ。いつもお前を見てたし」


 俺は半端無意識でそう呟いていた。
 あれ? 確かにいつも冷奈にもしものことが起こらないか見てたりするんだけどこれじゃある意味⋯⋯。


「ぁ⋯⋯ごめん。そうゆう訳じゃな──ん?」


 冷奈の顔がボンッと音を立てるかのように赤に染まっていく。


「お、おおお兄ちゃん!? いつも見てたってどういう事ですか!?」


 ここ一年で一番と言っても過言でない程に取り乱す冷奈、それを前にして狼狽してしまう俺。
 やっぱり俺は今すごい失言を⋯⋯って、今何て?
 「お兄ちゃん」いやいや無い無い。
 俺の妄想がとうとう具現化して来てしまったのか?
 てか、それじゃ俺が普段から妹が俺の事を可愛らしく「お兄ちゃん」と呼んでくれる事を願っているみたいじゃないか!
 まぁ、読んでくれたら絶対めちゃくちゃ可愛いって何考えてんだよ!


「いや、違うから! そんな変な意味は無いから! あくまで家族として妹の身に何か悪い事が起きるのはいけないと思ったから観察を⋯⋯あっ⋯⋯」


「輝夜⋯⋯気持ち悪いです」


 一瞬で冷奈は冷めきった様な雰囲気に戻る。
 うわぁ⋯⋯また俺はなにを言ってるんだよ!!
 冷奈は落ち着いたってより物凄い殺気出てるし。
 怖ぇえ⋯⋯。


「いや、今のは言葉のあやってやつで──」
「いいです、分かってます。変態は話しかけないでください」


 刃の様な鋭い言葉を言い放ち、先に歩き出す冷奈、俺は妹に変態呼ばわりさせた事に内心泣きつつ、後を追う。


「だから、違うんだって! 妹をそんな目で見るわけ無いだろ? 常識として!」


 肩をピクッと揺らす冷奈、自然と歩速が早まっていく。


「そうですか、ならどんな目で見てるんですか? それにゲイであるゲイ夜に常識なんて言葉使って欲しく無いんですけど」


「いつまで引っ張ってんだよ!」


 俺は思わず叫び、ふと考える。
 どんな目で見てる、か⋯⋯。
 うーん、冷奈を見る目か⋯⋯あ⋯⋯。


「憧れの人を見る目⋯⋯かな?」


 俺は自分の中にスッと落ちてきた言葉をそのまま紡ぐ。
 まぁ、兄が妹に憧れの目を向けるってどんだけダサいんだよって話だけどな。充分変態だし。


「憧れ⋯⋯ですか⋯⋯。はぁ⋯⋯。これもある意味目標達成、でしょうか⋯⋯。」


 冷奈が呟いた、それは後半は小さく聞き取ることが出来なかった。
 それでも、どこか悲しげにさえ聞こえる冷奈の透き通るほど綺麗な声は俺の心を締め付けた。


「冷奈、どうかした⋯⋯のか?」
「いえ、何でもありません。それより本当に輝夜はゲイなのですか?」
「いや、ちげぇよ?! 俺はノーマルだから! 男に恋する事なんて絶対に無いからな!」


 とシリアスな雰囲気を壊すかのような冗談抜きの冷奈の質問に俺は必死にその考えを否定した。
 いや、ガチで違うからな? 実際物語の主人公がゲイなんて設定BL設定じゃねぇか。
 少なくとも俺はBL趣味なんてねぇから。


「で、ですよね⋯⋯安心しました。もし本当に輝夜が男性に恋するという感性の持ち主であれば台所の包丁が染まるところでした」
「何色に染まるの!?」
「え? それはお楽しみというものです」


 うわぁ⋯⋯目がまじだ⋯⋯世界の男性趣味の男性陣、気をつけてくれ。この子の前で男性趣味なんて言葉を発したら最後、この世の素敵な男性とおさらばする結果になるぞ。


「あ、あぁ、まさか男性趣味の人がそこまで嫌いとはな。流石の冷奈も──」
「何言ってるんですか?」


 冷奈が首だけで振り返り、不思議そうに首を傾げた。


「輝夜が男性趣味であれば、ですよ? そんなの人それぞれですし。私に意見するなんてできませんよ」


 ですよねぇ⋯⋯。
 大体わかってたよ。はい、全国の男性趣味の男性の皆さん安心してくれ、この寛容な少女はそんな危なっかしい少女ではないから。
 俺の場合は別らしいけどね。ちくしょー。


「はぁ、まじでどんだけ嫌われてるんだよ俺は⋯⋯」


 そう言葉を漏らし、ため息をつく。
 まぁ、それでもこれだけ話せてる分幸せってものだよな。
 約五年ぶりかな。
 これまでは話すどころか二言返事さえしてくれなかったんだぜ?
 もしかしたら、償いをするチャンスも巡ってくるかもしれない。
 そう思うと、途端力が湧いてくる気がする。


「ま、冷奈、今までありがとな。そしてこれからもよろしく」


 気がつくと俺は足を止め、そんな言葉を発していた。
 もう随分と日が落ちてきた空は真っ赤に染まり、まるで地球が激情に浸ってるかの様に感じる。
 そして数秒、振り返った冷奈の表情はバックにある夕日でよく見えなかったのだが、どこか嬉しげに見えた。


「はい。気持ち悪いですが、それからもよろしくお願いします」


 とそう答えてくれた。
 そして残りわずかとなった帰り道を再び歩き出す。
 なんか、こういうのって幸せだな。まだ、何も解決してないし、まだ何かが始まったばかり、そんな気がするけど今はいい。
 俺はこんな日常を待っていたのかもしれない。


「何ニヤニヤしているんですか。気持ち悪いです」
「いや、何も」


 そうやって二人の今学年初の登校は幕を下ろす。
 後ろにある何者かの視線を残して。



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